全滅編 第13話-4

 それ以降は何事も起こらずに船が対岸に到着した。

 階段はすぐそこだ。

 びしょぬれになった淳が先に船から降り、次に七種、四葉、杏、蒔苗と続く。

 十塚は最後まで警戒していた。

 全員が降りたのを確認して十塚が船から降りる。

「やはり杞憂でしたね」

 その言葉を最後に蒔苗が消えていく。水中へと。

 蒔苗の首へと海中から触手が延びているのが一瞬だけ見えた。

「一宮ァ!!」

 唯一、海に消えていく蒔苗を見ていた十塚だけが気づいて叫ぶ。

 叫び声にすくみ上って杏たちが十塚のほうを見るが、事情を飲み込めていない。

「うるさいっての、いったいどうしたっつの?」

「一宮が引きずり込まれた」

 変な冗談を……杏は思ったが、確かに蒔苗の姿はない。

「あ、あれ……」

 四葉が壁に埋め込まれたケースを指す。恐怖からか毎回人形の数を確認してまう四葉だからこそいち早く気づけた。

 そこには魔法使いの姿はなく、人形は五体になっていた。

「早く助けないと」

 十塚が何も考えず飛び込もうとするのを淳が止める。

「クラーケンが死んでないとしたら危険じゃ……」

「そんなことを言ってる場合じゃない。まだ溺れてはないはずだ」

「つか、人形が減った以上無理なんじゃね?」

 杏は無神経にもそんなことを呟く。

「諦めてんじゃねぇ。まだ、まだ間に合うはずだろ」

 これ以上犠牲者を出したくない十塚が訴える。

 引き留めた淳を振り切って海に飛び込もうとした瞬間、クラーケンが顔を出す。

 触手を壁のように並べてゆく手を阻んだ。

「触手は倒したはずじゃあ?」

「再生したんだ……」

「くそっ、邪魔すんなよ」

 舌打ちして十塚が剣を振るっていく。

 クラーケンが触手で作った壁は一瞬で崩れ去り、クラーケンも逃げるように海底へと沈んでいった。

 同時に蒔苗が海上へと浮かび上がってくる。

「引き上げるぞ」

 十塚と淳が蒔苗を引き上げたが、蒔苗に脈はなくすでに死んでいる状態だった。

「くそっ!! 間に合わなかった……」

「どうして一宮さんは海に落ちたんですか?」

「俺が船から降りた瞬間に海中から触手が延びてきて、それが一宮の首に……」

 悔しげに十塚が告げる。船から降りるとき気の緩みがあったことは確かだ。

 その隙を魔女は狙っていたのかもしれない。

 その前にクラーケンと戦ったのも気が緩んだ原因だ。クラーケンの出現に気を引き締めたのに、何もなかったことが逆に警戒心を解いた。それこそが魔女の罠だったのだ。

「一宮さんはどうしますか? このままにはしておけない」

「でも戻れそうもないし」

 杏が指す方向は海。そこにあるはずの船は跡形もなく消えていた。

 泳いで渡れないこともないかもしれないが、そこまでする労力もなかった。

「申し訳ないけど置いていくしかない。誰かハンカチを……」

「うちが持ってます」

 十塚は四葉から手渡されたハンカチを蒔苗の顔に置いた。

 四隅に犬のマスコットが刺繍された、それでいて洗剤のフローラルな香りがしてくるハンカチは死者には似つかわしくない。

「これで我慢してくれ。行こう」

 人数を減らしてもなお、生存者たちは進んでいく。

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