全滅編 第13話-3
船が対岸へと近づいていく。
波の力でゆっくりとではあるが、それでも着実に進んでいた。
今までの道のりは困難だったが、今の道のりは安全に見える。まるでエレベーターに乗って目的地へと着くそんな感覚。
けれど普段は何気なく使っているエレベーターにだって危険はある。定期的な点検や安全な乗り方の甲斐あって、安全は保たれている。
それと同じだ。
安全と思っていても危険は潜んでいる。
警戒は怠ってないつもりでも、どこか緩みがあった。
タイル一枚分の道を歩くときに見た水中に潜む何か、その存在を間抜けにも全員が忘れていた。
やはり何もしなくても進んでいくという安堵から起こった気の緩みがあったとしか言いようがない。
船が思いっきり揺れる。
「ぎゃああああああああ」
「船に捕まれ、急いで」
十塚が指示を出す前に全員が縁に捕まる。とはいえ急いだせいで屈んで縁を掴もうとした杏がお尻を淳にぶつけてしまう。
ばしゃーんと大きな音を立てて淳が落水。
「マジごめん」
淳が蒔苗や十塚に手伝われ、船に救出される。
「危なかった……、ぼくでよかったよ」
その頃には船を揺らした犯人が顔を出していた。
やはりモンスターだった。海洋モンスターの代表格クラーケン。巨大な烏賊のモンスター。船の周囲を触手が囲っている。
「やべーじゃん、これ」
淳が落ちたことで淳が持っていた剣は海中へと沈んでいた。
残りは十塚が持っている剣と蒔苗が持っている剣の二本だ。どちらも淳を助けていたため、剣を構えるのが遅れた。
その間にクラーケンの触手が船へと向かってくる。
十本の足を同時ではなく、二本ずつ向かわせてくるのは何か目論見があるからだろうか、何にせよ、十塚たちにとっては幸運だった。
「いいか。確実に対処しろよ。巻きつかれたら終わりだ」
「ですが、このクラーケンは作り物でしょう?」
蒔苗が作り物と表現したのは四葉がゾンビに噛まれてもなんともなかったのを見ているからだろう。
それだけで警戒レベルが下がっていた。
だからクラーケンの作り物に攻撃されたところで平気ではないかだと考えていた。
「それはそうだ。けど、この海はどうだ。本物か?」
「先ほど少し舐めましたがしょっぱくはありました。だとすれば海に見せているのだとしても海水は本物でしょうね」
「じゃあ巻きつかれてでもしてみろ。本物の海に落とされる。触手が本当に作り物ならいいが、この棒が剣に見えているように、鎖やワイヤーが触手になっていてもおかしくない。あのハブみたいに鎖やワイヤーが本物だったら、この剣じゃ切れない」
もし鎖やワイヤーが触手に見えているなら、捕まったら最後、海に落とされて這い上がることはできない。十塚はそう主張していた。
つまるところ視覚を疑えとでもいうのだろうか。見えるものは何一つ真実はない、と。蒔苗は深読みする。
「分かりました」
頷いて蒔苗は船に向かってきていた触手を切り裂いた。エフェクトが生じて触手が消える。
納得はしたものの、それでも触手の動きは緩慢で、当たりさえすれば一発で消える触手などあまり恐ろしくはなかった。
そうやって十塚とともに蒔苗は剣を振るっていく。
本当は剣を振り回すのにも疲れていたが、びしょ濡れの淳に剣を渡して戦わせるのも気の毒な気がして頑張っていた。
案外すぐにすべての触手はなくなって、触手を失ったクラーケンはおとなしく沈んでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます