第2話
「まったく、何なんだよ、これは……」
ぶつくさとサトルが言っていると、いきなり、ヘルメットから派手な行進曲がジャンジャン聞こえてくる。
しばらくすると、黒いゴーグルの真ん中に、手書き風の白文字が浮かび上がってきた。
『2016年 1月5日 午後4時21分
OL 紀子 24歳の場合』
─何だこれは?映画か?
訝っていると、行進曲に被せてピエロの明るい声が聞こえてくる。
「東京都内の大手商社に勤めていた、OL紀子さん24歳は、それそれは素敵な女性でした。
彼女には、10歳年上の彼氏がいました。
二人は結婚の約束まで交わしていたんですね。
おお!何と素晴らしいんでしょう。だけど、ああ、だけど、だけど……なーんと、彼氏には奥さんと子供がいたんですね!
あーん!ひどい!ひどすぎるわ!
しかも、しかもですよ、彼女の……彼女のお腹には……あ、か、ちゃ、ん、が……
あー!かわいそう!かわいそすぎるわ!
彼女は、彼氏に結婚を迫りました。でも、彼氏の答えは……?そう!もちろん、NO。
悲観にくれた彼女は、自宅のアパートで……」
ここで、ピエロの声は途切れると、突然、彼の頭部に強力な電流が通ったような、強烈な痛みが走った。
─うわあああ!
サトルの意識は飛んだ。
……
目覚めたとき、彼はどこかのリビングルームのテーブルに、座っていた。
─ん?何で、俺はこんなところにいるんだ?
目の前に、一枚の封筒がある。
宛名のところには、『遺書』の二文字。
─何?遺書?なんで?
彼の体は彼の意思には全く従わず、勝手に立ち上がる。
─ち、ちょっと、待ってくれ!何で、体が勝手に動くんだよ?
サトルの気持ちとは裏腹に、
テーブルの端に置いてあるロープを手に持つ。
ロープの片方には、30㎝くらいの直径の輪っかが作ってあった。そして、ゆっくりと後ろの和室に向かって歩き出した。
その時、和室の奥にある鏡台に映った姿は、サトルではなく、
白いブラウスに紺のスカートをはいた色白の美しい若い女だった。
─え!?何で、あんな女が映ってるんだ?
混乱するサトルをよそに、
女(サトル)の手は襖の上にある梁に、ロープを通し、しっかりと結んだ。
そして、床に置いてある小さな台に両足を乗せ、輪っかの中に細い首を通した。
─え!嘘だろう!?早まるな!止めてくれ!
そんな彼の必死の願望とは全く関係なく女(サトル)の両足は、ふっと台を離れた。
次の瞬間、サトルは喉元にちぎれるような痛みと、猛烈な息苦しさを感じた。
─グエエ!!た、たす……け……
その悶絶するような苦しみは数分間続き、やがて、彼の頭の中は真っ白になった。
……
暗闇の中から、さっきの行進曲が聞こえてきている。
……
彼は目覚め、ひどく咳き込んだ。
股ぐらが冷たい。
どうやら、失禁しているようだ。
ヘルメットからピエロの声が聞こえる。
「いかがでしたか?楽しんでいただけましたかしら?」
「何言ってんだ、ふざけるな!俺はもう帰るから、この手錠を外してくれ!」
「それは、出来ません」
ピエロはきっぱりと言った。
「なんだと、ふざけるな!何の権利があって、
こんなことをするんだ!」
「だって、あなた、言ったでしょう、何回も死にたい、と。だから、望みを叶えてあげてるんですのよ」
ピエロの自信満々の言葉に、サトルは呆気にとられた。
「さあさあ、どんどん行きましょう!」
再び威勢の良い行進曲が流れだし、黒いゴーグルに、白い文字が浮かんできた。
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