全滅編 第9話

「留次はまだ起きないのか?」

 少し元気なく十塚が尋ねる。眠れなかったのか目元にはクマがあった。

「呼びかけてみたけれど返事がない」

「魔女がワープして二ヶ瀬を殺したとか? ハハ」

 杏が冗談で昨日の留次の皮肉を皮肉る。

「変なことを言わないでください」

 蒔苗が不謹慎を叱るが、絶対にあり得ないとは言い切れなかった。

「扉をこじ開けよう」

 イヤな予感がして十塚が宣言する。反対するものはいなかった。

 留次の個室の前までたどり着くとそこには盗賊の人形が落ちていた。

「こんなの、さっきなかったよ」

「この宿屋に人形は?」

「確かトイレに……」

 誰も行ってみようとは宣言しなかったが、足はそちらへと向かっていた。

 ファンタジー風の、むしろゲームに近い世界観だからかトイレは洋室トイレを少しレンガ風にしたような造りだった。

 そこに人形は並んでいた。ショーケースに入っているその人形の数は残り七体。盗賊がそこから消失していた。

「まだ生きているかもしれない」

 希望的推測すぎるが十塚は提言する。

 人形の数が生存者の数と一致すると分かっていても確かめずにはいられない。

 長剣へと変化する長い棒を握って、扉を斬りつけるとすんなりと扉は壊れた。

「留次くん」

 淳と十塚が同時に入る。そこには床に倒れて泡を吹いている留次がいた。

「脈がない……ダメだ」

「ウッソ。マジで魔女がワープしたとか?」

「これ、見てください。どうやらリンゴを食べてる最中だったみたいです」

 蒔苗が食べかけのリンゴを指してそう指摘する。

「推理ドラマとかで泡吹いていると大抵毒が死因だけど、そういうこと?」

「大丈夫っつってつまみ食いしたんじゃねーの。うへぇ……あーし、リンゴを朝食にしようとしてたのに」

「ここで殺されたってことは留まるのも危険ってこと? ……うち、もうやだよ」

「喚くなよ、豚」

 弱音しか吐かない四葉にも今の状況にも苛立って志津子はやつあたりのように怒鳴り散らした。

 だが四葉の嘆きも当然だ。留次曰く安全地帯であるはずの宿屋ですら安全ではないということが証明された。すなわちどこにも逃げ場はないことになる。

「落ち着けよ。とりあえず上を目指そう。それしかない。ヒントを探して魔女を見つけるんだ」

「ニヶ瀬さんが持っていた剣はとりあえず私が」

 蒔苗が傍にあった鉄の棒を手に取る。「案外軽いのですね」

 何度かぶんぶんと振って感触を確かめる。

「危ねーし」

 狭い部屋で振るった棒が当たりかけて志津子が愚痴った。

 文句ばっかり言っている志津子だが志津子は自分では自分には割と優しいところがあると思っていた。

 善良子に対してはどうだったかふと志津子は思い出す。



 仲間外れは良くない、そんな感じで志津子は自分のグループに善良子を入れてあげていたことがある。

 LINEも交換して遊びにも行った。

 志津子の予想に反して善良子はノリも悪くなく、頭もいいから勉強も教えてもらえた。

 テストの予想範囲も教えてくれて成績も上がった。

 でも意固地でノートだけは絶対に写させてくれなかった。それくらいいいじゃんと志津子は思ったけれど許容した。結果的には成績が上がり、親からのお小遣いも増えてラッキーだったから。

 志津子はこのまま善良子とトモダチでいようと思ったのだ。

 そんなある日、志津子と善良子の関係は一変した。些細と言えば些細なことだ。

「はあ、つかなんで遅刻になってるわけ? 代返しといてって言ったじゃん」

「しようと思ったら善良子が遅刻ですって言ったんだって」

「ちょ、善良子どういうことよ? あのタコ教師、顔見て出席取らないくせに遅刻にはうるせーんだけど」

「でも遅刻は遅刻だから」

「はあ?」

 融通とかあるじゃん。彼氏にちょろっと会ってた僻みなわけ? 善良子の言動が志津子には分からなかった。

 彼氏がいるクラスは遠くギリギリまで話していると確実に授業に遅刻する。代返してもごまかせるときは志津子は友達に頼んでいて、それがたまたま善良子の番だった。けれど善良子は代返をしてくれなかった。

 そのせいで授業を遅刻したことになったのだ。事実、志津子は遅刻しているが、遅刻してなかったことにできたのにそうしなったことを志津子には許せなかった。

「もういいや。分かった。あたしが悪いもんね。はいはい分かった」



 志津子は当時の気分を思い出して機嫌が悪くなっていた。

「だからいい加減しまえっつの」

 完全にやつあたりで志津子は未だ棒の感触を確かめる蒔苗に辛く当たった。

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