5・・・
特に変哲のない今日。
なるべくそう思いながらも足を早める。
昨日帰り際に及川先生に言われたことが少し胸に引っかかっていた。私の平穏な今日を脅かす存在であることには間違いない。
「気をつけてってどう気をつければ・・・」
もう少し具体的に言ってもらえれば、今日の運勢の悪さも対策できたかもしれない。彼女はそうは思わなかったのだろうか。
その占いはそこまで万能じゃなかったってことか・・・
足元に気をつけつつ、前方にも注意を向け、精神的疲労が十分に溜まったところでやっと学校に着いた。
今の私ならうさぎにどつかれただけでも倒れることができる自信がある。と言うか今にも倒れそうだ。
階段でも手すりにもたれかかるようにして、一段ずつゆっくり登っていると、下がってきていた女子生徒と肩がぶつかった。
「あ、」
ギリギリの気力で手すりにつかまって、落ちるような事故は避けることができた。
なかなかに頑張ったおかげで結構上の方まで行っていたから、落ちたら目も当てられない大惨事だ。白目をむいてもおかしくない。
こういうことだろうか、先生の言っていたのは。
一応教室には入っていないから登校中・・・にはなるのだろうか?まあ細かいことを気にしてはいけない。きっとこういうことなのだ。
「坂下、」
「・・・おはようございます」
「何だよ不審者見るようなその目は。この前言い逃げしたからな、反省はしてるんだぞ」
反省とは。反省したところで私の答えが変わると思っているのか。
でも対応から考えて、私が誘いにのるとは思っていないだろう。無論、のってやる気もない。
理由を挙げるならば、あの教室に顔を出してから私の運勢が悪いこと。運勢が悪いというよりは、いいことがないと言った方が正しいだろうか。
そうだ。
その可能性があったか。
「先生、あの人って__」
「樫村。あんた昨日・・・あ」
「おい、お前先生って呼べって何回言えば理解してくれるんだよ」
「あ、」
担任を呼び捨てにしたその人は、私を見るなり驚いた顔で立ち止まった。
私も思わず声を漏らしてしまった。
その人は、私が今担任に名前を訪ねようとしていた、その人だった。
間違いはないと思う。顧問である先生を呼び捨てしまうほどの仲、そして私を知っているということ。
自慢ではないけど、私は顔は広くない。
その人は驚いた顔を崩してニヤリと口角を上げた。
逃げないと。
私の直感がそう感じていた。
この人に関われば、今までの私の日陰のような存在の薄さが反転してしまう。
そこまで思って逃げようとした時にはもう遅かった。
「坂下理来、だろ」
「ちが__」
「ああ、お前ら初対面じゃないもんなー」
余計なことを・・・
ここで違うと言っておけば少しは時間が稼げて、担任を盾にしつつ逃げれるかもしれないと思った私の算段がいとも簡単に打ち破られた。
「初めまして。坂下です」
相手が覚えてない可能性はある。なぜなら彼はあの時寝起きのはずで意識がしっかりしていなかったのだから。
「森野ゆず。2回目かな、こうして会うのは」
「・・・」
嫌味なのだろうか。お前記憶力悪いなおい的な。指摘の仕方が性格悪い人のそれでただただイラつく・・・
「森野?」
「ん?俺の名前でなんかあった?」
顔を見るとなぜか笑っていた。この人は私がなぜ自分の名前に疑問を抱いているか、その理由を知っている。
その時私は彼の笑みに何故かそういう意味をもたせた。
「こいつやたらとモテるからなぁ。どっかで名前聞いててもおかしくないだろ」
モテるか。
間違いなさそうだ。私が最近やたらと見知らぬ女子に存在を知られている理由のその原因。
「なに?」
こいつだ。間違いなく。
「いえ、別に。それでは時間なので」
担任に礼をするように彼にもさよならの礼をして教室に入る。
関わらないようにしよう。そうすれば私にも平和はやってくるのだから。
「あーーーーーーーー」
保健室に行き、先生がいないのをいいことに、外に漏れない程度に声を出す。
息が続かなくなったところで止める。無理はしない。それがこの遊びを楽しむ秘訣だ。
「どうしたの、坂下ちゃん」
「・・・」
聞かれてたか。いつ戻ってきたんだこの人は。
