第2章 ダラルの竪琴

第7話 はじまりの音

 気が付くとまたしても白に囲まれた空間にいる。右手にはしっかりと杖が握られている。


 いつもの様にポーズを取って杖を突き出そうとする。しかし突然足元に見覚えのある赤い陣が出現した。このままでは不味い。そう思い、陣から逃れようと横に飛ぶが、足が地面を離れた瞬間、陣は一瞬にしてあの日屋上を覆った程の大きさまで拡張した。


「やばい…死ぬ…」


 とにかく陣から抜け出さなければならない、そう思い全力で白い床を蹴り陣から抜け出そうとする。けれど不思議な事に足元に描かれていた陣が消えている。気のせいだったのか、そう思った直後体に異変を感じ自分の体を見ると、先ほどまで床に描かれていた模様が全身に浮かび上がっている。


「まずい、まずい、まずい!!!」


 焦りで頭が真っ白になった直後、聞き覚えのある声が聞こえた。


「『爆破ヴィズル』」




「はっ!!!…はぁ…はぁ…はぁ……」


 あの日以来毎日見る夢だ。



 *****



 ユナさんが夕顔荘に来てから一週間が経った。けれど、これまで魔法使いはおろか魔法に関わることは何も起きなかった。一度、もう一回キスすれば魔法が戻るかもしれないよと提案して、お決まりの平手打ちをくらったくらいで、特に何かがあった訳では無い。そもそも幼い頃から自分の家に人がいる事に慣れているせいか、特別何も思わないのかもしれない。


「ちょっと加木谷!早く学校行くわよ!」


 当のユナさんがこの状況をどう思っているのかは、俺は知らない。




「なあ、加木谷。最近毎日、ユナさんと登校してるよな?」


 教室に着くや否やクラスの男子が俺に群がって来た。相変わらずと言えば相変わらずだが、飽きない連中だ。


「一緒に来てるんだから、仕方ないだろ」


「そう言えばお前、一週間位前にユナさんに連れられてどっか行ってたよな?どこ行ってたん?あれか?!つまり、そういうあれなのか?!!」


 男五人に囲まれると、こうも面倒なのか。というか、むさ苦しい。季節を考えろ、季節を。


「別にちょっと外で話してただけだよ。お前らが望んでるような事は無いよ」


 あの日の事は誰にも話していない。そもそも話したところで誰も信じてくれないだろう。だからユナさんが魔法使いである事も、屋上が穴だらけになった事も俺とユナさんしか知らない。勿論、俺のばあちゃんも、はる姉にも話していない。下手に話をして巻き込んでしまっては悪い気もするし。


「話って何だよ!!?」


「いや、つまりはそういう事かもしれない」


「マジか!トーマ!マジか!」


「羨ましいぞクソ!!」


「何でよりによって、トーマなんだよ!!」


 こいつら、はる姉並にうるさいな。


 何も無いって言ってるのにどうして信じてくれないんだ?あ、そう言えばキスはしてたな。この事は永遠に黙っとこ。


「お前らチャイム鳴ってるぞ、席着けー!」


 気が付くとホームルーム開始のチャイムと同時に担任の魚沼先生が教室に入って来ていた。そのおかげでうるさい男供から開放された。


「出席取るぞ!ん?天野さんは欠席か?誰か連絡受けてる奴いるか?」


 見るとクラスに珍しく一つだけ空席がある。その席が天野さんの席だ。彼女が欠席するのは今日が初めてだ。確か陸上部に入っていていつも明るくクラスの女子と楽しそうにお喋りをしている様な子だった気がする。病気になる様な子に見えなかったが、珍しい事もあるもんだな。


「誰も聞いてないのか。なら、後で俺が連絡を取っておくか。他は全員いるな?」


 クラスの一人が欠席する事なんてたまにはある事だ。誰もがそう思っていた。


 その日の一時間目は世界史だ。笑いを堪えるので精一杯な、あの世界史だ。



 *****


 授業も全て終わり俺は図書館に向かった。俺は本を読む趣味は持ち合わせていない。つまり委員会の仕事だ。


「あれ?ユナさんも今日なの?」


 図書館に着くと、カウンターにはユナさんがいた。


「なんだ、加木谷も今日なのね。何でこうもあんたと仕事の日が被るのよ。」


 俺、もしかしてずいぶん嫌われてる?仮にも一つ屋根の下に住んでるんだからさ、仲良くしようよ。まだそんなに会話もしてないけど。


「別に嫌ってないわよ。ところで、あんた今日蔵書整理?」


「そ、そうだけど。何で?」


「丁度いいわ、加木谷あんた本を探してきてくれない?」


「本?そんなのそこのパソコンで調べれば何処にあるのか何て分かるだろ?何でわざわざ俺に探させるのさ?」


 前にも言ったが、ここは三階建ての無駄にでかい図書館なんだ。その為蔵書の管理は全てコンピュータにさせている。欲しい本は館内のパソコンで検索すれば一発で出てくるシステムだ。はっきり言おう、俺が探しに行く意味が分からない。


「しょうがないでしょ!無いかもしれない本なんだから…」


「そんな本を俺に探させる気かよ!」


「いや!でもあると思うの!でも私じゃ探せないから…」


「何だよそれ。その本名前なんて言うの?検索するから教えて。」


「多分、検索しても出てこない。ううん、絶対に出てこない…」


「そんな本探せるわけないだろ!」


「でも、あるかも知れないの!頼む加木谷探して来てくれない?多分見れば分かると思うから!」


 ユナさんのはっきりしない物言いに、正直イライラしていた。肝心なタイトルも言わずに探して来い、何てあまりにも勝手だ。そうは思うものの仕方なく俺は返却された本の整理と並行して、よく分からない本探しを始めに館内を歩き回った。




 とりあえず俺は二階に来てみた。ユナさんいわくその本は日本語で書かれた本ではないらしい。だから、とりあえず海外の本が並ぶ二階に来たというわけだ。


 けれど検索しても出て来ない様な本なのだろう?見つかるはずが無い。しかも外国の本。ユナさんの趣味が分からないな。


 少し歩くと普段学生を見ないこのフロアで珍しく本棚の前で立ち読みをしている人を見つけた。


「金髪…?留学生かな?いや、あの子制服じゃねえや」


 そこにいたのは綺麗な金色をしたショートヘヤーの女の子だ。そこまでなら学内探せば何処にでもいる子だ。一番気掛かりなのが、その子がここの制服ではなく、黒のスカートに黒のシャツという普通の格好をしているという事だ。見るからに一般の人だが、学内に入っているということは入校許可書を身に着けているはずだが、それも見当たらない。おおかた勝手に入って来た中学生だろう、そう思い声を掛けた。


「ねえ君、どこから来たの?」


 出来るだけ優しく、好青年の様な笑顔で話し掛けてみた。しかし残念な事に話し掛けられた当人は、よほど驚いたのかそれまで読んでいた本を宙に投げると声も出さずに走って逃げてしまった。


「俺ってそんなに人相悪いのかなぁ...」


 鏡があるなら今この場で確認したいと思える程だ。


 予想以上に傷を負った俺は、本探しを諦めて帰ろうとしたが、さっきの子が投げた本が目に入った。


「Romeo and Juliet…?これ原作じゃん」


 ずいぶんと頭のいい子何だなと思い、俺はそれを拾い上げだ。



 *****



 時は同じくして図書館一階カウンター。


「すいません!これ借りたいんですけど!」


 魔術やら魔法やらがタイトルに書かれた本が数冊カウンターに置かれた。


「では、学年と名前をお願いします。」


「二年の須藤瞳すどう ひとみです!」

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