解決編 第5話

25.


 次の部屋はVRゴーグルをつけて見ると道以外は暗くなっているのが分かる。

「この部屋は随分と小さいが、一番仕掛けが凝っているようだね」

 VRゴーグルを外して十姉妹は呟く。

 ゴーグルを外すとそこには底が見えない落とし穴とその穴の上を通る道があり、その先にはベルトコンベアーがあった。

 落とし穴の上を通る道は開閉するようになっており、近くの壁には開閉用のスイッチがあった。

 指紋は採取できなかったが姿を隠して見ていた魔女――九石がおそらく押したのだろう。

「有川四葉はこの落とし穴の落ちて亡くなっていたようです」

 周囲を確認する十姉妹に後から追ってきた重吾が手帳を見ながら答える。

 一方十姉妹はVRゴーグルを装着し、道を眺めていた。十姉妹たちが部屋に入ったことでベルトコンベアーが動き出していた。センサーか何かで動き出す仕組みらしい。

 ある程度、眺めていると道の上に突起物が出現する。

 ベルトコンベアー外からわずかに触ると確かに感触がある。

 そこでVRゴーグルを取ると、ベルトコンベアーが回転しているだけで道の上の突起物は消えていた。

「実に不思議だ」

 VRゴーグル内の映像は重さを再現できるのは先ほどの実験の通りだ。

 実験では重吾が手にしたのは現実では存在していない本だったが、道の上に出現した突起物も現実には存在せず、ゴーグル越しの仮想現実だときちんと存在し触ることも可能だった。

 しかもそれは重さがある。つまりきちんと障害物になり得る。

「彼らはいつまでも道が続くかようにベルトコンベアーを延々と走らされ続けた。そうして落とし穴の上の道が開き、ベルトコンベアーの行き先は落とし穴となる。そこでゴーグルなしには見ることも触れることもできない障害物が彼らを阻み、そして有川四葉が犠牲になった」

 十姉妹はそんな推測を立てる。

「ここの仕掛けは有川四葉を狙ったものなんでしょうか? この仕掛けだと誰でも殺せるように思えますよ」

「確かにそうだ。殺そうと思えば誰だって殺せただろう。だから魔女は全員を十分に走らせてから、手動で落とし穴を開いた」

「それなら有川四葉をピンポイントで狙い撃ちできそうですね。彼女の体格からして走るのは苦手そうな感じですし」

 ふくよかな体型から重吾は偏見を口にしたが、実際に有川四葉は走るのが苦手だった。

「重吾くんも見てみればわかるが……障害物といっても、それはさほど高いわけではない。そんなものが障害物になり得るのか、と私は考えたが、疲弊させてしまえばそれすら脅威に映る。永遠に続くハードル走だと思えばいい。なかなかにきついものがある」

 それに有川四葉は耐えれなかった、と十姉妹は憤る。もちろん、魔女は有川四葉が殺されるまで、この仕掛けを動作させ続けただろうから、それを考えると随分とひどい仕打ちだ。

「彼女はそうやって殺されるほどのことをしたんでしょうか? 水出善良子が自殺した際に取った調書には彼女のことは書かれていませんでしたよ」

 彼女のイジメと関係した特徴がある、と十姉妹に前提を語られている重吾だが、それでも有川四葉が一体何故殺されたのか分からなかった。

 水出善良子を直接的にイジメていた記録は有川四葉にはないのだ。一宮蒔苗のイジメの記録は都議会議員の父親の手によって隠ぺいされたが、有川四葉は一般家庭で、そういう工作が行えるとは思えない。

「彼女がなぜここに選ばれたか私も当然気になり、徹底的に調べた結果、驚愕の事実が判明したよ」

 さすが十姉妹警部だと重吾は感心し、続きを待つ。

 ここで答えないなどという意地悪をしないことを重吾は知っていた。

「彼女は体育祭の全員リレーで負けたのを水出善良子のせいにしたんだ」

「……なんていうか、その……」

「そうだ。イジメとまで言っていいか判断に困るだろう。もっともイジメの定義はイジメられている本人がイジメだと思えばイジメだ。私たちが判断できることでないが魔女はそう判断した」

 重吾が四葉の行為がイジメなのかどうかと迷ったのは重吾の感覚ではそれは悪口程度のことだと判断していたからだった。とはいえイジメかどうかの定義は本人の裁量だ。

「有川四葉が行った行為を何と呼ぶのかはともかく、まだ続きがある」

「もっとひどいことをしたんですか?」

「いや、ひどいことをしたというよりもひどいことになったという感じかな。有川四葉の手の届かぬところで。陸上部だった水出善良子はその体育祭以降、レギュラーではなくなっている。言うなれば有川四葉が体育祭で言った言葉が彼女の人生を狂わせたのだ」

「そんな、大げ……」

「さだと思うかい?」

 十姉妹は言葉を引き継いで問いかける。

 重吾の言葉が詰まる。大げさだったら有川四葉はここで殺されてないだろう。

 有川四葉の言葉が水出善良子の陸上部としてのプライドを傷つけた。イップス、スランプという感じだろうか、そんな状態になって、水出善良子はそこから抜け出せなくなった。

 天才と呼ばれるほどの才能を持っていなかったかもしれないが、それでも陸上をし続けるという人生を奪われたことになる。

 立ち直れなかった自分が悪いと思う人もいるかもしれないが、それだと詐欺に騙されたほうが悪いと同じ理屈になってしまう。

「じゃあ、水出善良子の人生における選択のひとつを有川四葉は奪った。それを重罪だと魔女が考えたってことですか?」

 重吾は哀しげに問いかけた。

「許されざることだけれどね」

 十姉妹もどことなく哀しげだった。

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