全滅編 第13話-1
「次が四階だ」
上へと続く階段を前に十塚が呟く。気を引き締めろとは言わなかったが、未知の領域に進むのだ、誰もが気を引き締めた。
階段をゆっくりと慎重にあがっていく。ワイヤートラップがないとは言い切れない。それすらも疑っていく。
今まで階段をあがるとき無警戒すぎたのだ。
しかし何も起きなかった。気疲れだけが溜まっただけ。
けれど気を緩ませることもできなかった。
階段をあがった先は宙に浮くタイル一枚分の幅の道が続いていた。下には海水。
彼らは海の上にいた。タイル道は船まで続いていた。
ボートぐらいの大きさの帆船。全員が乗れば沈んでしまいそうな不安定感がある。
「行くしかないよな」
周囲の海は澄み切っていた。けれどそのせいで海上から海底に何かが潜んでいると分かった。
おそらくモンスターだろう。何かがいる、けれど何か分からない。いつ襲ってくるか分からない。そんな想像が足を竦ませる。
何も見えないほうが、まだ歩を進めることができたかもしれない。何もいないかも知れないと思えば幾分気が楽になる。
十塚はその道を四つん這いになって歩き出した。かなり恐る恐るだ。
道の狭さもだが、薄さも気になった。
宙に浮いているこの道は、薄さもタイル一枚分、数ミリメートルしかない。
十塚は平均的な体重ではあるが、それすらも耐えられないのではないかと想像を働かせてしまう。
それも足を竦ませる要因だろう。
道へと手をかけた瞬間、軋む音は聞こえなかった。数歩歩いても何も起こらない。
「大丈夫、大丈夫だ」
ぶつぶつと呟きながら十塚は船へと這い寄っていく。
真似するように蒔苗、七種が続き、淳が歩を進める。
「豚は最後ね」
杏は四葉の体重がタイル一枚分の薄さしかないこの道を壊してしまうかもしれないと考えて警告を出した。
最初からそのつもりだった四葉だったが言われていい気はしない。
杏を突き落とすことも今だったらできる。どうせ全員が死ぬなら殺してしまってもいいんじゃないだろうか。
普段ならそんなことを考えない四葉だったがそんなことを考えてしまう。
魔女はおそらく善良子の復讐を考えている。そう思えばこそ四葉は自分の考えをすぐに訂正した。
杏は確実に魔女ではない。四葉にはそう思える理由があった。
お気に入りのアクセサリーが店頭販売しかしていないことを知り、その日、杏は取り巻きの女子たちと普段はいかない繁華街へと遠出していた。
「何あれ……?」
そこで杏は見覚えのある女の子を見つけて指を差す。
「あれ、水出じゃん」
取り巻きのひとりがその姿を見て何気なくそう言った。
「やっぱり善良子かよ……」
杏もなんとなくそう感じていたが、眼鏡と目深帽子で変装していた善良子の姿にそうだと確信が持てずにいたのだ。
取り巻きもそう確信したのなら、目の前の女子は善良子で間違いない。
変装した善良子の隣には男がいて、しかも手を繋ぎながら楽しそうには話していた。
誰がどう見ても彼氏だった。
同じ高校の男子は全て把握している杏はその男が他校の生徒だと一目で分かった。
善良子ごときに男がいんのかよ。それだけで杏はムカついた。
これが善良子にぴったりのブサイクでヲタクみたいなのだったら全然ムカつかないんだろう。けれど意外にも恰好いい。
それがさらに腹立たしい原因だったけど、それでもなんとなく自分の中でくすぶっていた疑問が腑に落ちたのも分かった。
志津子のグループからハブられてた善良子を杏はへこたれてんだろうなーとは思っていたのだが、それ以降も落ち込むこともなく平然としていた理由はきっと男がいたからだ。
だからせっかくあーしのグループに誘ってあげたのに断ったわけね。ついでに杏は善良子が自分のグループに入らなかったのも男が理由だと理解した。
むしろ善良子は志津子からハブられてスッキリしているんじゃないか、とも考えた。
志津子は彼氏持ちのくせに他の取り巻きが彼氏を優先するとすぐに機嫌を損ねる。
それが理由で杏や杏のグループの女子も志津子のグループから決別していた。
杏のグループでは別に男を優先してもいい。
それを伝えて善良子を誘ったとき、「いえ、結構です」と杏はあしらわれていた。
そのとき思わず舌打ちしたが、あの態度はないと腹を立てたのは事実だった。
でもあーしはラッキーやし。今日、善良子と善良子の彼氏を見れたのは幸運だった。
杏は仕返しの悪だくみを思いついて、この幸運に感謝した。
「ね、善良子の男の写真撮っておいてよ」
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