第6.5話 乙女の心

 幼い頃から、俺の家には誰かがいた。けれど、その誰かとは血の繋がりもない、言ってしまえば他人で、そんな他人とも言える「住人」と共に、俺はここ夕顔荘での生活を続けている。現在もばあちゃん、はる姉、俺ともう一人の四人で暮らしていたが、昨日から新しい住人、クラスメイトであり、ファーストキスの相手でもある山田ユナさんが増えた。




「ただいま」


 学校が終わりユナさんと二人で家に帰ると、玄関先には珍しい人物がお迎えに来てくれた。


「おっかえり〜お二人さん!」


 Tシャツにショートパンツ、相変わらずの格好でにっこりと微笑む彼女は住人の一人、桜庭遥香さくらばはるかだ。


「なんだよ、珍しいこともあるんだな。はる姉が玄関先でお出迎えとか」


「たまにはするわよ?」


 大学二年、彼氏無しというはる姉だが、見た目だけなら悪く無いと思う。ただ、大学でどんなふうに振舞っているか知らないけど、性格がガサツすぎる。それに長いこと、ここ夕顔荘で暮らしているせいか、俺に対して恥じらいというものを感じなくなってしまったらしく、年頃の男子には刺激の強い格好で家中をふらつくから正直困っている。


 それと、はる姉が今着ているTシャツにでかでかと印刷された「怠惰」の文字が気になって仕方がない。


「さあさあ!ユナちゃん!部屋に戻って昨日の続きしよう!」


 昨日の続き?確か昨日は、あれから二人で部屋にこもって何か話していたな。斜め向かいの部屋だから話の内容までは聞こえないにしろ、何か話していることくらいは分かるんだよな。


「昨日も言いましたけど、何もないんですよ…」


「別にそれでもいいの!ほら早く!」


 そう言ってはる姉はユナさんの手を掴むと、無邪気に階段を指差し満面の笑みを浮かべている。それに観念したのか、ユナさんもいそいそとローファーを脱ぐと、手を引かれたまま階段を駆け上がり、部屋に消えてしまった。


「仲良くなったのかな...?」


 ユナさんがここに馴染んでくれれば、俺はそれで満足だ。



*****



「単刀直入に聞くよ、トーマとは付き合ってるの?」


「それ昨日も聞きましたよ!?」


「いやほら、昨日は夜中に話してたから寝ぼけてる場合とかあるじゃん?だから、正常な判断が出来る今、改めて聞きます!付き合ってるの??」


 またしても、はるさんの質問という名の尋問が始まってしまった。




 加木谷に連れられて私がやって来たのは、加木谷の実家であり、間貸しをしている夕顔荘という家だ。“こっち”の世界でいう「日本風」の家で、少しボロくも感じるが、不思議と落ち着く様な、そんな家だ。ただ一つ困ったことが、相部屋のはるさんが色々としつこいのだ。


 悪い人じゃないのは分かるけど、昨日と同じことを聞かれても同じ事しか言えないんですよ。


「だってさ、あのトーマが久々に連れてきた女の子なのよ?そりゃ気になるわよ」


「そう言えば、はるさんっていつからここで暮らしてるんですか?何か、結構前からいるみたいな感じですけど?」


 私は咄嗟に話を逸らす。昨日から同じことを聞かれて正直うんざりしていたところだ。


「うーん…、私が中学生になる頃にはここにいたわね。だからもう、八年くらいになるのかな?そう考えるとずいぶんと長くここにいるんだねー。私がこの家に来た時なんか、トーマはまだ小学生でさ、今と違って可愛かったんだよ?」


 “こっち”の世界のことも色々と勉強したから分かるけど、中学生が親元を離れるのはかなり稀なケースなはず。


「何で中学生からここの家に来たんですか?親と一緒に住もうとか思わなかったんですか?」


 そう言うと、はるさんの表情が少し曇りながらも口を開いてくれた。


「親がさ、離婚しちゃってさ。その時二人が私の親権について争っててさ、それが耐えられなくなって自分から家を出ちゃったの。家を出て行く宛の無い私を見つけてくれたのが、大家の菊さんだったの。菊さんがここで暮らしていいよって、何も気にすることはないよって言ってくれたから今もこうしてこの家にいるんだ。当時中学にあがる前の私を引き取ってくれてさ、家賃もいらないって言ってくれたけどさ、流石に高校に入ってからはバイトしてお金入れてるけどね」


 この見た目からは想像出来ない過去があるんだな。だって「怠惰」って書かれたTシャツだよ?


「私の話はおしまい!じゃあ質問ね!ユナちゃんは何でこの家に来たの?」


「何でそんな目を輝かせてるんですか…」


「だってねぇ〜」


 勘違いというか、思い違いが凄いな。このまま何も言わず隠していた方が面倒な方に進もんじゃないのか?だったら喋れる事は喋った方が今後の為にもいいのかも知れない。


 そう思い私はついに覚悟を決めた。


「加木谷が……あいつが守ってくれるって言ったから……」


 そういった直後、はるさんは奇妙な声を上げると、両手で口を覆うようにして暴れ出した。


 確かこれを「悶える」と言うんだっけな。


「ん〜〜〜!!!ほーーー!!!あいつもやるね〜!!なるほどそれでユナちゃんはトーマと一緒にここに住もうと思ったのね。なるほどね」


 納得納得、と言わんばかりに頭を上下に振る。気のせいか、よりいっそう勘違いされた気がする。


 私が言いたいのは、


(魔法使いに襲われるかもしれない私のことを、加木谷が守ってくれるって言ったから)


 で、だけどそれをそのまま言っても、魔法のことを知らないはるさんが魔法使いを信じてくれる訳もないし、だからそこを省いただけなのに、どうしてこうなってるの?


「トーマがそう言ったのも無理もないわね。ユナちゃん可愛いもん」


「へっ?!?!」


 あまりにも突然の言葉に、思わず声が出た。


「あれ?自覚無し?勿体ないな〜、女の私が見ても可愛いと思うよ?それに、どことなく昔トーマが連れてきた女の子に似てる気がするし…あれかな、髪型かな?」


「誰ですかそれ?」


「あ、何?昔の女にヤキモチ?ユナちゃん可愛い〜〜!!」


「そういうんじゃないです!!!!!」


 違う、絶対そういうんじゃない。断言出来る。


 そもそも私は加木谷に好意を抱いている訳ではないし、何なら何とも思ってない。この家に来たのだって、守ってくれるって言ったからで、ただそれだけなの。


 なのに、何でこんなにモヤモヤするの?


「トーマも隅に置けないね」


「はるさん、私の話聞いてます?!!」


「なになに?言いたいことあるなら聞くよ〜?ん〜?」


 この日の尋問も夜遅くまで続いた。

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