全滅編 第14話-1

 次の階は薄暗い廊下が続いていた。

 今までの階層と比べるとうって変わってファンタジー感が少ない。壁も天井も暗くて見えず、ただ道だけが明るく照らされていた。道幅は踏み外すことがないぐらい広く五人が並んで歩いてもまだ余裕があった。

 光源があるのに道しか照らされておらず、それ以外が暗闇に覆われているというのは確かに現実ではありえないような構造。そういう意味ではファンタジーさがあった。

 四葉にはこの階層が地獄から天国に続く蜘蛛の糸のように見えて、なんだか気味悪く見えた。

 それでも五人はゆっくりと歩き出していく。

「そういえばさぁ、七種パイセンは善良子とどんな関係があんの?」

 杏がずっと気になっていたのか七種にそう問いかける。

 七種は杏たちと同じ高校だが一個上の先輩だ。

 高校生活の中で先輩が後輩と知り合う機会は案外限られている。

「あたしは同じ部活の先輩ですよ」

「善良子って……なんの部活してたっけ?」

「陸上部だよ」

 四葉がすぐさま答えると、「ああ、そういやそだっけ?」と杏はなんとなく思い出した。

「へえ、じゃあそこで何かがあって、ここにいるんだ」

「思い当たる節はないけどね」

「じゃあ魔女?」

「さあ、答える義務はないと思うけど……」

「あやし―」

「思い当たる節がなかったら魔女だなんて短絡的過ぎるわ。それなら八月朔日さんとやらはどうなの?」

「ぼくですか?」

「ああ、こいつはどうせ偽彼氏の件だし」

「偽彼氏……?」

 意味は分からないがろくなことではないと察してサエグサは怪訝な顔をホズミに向ける。

「六鎗さんが水出さんの彼氏を奪った後、ぼくを宛がっただけの話ですよ」

「まああーしがその彼と別れるときにこいつも別れさせたんだけど」

「どうしてそんなことを?」

「どの学校にだってスクールカーストが存在するでしょう。ぼくはそんなに高い位置にいなかった。それだけのことです。もうやめましょう、この話は」

 話したくないと言わんばかりに口早に答えると歩行速度を上げて淳は四人から離れていく。

「おいおい、離れるのは危険だって」

 十塚が追いかけ、それに四葉、杏が続いていく。

 少し遅れて七種も速度を上げた。他の人よりも反応が鈍かったのは、思い出していたからだった。自分が、善良子に行った所業を。



 高校総体。

 運動系の部活に所属している三年生にとっては最後の見せ場。最後の機会。

 陸上部三年の七種もそうだった。

「どうしてわたしがレギュラーじゃないんですか?」

 フツーは三年に花を持たせるでしょ。憤りを感じながら七種は顧問に尋ねていた。

「タイムの順だから仕方がない」

 顧問は最初から決めていた、と言わんばかりにそう告げた。

 言葉通り七種はレギュラー落ちしていた。補欠だった。種目ごとに出れる人数が決まっていて、七種が出ようとしてた中距離走の最後の一枠は七種ではなかった。

 しかも三年で唯一、七種だけがレギュラーになれなかった。

 三年の七種を跳ね除け、中距離走の座を奪ったのは水出善良子だった。

 一個下の気に食わないやつ。七種はそう認識していた。

 顧問に問い詰めている七種が補欠だと知って、周囲の一年たちがくすりと笑ったのが分かった。

 ええ、ええそうですよ、わたしは最後の大会にすら出れませんよ。皮肉のように睨みつけてやった。

「お前はみんなのフォローをしてやってくれ」

 顧問はそう告げたが、七種の腸は煮えくり返っていた。

 その前にわたしをフォローしろよ。融通利かせろよ。乱暴な言葉を胸中で吐き捨てる。

 半年前に顧問が交代になって途端に実力主義とか抜かしだした頃から七種にはイヤな予感があった。

 その予感が今頃になって当たるなんて。はあ、うざい。やり場のない怒りが込み上げてきて苛立ってしょうがない。

 もちろん、七種も今のタイムで総体に出たところで大した成績は残せないだろうと分かっていた。

 それでもそれがなんというか就職するときの話題作りにでもなるんじゃないかと思った。

 青臭い言い方をすれば青春の一ページ。けれどそんな糧にすらならない。

 七種は自分がしてきた努力を何一つ見いだせないまま部活に費やした青春が終わることになった。

 確かに部活にそんな情熱をもっていなかった。それでも後輩に最後の機会を奪われたあげく、一年にも笑われるなんて屈辱は許せるものではなかった。

 不満を抱えたまま部活が終わる。

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