全滅編 第10話

「水が流れているみたいだな」

 川のせせらぎを聞いて十塚が呟いた。

 三階は河原だった。階段を上がった直後から石が敷き詰められている。歩くたびに石がずれ、じゃりじゃりと音がした。

 川は左手の遠方に流れていたが見晴らしがいいため、距離のある入口からでも確認することができた。

 三階の階段にも人形があったが、数は減っていなかった。

 何も起こらなければいい。四葉はそう祈ったが、同時に嵐の前の静けさなのではないかと不安もあった。

「ここには何もなさそう」

 さきほどの森林とは違って、何かが隠されている気配はない。

「一応、探索してみよう」

 全員が川のほうへと近づいていく。

「深くない。それに冷たい」

 少し楽しげに七種が水に触れる。それにつられて杏や志津子も水に触れる。ひんやりとした冷たさに思わず靴と靴下を脱いで足に水をつけた。水位は踝よりも少し高いぐらいだ。

「サッイコー」

 小さなことだがそれだけでも気分転換になり陰鬱な気分も吹き飛んだ。

「この川は浅いけど、深い川だとそうやって油断しているところで突然、水中からゾンビとか出てきて引き込まれそうだけどな」

 ボソリと十塚が呟くと「サイテー」と全員が川から上がる。

 蒔苗が問い詰めるように十塚へと近づいていく。しかも剣を振り上げてだ。

「ごめんごめん。そんなに怒るなって。でも油断は禁物だろ。油断させといていきなりなんてこともある」

 十塚へと剣を振り下ろす蒔苗。嘘だろと十塚は目を瞑り背を屈める。

 ザシュンという効果音とともに、十塚――の背後に迫っていた蛇型のモンスターが消えていく。

「油断させといていきなり、でしたね」

 十塚の言い訳を逆手に取ってく蒔苗はくすりと笑った。

「ああ、すまん。助かったよ……」

「何がいたの?」

「蛇型のモンスターです。見た目はハブっぽかったです」

「げっ、マジ。あたし無理だ。やばい、やばい」

 靴を履きなおした志津子は淳を盾にして周囲を見渡す。

 いつの間にか淳たち蛇型のモンスターに囲まれていた。確かにハブに似ている。

「やばい、やばい、マジやばい」

 川にモンスターがいないことを確認して志津子は川の中へと移動。

「ちょっと男子早く倒してよ」

 志津子が怒鳴るが蛇モンスターはちょこまかと動き、なかなか当てられない。

 ゲームの得意な留次が居ればあるいは早く倒せたのかもしれない。

「なかなかに難しいです」

 蒔苗は特に悲惨で、運動神経もいいわけではないので振り回した剣はハブに当たることはなかった。

 十塚を不意打ちしようとしていた蛇を倒せたのはどうやら偶然だったらしい。

 四葉と杏もじわりじわりと近づいてくる蛇を避けるように川の中へと入っていく。

「つーか、あっちからも来たんだけど」

 下流方面から川の流れに逆らうようにゾンビが走ってきた。

「マジ最悪」

 獲物を見つけたからかゾンビの足取りは速い。普段は緩慢な動きなのに、生者を見つけると動きが速くなるゾンビ映画のようなゾンビだった。

 志津子は川の中にさえ留まるのさえ怖くなり、上流へとひとり向かっていく。

「一宮さんはゾンビを」

 ハブよりは大きいゾンビなら仕留めれると判断して淳が指示を出す。

 いい加減空振りばかりで申し訳なくなってきた一宮は無言でゾンビのほうへと移動する。

「ちょ、早く」

 ゾンビの数は多くない。

「こういうのは頭を狙えばいいと相場が決まっています」

 蒔苗が思いっきり振りかぶり、ゾンビを倒していく。

 それでもゾンビの数が減らない。焦れた七種が思いついたように河原の石を投げ始める。

 投球フォームは不格好であまり飛ばないが、落水した音へとゾンビが近づいていく。

「ちょ、あんま動き回らないほうがいいし」

 音に反応しているのか、逃げ回っている四葉やゾンビの頭を粉砕している蒔苗の周囲にゾンビが多く、その場で留まって様子を見ている杏や立ち止まって石を投げている七種の周囲にはゾンビが少ない。

