2・・・
放課後になり、先生にもらった地図のようなものを見ながら、”文芸部”の活動が行われる教室に向かう。
『俺行かねーから適当に終わらせてくれ、って言ってくれればいい』
『そのぐらい言わなくてもわかるんじゃないですか』
『一応な。サボったって思われたくねーからな』
『完全になめられてる証拠じゃないですか・・・』
その部員とやらになめられてしまっている可哀想な先生の頼みを、全く乗り気ではないけれど受けた私は、なんせ学校の中をよく知らない。
友達と学校探検するわけでもなく、ただ授業のために必要な最低限の場所しか覚えていないから、その文芸部の部室になっている教室の名前を聞いた時、頭には?しか浮かばなかった。
担任も私の様子を見て何かを察したのか、簡単に地図を書いてくれた。
線が曲がっていたり字が汚かったりで読めるものではないけど、まぁないよりはマシだろうと、なんとかにらめっこしながら廊下を歩く。
時間がかかってしまっているから、私がそこへ辿り着く前に、顧問が来ないであろうと察した部員が帰ってしまっていても仕方ない。
そう考え始めたらきりがない。諦めが出てきて歩く速度が遅くなってきた。流れる景色も緩やかだ。ああ、人生急がなければ景色の美しさにも気付くものだなぁ・・・。
・・・とりあえず急ごう。
一度引き受けた仕事を今投げ出すのは良くない。悪徳教師に最低ラインまで評価を下げられてしまう。
だんだんと落ちてきた気分をなんとか盛り上げようと頭を上げると、そこには何度も頭の中を反芻させた教室の名前が書かれたプレートを見つけた。
地図を見ていたせいか、いつの間にか足を踏み入れたことのないエリアに来ていることに気づかなかった。
周りは見慣れない教室ばかり。一年生には関係のないエリアなのだと思う。
なるべく音を立てないように教室の扉を開ける。
”進路資料室”
三年生だとか、進路を考え始める二年生が多く利用する教室だと思う。ニュアンス的には。
今は利用する人も多いのではないだろうか。そんなところを静かそうな文芸部の部室にしてしまってもいいのだろうか。無難に図書室を使えばよかったのに。
扉の縁に手をかけ、上半身だけ教室の中に滑り込ませる。
思っていたより、というか、思っていた以上に静かだった。誰も訪問者はいないらしい。もうそんな時期だっただろうか。それともみんな進路決定に消極的なのだろうか。
問題は誰もいないことだ。やっぱり帰ってしまったのだろうか。先生への報告は「私が行く前にすでに部活は終わっていました。先生のいないことを予測して自分たちで部活の終わりを決める。自立したぶかつですね」といったところだろうか。
さすがにこれは嫌味っぽいか。やめておこう。
一応念のために教室の中に入って奥まで見ておく。
まぁこんな奥にいるとしたらそれは寝ているということだし、その時点で文芸部員ではなくただのサボり生徒なのだけど。
「・・・ん」
「え」
奥まで見たのは間違いだったようだ。そのサボり生徒らしき男子を見つけてしまった。
これは文芸部員でサボり生徒なのか、ただのサボり生徒なのか。どっちなのだろうか・・・こんなことなら先生に文芸部員の特徴を聞いておくんだった。聞いたとしても全員同じにしか見えないのだろうけど。
「あのー・・・」
「・・・」
これで反応がなければ私は帰ってもいい。メモか何かを残しておけばわかるだろう。『文芸部員へ。帰ってよし』とでも書いておけば彼が部員でも、そうじゃなくても安心だ。
しばらくその場に立ち止まって反応を確かめる。
起きそうにはないことを確認してから、入り口付近に会議でも行われたかのように付き合わせてある机に鞄を置き、筆記用具を取り出す。
メモはノートの端きれを使う。自由帳ではないけれど、毎日ノートを持ち歩いている。何かしら書くものがあれば困らないだろうと思ったからだ。
「えーっと、」
「・・・誰だ」
「は・・・」
書き始めで自分以外の声が聞こえた。動揺したせいか線がブレた。何してくれるんだこのやろう。
声に方を向くと、さっき寝ているのが確認できたはずの男子生徒がそこに立っていた。それなりに距離は離れているけど、なかなかに身長が大きいのがわかる。
相手はこちらを仲間になりたそうに・・・いや、訝しげに見ている。
自分のテリトリーに見知らぬ人物が入ってきたらそれは全員敵とみなす。そんな感じの視線だった。
だからといっておとなしく引き下がるわけにはいかない。私にはやるべき仕事が残っている。
「文芸部の方ですか」
「・・・」
なんて面倒な人だ。イエスかノーか、どちらかを言ってくれれば話はすぐに終わるのに、余計な行程を増やしてくれるな。
「文芸部の方なら、顧問の先生から言伝があるんです。そうじゃないならどうもしませんけど」
沈黙しか続かない。私はなんとか空気を悪くしないようにしているのに。彼は一切努力をしようとしない。
コミュ症というやつなのだろうか・・・そうだとしたら仲間ではないか。
「一応部員。顧問がなんて?」
一応、とは。
「今日は用事があるから帰るので、自分たちで終わらせておいてくれ、と」
「確かに聞いた。手間を取らせたな」
「いえ、では」
最初停滞していた会話も、最後はスムーズに進んだ。ある程度の礼儀はあるらしい。
用事が終わればもうここにいる必要はない。急いで出ようと扉に手をかける。が、筆記用具を鞄に入れ忘れていたことに気づき、扉を開いてから扉に戻る。
目の前に鞄を手にした帰るだけの状態になった部員の彼が立っているけど、無視して帰ろう。私が帰れば、彼も鍵を閉めて帰るのだろう。
教室を出たところで気がついた。
彼は鍵をかけていないし、なぜか私の背後に迫ってきている。身長も相まって圧がすごい。
「あの、鍵は・・・」
「ここの教室は鍵がない。盗まれて困るものはないからな」
「ああ、そう。」
困らなくても一応は書類ばかりなのだから鍵くらいつけろ。とまぁ、彼にいってもしょうがないことではあるけど。なんだか腑に落ちない。
「昇降口まではどうせ同じ道だろ」
私の第二に気になっていたことの答えを口にした彼は、スタスタと私の前を歩いていく。
そういえば、と思い出した。
ここは見知らぬ場所。彼についていかないと私は学校の中で迷子になりかねない。
少し早歩きのようにも思える彼の速度に合わせてついていくのは大変だ。私がついて行こうとしていること、彼は気づいているのだろうか。気づいていてこの仕打ちなら彼はだいぶひどい人間だと思う。
あくまでの私の感想ではあるけれど。
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