第5話 あっちとこっち

 その後、ユナさんについてはボロボロの制服のままではどうしようもないので、俺が保健室に行きジャージを借りてきてそれを着てもらうことにした。幸い俺の制服は汚れたものの、叩けば落ちる程度だったので、汚れを落として消臭スプレーを保健室で借りてそれを着ることにした。そして俺らは時間をずらして教室に戻った。しかし俺は今回の一件に納得がいっていない。だってそうだろ、分からないことが多すぎる。だから俺はユナさんに事情を説明してもらう為に放課後また屋上に来るように約束をして、俺らは通常の日常に戻ることとなった。


 遅刻して出席した一時間目の授業は、ズラが目立つ先生の世界史だった。



 *****



「ユナさん…、これ、ユナさんがやったの…?」


 授業も全て終わり委員会の仕事も無かった俺らは帰りのホームルームが終わったと同時に教室を飛び出して屋上に来た。そこで俺らは驚くものを目にした。それは平らな床だ。


「そんなわけないでしょ…、私はずっと教室にいたでしょ…」


「じゃあ何で、今朝あんだけボロボロになった床が元通りになってるの?」


「知らないわよ!でも…、誰かが直したとしか考えれないわね…」


「最近の業者は凄いんだな…」


「あんたは本当に馬鹿なの?!」


「え?!違うの?」


 ユナさんの冷たい目線が痛い。


「どう考えたって業者の人でも半日でこんなに綺麗に元に戻せるわけないでしょ!多分、これ魔法が使われてるわ」


「待ってくれよ!まさかあの赤髪の魔法使いか?!」


「いや、それはないと思うわ。恐らくあいつはあの爆発魔法しか使えないはずだから。そうなると、これは他の魔法使いの仕業ね」


 俺の思考が追いついていない。よく考えろ、魔法というのは空想上のものじゃないのか。しかし今朝あんなものを見せられては信じる他ない。だからと言ってそんな簡単に魔法が日常に存在している事が俺には理解が出来ない。


「なあユナさん、朝の赤髪の魔法使いといいユナさんといい、何者なの?」


 西日がユナさんを照らす。それが眩しいのか目を細めながらユナさんは口を開いた。


「朝も言ったけど、私は魔法使いなの。しかもこの世界じゃない、”向こう”の世界の人間なの」


 考える事をやめた俺の脳内は、受け入れる事だけに意識を集中している。


「それで私は“こっち”の世界に用事があって今ここにいるの。でも、その用事はもう出来ないの…」


「それって…」


「そう、あんたが私の魔力を奪ったからよ。今回私が“こっち”世界に来たのは魔法絡みなのよ。だからこの状況は何とかしなきゃいけないの」


「あの赤髪は?」


「あいつも恐らく私と同じ“あっち”の世界から来た魔法使いよ。そもそも“こっち”の世界に魔法は存在しないんだから、魔法関係は全部”あっち”の世界から来たものだと思ってくれていいわ」


(“あっち”とか“こっち”を連続で言われるとごちゃごちゃするな)


「じゃあ何であいつはユナさんを襲ったの?」


 それが一日気掛かりだった。いきなり現れた赤髪は何の躊躇もせずユナさんを狙った。おかげで俺まで被害を受ける羽目になってしまった。だからこそ理由を知りたい。


「それは……、、あいつにとって私が敵みたいなものだからよ――」


 気のせいか、一瞬ユナさんの視線が泳いだ。答えのような、答えで無いようなモヤモヤした回答だが俺はそれを受け入れる事にする。




 正直魔法という言葉を聞いた時、素直に心を踊らせた俺がいたのは事実だ。魔法を使う夢を見るくらいだ、俺は誰よりも魔法を使いたいと願っていた。けれど存在までは信じていなかった。でも今日一日でそれが全て現実の一部となった。


「そうだ、加木谷!あんた朝どうやってあれをやったの?!」


 突然思い出した様にユナさんが声をあげる。この子たまにいきなり動き出すからこっちの心臓がもたない。


「あれ?あー、あれか。」


 あれとは今朝の一件の最後、俺が赤髪を吹き飛ばした魔法の事だろう。


「なんか適当にバッ!ってやってヒュッってやったらああなった」


 おいおいユナさんそんな冷たい目で見るなよ。そろそろ傷付くぜ。


「そんな適当で魔法が使えるわけないでしょ…」


「でも出たよね?!ユナさんも見たでしょ?」


「そうだけど……」


 どうやら何かを信じられない様子。全く素直に俺の魔法の才能を認めればいいのに。どうせいきなり魔法の素人が術を使ったから嫉妬してるとかそんな感じだろ。なかなか可愛いところがあるじゃないか。


「だったら、今ここでもう一回やってみて」


 朝は状況が状況だったから無我夢中にやっていた。実際どうやったかなんてあまり覚えていない。けれど、俺は確かに魔法が使えた。だから


「いいよ」


 俺はそう言うと、ポーズをとる。右手に持った見えない杖を突き出す様に半身をとる。そして同じ様にイメージする。あいつをぶっ飛ばすイメージ。


「吹き飛べ!!!」


 威勢よく叫ぶ。しかし


「あれ?吹き飛べ!吹き飛べ!!あれ…?」


 おかしい。朝は確かに竜巻みたいのが出たのに。何で何も起きないんだ。


「やっぱりね。おかしいと思ったのよ。魔法を今日知ったばかりの素人があんな魔法を使える訳がないのよ」


 なんだよ嫉妬ならそうだと素直に言えばいいのに、可愛くないな。


「う、うるさいわね!!」


(あれ、俺今口に出したかな?)


「まあいいわ。とにかく早いとこあんたに行った私の魔力を返してもらえればそれでいいわ」


 俺がユナさんにキスをしたから、俺が魔道具と呼ばれるペンダントを持っていたから、全ては俺のせいだ。


「話はもういい?なら私帰るね」


 左手をひらひらと振りながら出口に向かう彼女の背中を見つめる。いくら魔法を知っていて“あっち”の世界から来た魔法使いと言っても、今はただのジャージを着た女子高生だ。しかも上下一式。これがスカートの制服姿だったら。


「うるさいわね」


 呆れた顔でユナさんが振り返る。その表情で俺はある決心をする。


「なあユナさん。ユナさんは誰かに狙われてるんだよね?また今日みたいに他の魔法使いに襲われる事もあるかもしれないんだよね?」


 俺があまりにも真剣な表情で喋るものだからユナさんの表情が一瞬キョトンとした様に見えた。けれどその後直ぐに首を縦に振った。


 なら話は早い。


「だったらさ、俺ん家来ない?」


 気のせいだろうか、ユナさんの顔が真っ赤だ。

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