全滅編 第14話-2
一、二年が帰っていくなか、三年の多くは最後の大会に向かって居残り練習をしていた。
そこに七種もいた。とはいえレギュラーの練習を手伝うなんて殊勝なことはしない。自分が練習をするわけでもない。ここからが落ちこぼれ組の時間だ。
顧問も来ない離れた二階建ての部室棟なんて絶好のストレス発散の場だった。
陸上部にあてがわれた部室の入口の鍵をかけて窓を開ける。窓を開けても目の前は高いコンクリートの壁で人目につかない。
七種はずっと鞄に忍ばしていた煙草を口にくわえて火をつけた。
七種がいる陸上部以外の部室からも煙が空へと昇っていく。一番煙が多いのは素行が悪い男子の多くが所属している男子野球部で次がバスケ部、サッカー部と続く。
七種たちの通う高校はスポーツの強豪校ではなく、だいたい一回戦か二回戦で負けてしまう弱小校だった。だからなのかこの高校の生徒たちは安易に煙草に手を出せた。
部活で勝てないから、女の子にもてたいから、不良ぶりたいから理由は様々だろう。
七種の場合は興味本位だった。そのときもタイムに伸び悩んでむしゃくしゃしていて、大学生の彼に勧められるまま手を出した。
喫煙し続けてから何日か経つと伸び悩んでいたタイムがより落ちた。明らかに煙草で体力が減ったのだろう。
それにむしゃくしゃしてまた煙草を吸った。彼に頼めば何本でも手に入った。
今ではそれが恒常化している。
タイムは上がらない。だから水出善良子にレギュラーを奪われた。
でも自業自得とは思いたくない。七種のタイムが伸び悩み始めたのは水出善良子が現れてからだ。メキメキを実力をつけてどんどん速くなっていき、すぐにでも七種のタイムに追いつきそうだった。それで焦ったのだ。
善良子が入部して実力をつける前までは中距離で一番だった七種は、今では六番手。
五枠しかないレギュラー枠の最後を今では二年でエースの善良子に奪われていた。
全部、全部水出善良子が悪いのだ。ストレスを発散するように煙草を吸っていく。吸わなければイライラして、ストレスが溜まる。
止めようと思いながらも負の連鎖が止まらなかった。
「先輩、だったんですね」
突然、聞こえてきた声に驚き、窓を覗くとそこに善良子がいた。
「どう、して?」
裏路地を通っては駄目という規則はない。が煙草の煙は近づいたってそうそう見えるわけでもない。
通り過ぎればヤニの臭いがするだろうが、意味もなく部室棟の裏に近づく生徒はいない。
つまり善良子はどうやってか気づいて証拠を掴もうと窓を覗いたわけだ。確かに陸上部の部室は一番端で見つかりやすい位置にはあった。
「以前、お父さんが吸っているものと同じ臭いがしたので……もしやって思いまして」
窓を開けてきちんと換気をしたつもりでいた七種だったが、思った以上に部室に臭いがこびりついていたらしい。
「あっそ。それで犯人探し? ご立派ご立派」
七種は煙草を持ったまま窓から外へと飛び降りて善良子と対面する。
「どうして先輩がそんなことを?」
「別になんだっていいじゃん。こんなのみんなやってるよ」
部室は窓こそ開いていたが、善良子の声が聞こえた時点で他の部の喫煙者はみんなぴたりと喫煙をやめ証拠隠ぺいに走っていた。
七種たち未成年喫煙者は等しく同罪で万が一喫煙が見つかったら、その人がなんとかするのが暗黙のルールだった。今回は七種にお鉢が回ってきた。それも一番厄介な。
「もしかして先輩はレギュラーに落ちたから……」
善良子が軽挙な妄想で恐る恐る探りを入れてくる。
「お前が……」
その言葉で七種はキレていた。
「お前が……奪ったんだろうが」
部室とコンクリートの塀の間、狭い裏路地で七種は善良子を押し倒した。抑えつけて、太ももを露出させる。
突然のことに嫌がる善良子だったが腕力は七種のほうが強い。
そのまま太ももに、それも股近くに七種は煙草を押しつけた。善良子の口を押さえつけて叫び声を抑える。
しばらくぐりぐりと煙草を押しつけて、くっきりと善良子の太ももに丸い火傷の跡をつけた。
「言いたきゃ先生に言いなよ、それ見せる勇気があるならね」
カッとなってやったからもうどうにでもなれ。七種は退学も覚悟で言い放った。
けどあの後、わたしは退学にはならなかった。
その理由は今でも分かっていなかった。でももしかしたら……あの日を思い出して七種は思う。
今日、この時を待っていたのかもしれない。
全ては水出善良子が魔女と呼ばれる人物に依頼した復讐なのだ。
恐怖に足が竦んだが、それでも七種は進んでいく。
陸上は前のめりに走っていく競技だ。だから七種は前へと進んでいく。
水出善良子の自殺があってから七種はすっぱりと煙草をやめた。
そうして陸上に前向きに取り組んで大学ではレギュラーになれた。
初めからそうしておけば良かったと後悔すらしている。
だから殺されてたまるか、七種は強く想って、他の四人の後を追った。
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