 やがて四葉が捕まった。

「いやあ、いやあ!」

 噛みつこうとするゾンビを振り払うが、数が多い。二、三匹に押さえつけられ、噛みつかれる。

 死んでしまう、そう思ったとき、四葉は思い出していた。

 善良子に悪いことをしたのだとしたら、あのときだ。あのときしかない。



 体育祭当日、四葉のそれまでの努力の成果は出なかった。

 努力が日々の積み重ねだとしたら、その日々が足りなさすぎた。

 一ヵ月前ぐらいからマラソンを頑張っても、いきなり速くなれるわけがなかった。

 四葉は結局、最下位でバトンを渡した。

 それでも四葉にも予想できないことが起こった。クラスメイトの頑張りや他のクラスのバトンミスがあったりして、アンカーの善良子は二位でバトンをもらっていた。

 善良子の足の速さなら一位にもなれる位置だと誰もが、四葉も思った。

 一位であれば四葉も文句は言われない。結果が全てだ。

 予想通りぐんぐんぐんぐん一位の生徒に追いついていって、追い越すと誰もが思った瞬間、善良子はバランスを崩して転んだ。

 善良子ですらまさかという表情をしていた。何かに滑ったのかもしれない。

 それでも善良子はケガしながらも懸命に走って三位だった。

「マジかよー」

「なんでこけるかなあ」

 一位になりかけていただけに落胆の声が聞こえてくる。

 同時に安堵した。

 四葉を責めることは聞こえてこなかった。

 それでも恐怖した。恐怖してしまった。誰かが四葉のところで最下位になったことを責めないかどうか。

 だから言ってしまった。

「善良子ちゃん陸上部なのにコケるとか恥ずかしい」

 ヨツバがボソッといった言葉を聞いて悪ノリした男子が大声でそれを広げる。

「確かに。なんでコケたんだよ。陸上部だろ」

「陸上部がコケたんで、優勝なくなりましたー!!」 

「きちんと練習してんのかよー! サボってるんじゃねぇの?」

 落胆の声が四葉の一声で善良子を責める声に変わる。

 転んだことに人一倍責任を感じてしまっていた善良子は何も言わずに保健室へと向かってその日は二度と帰ってこなかった。

 四葉は少し涙目の善良子のことを気にしたが謝るどころか何も声をかけなかった。



 まるで歯に物が挟まった程度のことだけれど、あれ以降四葉はどこか善良子に対して引け目を感じてしまっていた。

 自殺してから数年、とっくにその引け目はなくなってしまっていたが、いざ殺されるときになって、しかも善良子が関係しているとあれば四葉はそのことを思い出さざるを得ない。

 あの体育祭以降、善良子に何かあるたびに体育祭のことを持ち出す男子が多かったからだ。

 それは四葉が作ったしこりだろう。

 そのしこりによって自分は死んでしまう。正直、恐怖した。同時に受け入れようと覚悟した。

 がいつまで経っても四葉は痛みを感じなかった。

「あれ……?」

 噛みつかれたはずの四葉は唖然として疑問の声を漏らす。

 痛くなかった。ゾンビに乗られているという感触はある。押さえつけられて動けないでいる。

 咀嚼しているような音も聞こえる。でも痛くない。

「やあああああああああ!」

 蒔苗の気合いの一撃が四葉に絡みついたゾンビを消していく。

「ケガはありますか?」

「それが、なんともないの……」

「何があった?」

 蛇モンスターを倒し終えたのか淳と十塚がやってくる。

「四葉さんがゾンビに襲われました」

「ケガは?」

「なんともなかったみたいです。もしかしたらこのモンスターはただの障害物なのでは? 私たちが進行を阻むためだけの」

「モンスターに攻撃されても殺されない、ってこと?」

「結果を見ればそういうことになります。とはいえテレビゲームの知識がある私たちにとってみればモンスターは倒さなければ、こちらが倒されてゲームオーバーです。そういう思い込みがあります。倒されては駄目だと本能的に思っていたのかもしれないです」

「……なるほど。ところで三条さんは?」

 蒔苗の説明に納得したあと、淳は志津子の居場所を確認した。

「そういえばいませんね」

「志津子なら上流のほうに逃げていったし。あいつ、気が強いくせに蛇と幽霊は駄目だから」

「ゾンビもハブもどっちもアウトね。まるで……その子を殺そうとしているみたい」

 七種が何気なく言った言葉は皆の不安を増幅させた。

「急いで探すぞ」

 十塚を先頭に皆が上流へと向かって歩き出した。

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