明日は私に微笑まない

立花 零

1・・・


「いった・・・」


 星座占いで見事一位を獲得した日、家を出た瞬間に転んで膝をすりむく私には、幸運なんて言葉、似合わない。

 誰もに合わせようとはしてないだろうけど、少なくともいいことがあったなら、占いで一位だったからだと喜べるのに。


 常にポーチに常備してある絆創膏を一枚取り出す。念のためにと大きなものを持っていたから、緊急の処置としては十分だと思う。

 今から家に帰るよりも早めにいって保健室に行った方が時間に余裕ができそうだ。一回教室に顔を出せば遅刻にはならない。


 いつも不幸にあっていても尚、朝はギリギリに家を出る。学習しないわけではなく、ただ朝は苦手で、フラフラした状態で学校へ行くよりはマシだろうと思ったからだ。



 


いつも通り遅刻ギリギリについてとりあえず教室へ向かう。鞄さえ机の上に置いておけば休みだとは思われないだろう。前日に鞄を忘れて帰ったとはさすがに考えない・・・ことを願っておく。





「あら坂下ちゃん。どうしたの朝から」



 保健室の先生はなぜかチャラ男のような呼び名で私を呼ぶ。女なのに。

 よく保健室に来るから名前を覚えられているのはいいとして、ニックネームに関しては直してほしいと何度か交渉している。今のところ無駄に終わっているからこそのこの調子なのだけれど。


「転んだんです。ガーゼとかありますか」


「あ、ほんとだ。ガーゼくらいあるわよ、保健室なんだから」


「まぁ、そうですよね」


 椅子に座るよう促されて渋々座る。この先生は痛みを感じにくいらしく、生徒には何の感情もなく怪我の処置をすることで有名だ。

 警戒した通り見事に先生は消毒液を患部に直接かけた。

 痛みに悶えながらも何とか動かないように気をつける。無表情で処置を続けているところを見ると、いじめたいわけじゃないということは確認できる。


 だがそれでも痛いものは痛い。



「ありがとうございました」



 保健室利用者ノートに自分の名前を書き込み、時間を確認しながら空欄を埋めていく。この作業はもう何回も続けてきたことで、慣れたものだと思う。最近では1分もかからない。


 身なりを整えて保健室を出る。予鈴はもうなり終えた。SHLには間に合いそうだ、と時間を確認しながら教室に向かう。

 階段を登る時は慎重に。

 

 一歩踏み違えただけでも大怪我につながってしまうから。







「おお坂下。どうした」


「保健室に行って遅れました。登校中怪我をしまして」


「そうか。席につけ。ちょうど話をするところだ」



 担任は遅れてきた生徒を特に気にすることなく、朝の教師同士の集会で確認したことを話し始めた。適当すぎて棒読みになっているから、内容は頭に入ってこない。

 それは私だけではなかったらしく、学校に来たばかりだというのにすでに机と仲良くなっている生徒が多くみられた。




「あーー、それで・・・大体終わりだな。よし」


 その掛け声を待ってましたと言わんばかりに、食い気味に委員長が声をあげた。


「起立」


 ガタガタっと椅子が鳴る。

 その音に顔をしかめながらも担任はこうべを垂れる。


「おつかれー」


 しっかりと礼をする人もいればしない人もいる。むしろしない人の方が多い。なんとダレた教室だ。

 どの教室もこんなものだとは思うけど、それでもこれはひどい。教師側も注意しないから余計悪化する。それを彼らは理解しているのだろうか。


 ガラガラと音を立てて教室を出て行く担任。

 瞬間的に騒がしくなる教室内。


 まだ出て行ってからそんなに経っていない。すぐそばにまだいるかもしれない教師の存在にみんな気づいていない。




 机に入りきらない教科書が詰め込まれている後ろのロッカーに向かう。

 一時限目の教科は週に1、2回しかない教科ということもあって、後ろに収納してある。でも後ろから教科書を取り出すにはいくつかの試練がある。


 まず私が後ろに行くまでに通るであろう通路を塞いでいる女子をどかす、もしくは彼女らを避けること。

 次に、私のロッカー付近に机があるためにそこにたむろする男子をどうにか移動させること。


 それの何が困難なのか。ズバリ、私は彼らと会話をしないからだ。


 友人であったならば声をかけてどいてもらえればいいけれど、そうはいかないから頭を悩ませる。

 とは言えど私ももう慣れた。

 今日に至るまでの半年。何もせずに今日まで過ごして来たわけではない。

 うまく人を避ける方法や、いかに頭に残らないような会話をして彼女ら、彼らを移動させるか。それなりに考えて来たつもりだ。



 それらを駆使してなんとか移動して教科書を取り出し、またその困難を繰り返して自分の机に戻る。

 これだけで私は学校生活を頑張ったと思える。これで帰ってもいいと思えるほどには、その行動にそこそこエネルギーを費やしているのだ。






 クラスの人たちと仲が悪いわけじゃない。私がそう思っているだけかもしれないけど。

 

 仲が悪くなる出来事があったわけじゃなければ、悪目立ちしているわけでもない。ただ話さないだけ。話す話題がないだけ。

 人はそれをコミュ症というのかもしれない。






「おー坂下。今暇だろ」


 昼休みに入って、何か飲み物を買おうと廊下を歩っていた時、運悪く担任に捕まってしまった。

 相手は人の話を聞きそうにない人だ。何も言っていないのに暇と決めつけているのが何よりの証拠だと思う。


「雑用ですか」


 何かと仕事を頼みやすいのだと思う。日々、色々な教科の先生から雑用を頼まれている。もう慣れてきて仕事が早くなってきたから余計かもしれない。

 そろそろバイトとして成り立ってくるレベルなのではないだろうか。



「まー雑用といえば雑用か」


「雑用と言わなかったらなんですか」



 もはやキレ気味。いけないいけない、彼らはいつでも私たちの点数を下げることができてしまうのだから。



「俺が担当してる部活があってな。今日放課後用事があっていけねーから、そこの部員に伝言してもらえねぇかなーと思って」


「部活?」



 この担任、部活の顧問なんてしていたのか。

 自分の仕事でさえままならなさそうなのに。



「なんか失礼なこと考えてそーだな」


 何故わかった・・・


「・・・いえ、部活ってなんですか」



 本来ならその部員に直接言ってもらいたいところだけど。

 だいたい色々な方法があるはずだ。放送で職員室に呼び出したり、同じクラスの人間に頼んだり。少なくともその部員とやらは同じクラスではないと思う。もしそうだったなら、朝の時点で伝えられるのだから。


 担任は眉を下げて聞き慣れない部活の名前を口にした。




「文芸部ってとこだ」



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