第8話 消えた少女

 とりあえず俺は一階に降り、カウンターに本を置いた。


「ユナさん、これ?」


 俺が置いた本を一瞬ちらりと見ると、ユナさんは冷たい目で俺を睨んだ。


「あんたって本当に馬鹿なのね…」


 その目は人を見下し、呆れている目だ。せっかく持ってきたのに酷くないか?


「ロミオとジュリエットなんて検索すれば出てくるでしょう?!私が探してる本はこういうのじゃないの!」


「だったらタイトルくらい教えろよ!」


 俺はついに声を荒らげた。


「うっ……、ここじゃ無理なのよ…」


 それでも名前を教えようとしないユナさん。俺はもう呆れていた。


「訳分かんねえ。もういい、その本返して。ついでにそこの本も片すやつだろ?全部しまってくる」


「ごめん…」


「何で謝んだよ。そうだ、女の子見なかった?金髪で中学生くらいの。多分不法侵入者なんだよね」


 カウンターは図書館の出入口に位置する。つまりさっきの女の子が図書館から逃げたならここを通っているはずだ。それならユナさんが見ている可能性が高い。


「そんな子通ってないわよ?」


 と言うことはまだ館内にいるということか。それか、裏口を通って出たか。いや、それはないな。ここの裏口は学内の生徒ですら通れない様になっている扉だ。外部の人間である侵入者が通れる訳が無い。つまりまだ館内にいる可能性が高い。


「それがどうかしたの?」


 不法侵入者として警備の人に捕まれば面倒事は避けられない。出来ることなら、見つけて早急に学内から立ち去ってもらうのがいいに決まっている。厄介な事になってからではあの子が可哀想だ。


「いや、何でもないよ」


 俺は本探しは半ば諦め、本の整理と女の子の捜索を始めた。




 結果から言うと、女の子は見つからなかった。あれから一時間程作業と並行して館内を捜索したのだ、恐らく館外に逃げたのだろう。


「加木谷、そろそろ帰るわよ」


 一階のフロアをふらついていると不意に後ろから声を掛けられた。


「もう閉館の時間だし、仕事も終わったでしょ?帰ろ?」


 女の子の捜索に夢中になっていて気付かなかったが、閉館を告げる館内放送が流れている。


「そうだな。荷物持ってくるから待ってて」


 俺は図書委員専用の部屋に荷物を置いていた事を思い出し取りに戻ろうとした。しかし、


「ほら、これあんたのでしょ?」


 そう言ってユナさんが差し出したのは驚く事に俺の鞄だ。ずいぶんと気が利く子なんだな。


「あ、ありがと――」


「どういたしまして」


 ユナさんは振り返りもせずにそう言った。



 *****



「ただいまー」


 玄関を開けるのは決まっていつも俺だ。ユナさんもここの住人なのだから自分で開ければいいのに毎回、開けて、と頼んでくる。


「ばあちゃーん?あれ?」


 いつもなら、ばあちゃんのおかえりの声が聞こえるのに今日は聞こえない。俺は靴を脱ぎ、そのままリビングに向う。リビングの扉を開けると中央テーブルの上に置き手紙が見える。


「『買い物に行ってきます。』か。また買い物忘れたのか」


「どうかしたの?」


 付いて来ていたのか、のぞき込むようにしてユナさんが尋ねてくる。


「ばあちゃんは買い物だってさ。てことは飯はまだか。はる姉もいないみたいだしな」


 誰がいるのかは、玄関の靴を見れば分かる。余計な事かもしれないが、はる姉は脱いだ靴はそのままにしておく人だ。


 それはそうとかなり腹が減っているぞ。しかしそうは言ってもばあちゃんの帰りを待つ他無いか。


 そう思って俺はユナさんとすれ違う様にしてリビングを出た。


「何処行くの?」


「自分の部屋だよ。他にどこに行くんだよ?」


 気のせいだろうか、今日のユナさんどこか変だ。




 部屋に入ると上着のブレザーを脱ぎ、ベットに投げた。そしてその格好のままベットに座り込む。


「これ絶対あの子のだよな…」


 そう言ってポケットから右手を出すと掌のそれを見つめた。それは三つの杖が交差した様な模様が描かれている小さなピンバッチだ。図書館で出会ったあの金髪の少女が落とした物を拾って持って帰って来てしまったのだ。


「返さないとまずいよな…。てか、あんなに驚くあっちもあっちだよな」


 俺はあの驚き様に未だにショックを受けている。


 そんな途方にくれている俺の部屋にノックの音が飛び込んだ。


「ねえ加木谷。話があるんだけど」

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