3・・・

 無事帰路につくことができた私は、ふと頭に浮かんだ疑問について考えてみることにした。


 

 教室には彼しかいなかったけれど、他の部員はどうしたのだろうか。あの人が部長や副部長だとは考えにくい。

 見た目から勝手に判断しているので本人に知られたらまずい内容だけど。


 ’文芸部’という名前は聞き慣れない。つまりは有名じゃないということだ。だからといって部員が一人だけということはあり得るのだろうか。

 果たして部員一人でも部活は存続していけるものなのか。

 さっきの彼のようなサボり要員が一人でもいたら、他にも同じような人たちが集まってくる可能性はあると思う。それでも一人だけだったとしたら、よほど認知度が低い部活なのだろう。


 彼が一人で静かな環境で寝ていたいという願望を持っていたとしたら、勧誘活動に精を出さないのも納得できる。

 あそこは彼のサボり場でもあれば顧問である担任のサボり場でもあるってことか。そう言われると、あの担任が顧問であることにも納得できた。





 次の日学校についてすぐ担任に遭遇してしまった私は、見事に絡まれた・・・声をかけられた。



「昨日はありがとなー」


「私が本当に伝えたかよくわかりましたね」



 もうあの部員にあって話を聞いたということだろうか。あんなにサボりそうなのに登校は真面目、ギャップだ。萌えはしないけど。

 でも答えは予想とは違っていた。



「ああ。昨日連絡が来てなー。自分で伝えろって怒られたけどなぁ」



 しっしっし、とわざとらしい笑い方をする担任。

 気になったのはその前。



「連絡・・・?」


「あー、唯一の部員だからな。連絡は直接な」



 やっぱり部員一人だったか。さすが自堕落教師。全くやる気が見られない。

 それにしても、会話を噛み砕いていくと、一つの矛盾が表れて来た。これは・・・何かムカついてきたぞ。



「連絡手段があるならそれで伝えればよかったんじゃないですか」


「・・・・・あ」


「・・・」



 そういえば、なんて通用しない。背中を向けて反対方向に歩き出す。目的地は保健室。

 今のは絶対に担任が悪い。よってSHLを私がサボることによって先生も負い目を感じなくてもよくなるという生徒からの気の利いた提案をすることにしよう。


 乗るも乗らないもあなた次第ってね。







「今日はどうしたの、坂下ちゃん」



 お馴染みの保健室の先生、及川先生。

 暇ではないのだろうけど、この先生に関しては何をしていても暇そうに見えてしまうから不思議だ。

 だから仕事の邪魔をしている気がしなくて、しょっちゅう来てしまうのかもしれない。むしろ保健室というのはそうあるべきなのかもしれない。



「特に何かあったわけじゃないですけど・・・」


「そう?まあゆっくりしていって。ちょうど朝買って来たケーキもあるし」



 今からお茶会を始めますと言わんばかりにさらにケーキを乗せ始める先生。

 やっぱりこの人は先生じゃないのかもしれない・・・





「坂下ちゃんは、学校が嫌い?」



 気持ち良さそうに歌を口ずさんでいた先生が、唐突にそんなことを聞いてきた。いきなりの質問に驚いたこともあって、私はうまく答えることができなかった。



「・・・いや、別に」



「はい、どーぞ」


「ありがとうございます」



 私の言葉に何を感じ取ったのかはわからないけど、先生はいつも通りに戻り、さらに乗せたケーキを私の前に置いた。


 運の悪いことにそれは私の苦手なチーズケーキだった。




「前に約束したわね、坂下ちゃん」


「はい」



 私が入学してすぐ、初めて保健室に来た時に、先生に強制的に結ばされた約束。強烈だったからこそ、忘れられない。



「忘れちゃダメよ。絶対に」


「何回も聞いてますから、大丈夫ですよ」



 ははっと乾いた笑いをこぼす。先生は心配性だ。いつもの性格とは真逆というか、これまたギャップってやつで、なぜだか強く私の中に先生を印象付けるものだと思う。



「これ美味しいわねぇ・・・お気に入り決定!」



 子供みたいな笑顔ではしゃぐ先生を見て、呆れる。先生だけど先生ではないような、不思議な人だ。この人は。










「あ、坂下。お前朝サボったろ」


「サボる理由があったんで」



 ジロリと睨むと担任は目をそらした。弱いな、この人。



「坂下って部活入ってなかったよな?」


「それがどうかしましたか?」



 話を変えてまでなんの確認なのか。担任ならば生徒の部活動くらい把握してるはずだし、書類か何かに書いてあるだろうに。

 なんとなく含みのありそうな言い方ではあったけど、下手に疑うのも失礼だと思いしっかりと答える。




「文芸部入る気ないか」


「は」


「驚くのは当然だけど先生に『は』はないだろ・・・」



 わけのわからないところにショックを受ける担任。だけどそこじゃない、ツッコミ所は。その前だ。

 ついに頭でもおかしくなったのだろうか。

 今の部員が一人の状態が楽なくせに、どうして増やそうとしているのか。

 例え部員が一人でも、その一人が辞めない限り一度成立した部活は廃部にならない。たった一回でも部室に踏み入れてしまったことが問題だったのだろうか。



 だけどさすがに「メリットは?」なんて直接的には聞けない。いくらこんな担任だったとしても。




「まー、とりあえず声掛けだけでもしよーと思ってな。気が向いたら言ってくれーー」




 私が何か次に言葉を発するのを阻止しようと言わんばかりに、今の言葉をあやふやにして去っていった。残ったのは私の疑問だけだ。



 思わずため息と一緒に漏れた。




「えー・・・・・」




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