笑みを絶やさないままに、私が座っているソファの正面にある椅子に腰をかけた先生。何か聞きたそうだ。
「私に起こった不幸でも聞きますか?」
「それは興味あるなぁ」
そりゃあるでしょうよ。そういう下世話な話、先生は好きなのだから。
先生の言っていた占いの話。どちらも教室に入る前に起こったことだから、どちらがその話に該当するのかがわからない。むしろどっちもその占いのせいにしてしまえばいいのかもしれない。
「先生の言っていた占い、なかなかに当たっていたようですよ」
「あら。怪我はなかった?」
急に保健医っぽい真剣な表情になった及川先生。こういう時は先生っぽい。まあ実際先生なのだけど。
「ギリギリ怪我にはなりませんでした。運が良かったです」
先生の占いの話で登校中ずっと気を張っていて疲れていたおかげで、なんて余計なことは言わないようにしよう。その疲れだって、運の悪さの可能性もある。
「そう・・・少しの怪我でもちゃんと言うのよ?」
「はい」
隠そうとしてもこの人にはバレてしまう。
私が自分で気づいていない怪我でも、彼女にはわかってしまう。隠そうとしていると余計に目立ってしまうのかもしれないな。
先生の顔をチラリと盗み見る。
隙のない笑顔とお目が合ってしまった。なんと恐ろし人だ。
この人はわかっているのかもしれない・・・そうも思えてくる。
「森野ゆずって人、知ってますか」
「森野くんねぇ、知ってるわよ〜。彼人気だから。女子生徒がよく彼の周りに集まってるのを見るわ」
やっぱり知ってるか。
この学校の下世話なことに関して、この人は大体わかってて、それを面白おかしく見学している。
性格良くはないと思う。それはほぼ確実だ。
「その取り巻きの女子に、目をつけられてしまったようです」
「そっか・・・」
先生はあまり驚いていないようだ。やっぱりわかっていたのか。
それであんな形で忠告したのかもしれない。
「彼の周りの女の子たちは・・・受け身というか。告白する気はないけど誰にも取られたくない。そんな感じなのよねぇ。それで被害にあってる生徒もいるから、一番いいのは刺激しないことだけど、もう遅いのよね」
「まぁ、遅いですね」
って言っても自分で喧嘩売りにいったわけじゃないんだけどなぁ。売られたというか、ふっかけられたというか。
このままだと全面戦争かな、なんて思ってはいるけど。
全面とは言っても、こっちは一人しかいない。負けは確実な気がする。
でも、私以外にも被害を受けている女子がいるということか。それは見過ごせないところだ。
「坂下ちゃんは自分で気付いていないだろうけど、目立つ存在でもあるのよ?」
「・・・え。やめてください、体に悪い冗談ですよ」
「本当よ?もう、私のこと信用してないんだから!」
確かに信用はしていないけど。
大体私が目立っているなんて。それはない。なぜなら、日々できるだけ目立たないように、嵐を起こさないように、細心の注意を払って生活しているからだ。
それはなぜか。ひとえに、揉め事に巻き込まれたくないから。たったそれだけではあるけど、とても納得できる理由だ。
「遅刻が多い、授業に出ずにここでサボることもしばしば、それでいて成績は常に上位をキープ、見てくれもいい・・・これだけ揃ってれば目立つに決まってるじゃない」
「いやそんなつもりは・・・」
「だから私疑問でもあるのよ?なんであなたみたいな人気者がいつも一人で保健室にこもりがちなのか」
「余計なおせわです」
「・・・そうねぇ、」
先生は寂しそうに目を伏せた。これではまるで私が先生をいじめたように見えてしまうではないか。
私が一人でいる理由、それを先生に話す必要はない。少なくとも今は。
一人でいたい・・・それだけの理由じゃきっと彼女は納得しない。
「今日はこれで帰ります。さようなら」
寂しそうな視線を投げかけ続ける先生に背を向ける。とりあえず帰ろう。
彼に関しての話はこれ以上弾みそうにない。
「気をつけるのよ!」
「はい」
でもきっと、それは無理だ。
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