第6話 非日常のはじまり

「ただいまー」


 昔ながらの日本風の引き戸を開ける。玄関には靴が二足、女物の靴が置かれている。


「ねえ…、本当にいいの…?」


 ユナさんはさっきから同じ質問をしてくる。もう何回目だよ、問題ないと何度言えば分かるんだ?



 *****



 遡る事、放課後の屋上。


「はっ??!ちょっと!あんた何言ってんの?!」


 ユナさんが顔を真っ赤にして狼狽えている。何をそんなに慌てる必要があるんだ?


「そんな!い、いきなり家に行くとか、訳が分からないわ!!」


 いや、理由がなければそんな提案しないだろ。俺は呆れ顔で言う。


「だってユナさん、狙われてるんだろ?だったら俺の近くにいてもらった方が良いじゃん」


「……な、何で…?」


「こうなったのも全部俺のせいだろう?だからユナさんに魔法が戻るまで俺がユナさんを守る。そう思ったんだよ。それくらいしか出来ないしね」


「えっ、あ、うん…。でも!!」


「それに、俺ん家間貸しやってるからさ」


「えっ?!あんた私をあんたの家に住まわせる気なの?!二人で?!」


 何か一人で暴走してるな。


「何言ってるの?他にも二人住人がいるし、今更一人増えたところで変わらないだろうし。ただ、部屋があるかな…」


 ユナさんの方を見る。相変わらず困った様な、驚いた様な表情をしている。


 今の俺に出来る事はこれくらいしかないんだ。確かに朝は魔法が使えたかもしれない。けれどさっきやったら出来なかった。つまり俺の魔法は完全じゃないんだろう。だから俺はユナさんにこんな提案をしたんだ。


 本音を言えば、俺の見えないところで誰かが傷付くのを見たくないだけなんだけど。


「そうと決まれば、行こう!」


「えっ?!ちょっと、今から?!」


 当たり前だろ、今日の夜にでもユナさんが魔法使いにやられたとかなったら俺の目覚めが悪くなるだけだし。


「だ、だったら!一回帰って荷物だけ持って来ていい?大事な物があるの」


 幸いユナさんの家は俺の家までの帰り道の途中にあったため、一旦ユナさんが荷物を取りに帰り、その後俺の家に向かう事になった。



 *****



 そして今に至る。


 玄関の前には一度帰宅し私服に着替えた、しかも大きなトランクを手にしたユナさんが口を開いたまま呆然としてる。


「ただいまー!ばあちゃん!いるー?ばあちゃん!」


 靴を脱ぎながらばあちゃんを呼ぶ。すると、丁度玄関の正面の階段から一人の女性が降りてきた。だが、俺はそれを見た瞬間に思わず叫んだ。


「ちょっと!はる姉!!!なんて格好してんだよ!!」


 二階から降りてきたのは住人の一人、桜庭遥香さくらば はるかだ。俺が突然大声をあげるのも無理も無い、はる姉はタンクトップにショートパンツというとんでもなくラフな格好で登場をしたのだ。仮にも女だよね?


「うるさいわね…、いつも通りでしょ…!!!ちょっと、まさか…トーマ…あんた――」


 はる姉の寝起きの眠そうな表情が一変、元から大きい瞳を更に見開き、一瞬硬直したかと思うと、


「菊さん!!!ちょっと菊さん!!!トーマが!トーマが女の子連れてきたよ!!!!」


(面倒くせえ。しかも、うるせえ…)


 さっきまで死んだ目をしていたくせに、水を得た魚の様にはしゃいでいる。はる姉って何を楽しみに生きてるの?


「なんだい、なんだい。おやっ、統眞とうま、おかえり」


 奥の台所から割烹着姿で現れたのが俺のばあちゃんであり、ここ夕顔荘ゆうがおそうの大家、加木谷菊かぎや きくだ。


「おやっ?統眞の後ろにいる可愛らしい子は誰だい?」


「そうそれ!誰なのよトーマ!彼女?彼女なの?!」


「はる姉うるせえよ!この子は…、クラスメートの山田ユナさん」


 俺の後にいたユナさんがどうもと軽く会釈をする。その重そうなトランク降ろせばいいのに。


「で、この子が諸事情で住むところ無くなっちゃったからここに住まわせたいんだけど、部屋空いてたっけ?」


 住むところはあるわよ、と無言でユナさんに睨まれる。


「確か一部屋あるけど、あそこは物置になってるからもう住める部屋は無くない?」


(頼むはる姉、上に一枚何か羽織ってくれ。いくら何でも目のやり場に困る…)


「そうね…。あ、なら、はるちゃんの部屋に一緒にってのはどうかしら?」


 はる姉と同室か、正直大丈夫な気がしないな。はる姉の性格ががさつなのもあるし、そもそもはる姉が同室を許すとは思えない。


「この子と一緒でしょ?いいわよ」


 あれ、ずいぶんすんなり受け入れたな。


「だって、色々聞いてみたいし」


 実に悪そうな顔をしている。


「ユナさん、このがさ…女の人と同じ部屋だけどいいかな。てか、そうしてもらえるかな?」


 未だに靴も脱がず、トランクを手にしたユナさんは事態の展開に着いていけず間抜けな顔のまま頷いた。


「なら、今日からよろしくね、ユナさん!」


 魔法使いの魔力を奪った少年と、魔力を奪われた魔法使いの少女の一つ屋根の下での生活が始まった。


 勿論、二人きりではないが。

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