夢萬話

相生薫

巨大鋼鉄都市とクラスター

 それはクラスターと呼ばれていたが、見た目は単なる二つの建造物だ。

 高さ三十メートル程の第五防塁城壁に寄り添うように生えた、ほぼ立方体の建物だ。

 ある日、気付いてみると突然そこに出来ていた。鋼鉄製の都市の地面からニョッキリ生えたように、継ぎ目も溶接した跡もなく隆起したとしか思えなかった。

 横幅と奥行の長さはほぼ一緒で高さはそれより少し高かった。

 あちこちに何の用途かわからない角張った突起や窪みがあり、二階や三階に当たる部分の壁面にハッチのようなドアが所々見えるが、そこまで登る階段もテラスやキャットウォークのようなものは何もなく、空中に向けてドアが付けられていた。

 正面には高さ五メートルほどの大きな入口があり、その奥はガレージか倉庫のような大きな部屋になっていたが、小石やゴミが散らばるだけで、何もなかった。天井や壁の上部は大小様々のパイプやダクトが這っていた。

 部屋の奥にもハッチのようなドアがあり、クラスターが灰色の金属色をしているのにハッチだけは白く塗装されていて、経年変色と僅かな錆が見られ、ドアだけが恐ろしく古ぼけていた。

 大きなレバーノブを力一杯引き回すと、ハッチは錆を落としながら耳障りな音をたてて開いた。

 その先は天井の異常に高い通路が奥へ続いていた。こちらの天井にもパイプやダクトが這いまわり、その先にある同じようなハッチへ続く隔壁をつなぐ通路のようだ。そのハッチも同じように古ぼけていて、周りの金属光沢に浮いて見えた。

 何より不思議なのはその通路の長さだ。

 向こうのハッチまで、少なくとも三十メートル以上ある。どう見てもクラスターの奥行きより長い。

 私は倉庫のような部屋を出て、クラスターの周りを彷徨いてみた。

 クラスターと城壁の間には何もなく、あのような長い通路が存在する形跡はまるでない。

 二つの「クラスター」をよく見ると、二つはそっくり同じだが、細部はお互いに異なっていた。突起や凹みの位置や形が微妙に違う。無意味に造られたような高所のハッチの位置も違う。

 鋼鉄都市の変電施設か排水処理施設のようにも見えるが、まるで用途の分からない建造物だ。

 いや、「建造物」ではない。明らかに鋼鉄都市から生えているのだ。

 都市の吹き出物か潰瘍のようだ。

 用途の検討もつかない「訳の分からない構造体」だが、それを言えば、この巨大鋼鉄都市も同じように不可解な金属都市だ。

 第五防塁の中はどうなっているのかまるでわからないし、私も敢えて知りたいとも思わない。高層ビル群や巨大コロシアムがあったとしてもどうでもいいことだ。

 私はその中に入ることが出来ないのだから。

 第五防塁の外側と第六防塁の間にも何かの建造物がある筈だが、私は「外側」を見たこともないし、見たくもないので、何があるのかはわからない。視野の隅に入ったのかもしれないが、私の脳がその情報を頑なに拒んでいるようで、「外側」の知識は全く意識上に登ってこない。


 再びツインのクラスターを見上げると、星の全くない夜空に不気味に浮かんでいた。

 右側の視界の隅に白っぽい服を着た男の姿が写った。細身だが、服の下は筋肉質な身体で堀の深い二枚目の男だったが、ちょっと視線をずらしている隙に消えてしまった。

 左の遠くに二人の男が見えた。同じように白っぽい格好をしていたが、別人のようだ。小銃のようなものを肩から担ぎ、背中を見せて歩いて行った。遠すぎてどんな人物なのか良くわからない。

 こちらも気が付くと掻き消えていた。

 白っぽく見えたのは、鋼鉄都市の灰色と雲一つないのに真っ暗な夜空のせいで、明るい色は全て白く見えるのかもしれない。


 私にふと疑問が生じた。

「ここは何処なのだろう?」そして連句で同義語の疑問。「今は何時なのだろう?」

 今までそんな疑問を持ったことはなかった。

 しかし、星が全く見えない晴れた夜空が存在するのだろうか?

 そして、もっと大事な疑問が湧き上がった。


 私は誰だ???

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