全滅編 第7話

 九石の遺体を回収した八人は宿屋へと再び戻っていた。何時間経ったか分からないが、すでに何十時間も歩いたような疲労感があった。

「宿屋の部屋は確か十部屋あったはず。一番奥の左右の部屋にふたりを安置しよう」

 十塚の提案で九石と五木はそれぞれ部屋に安置された。寝台に寝かされ、白いシーツで体を白いハンカチで顔を覆うと八人は祈りをささげた。簡単な葬式だが、自然と涙が零れる。

 魔女の手がかりを何も得られぬまま、すでにふたりも殺されてしまった。

 そのまま自然と足は宿屋の食堂へと向かっていた。食欲はないが、どこかに腰を落ち着かせたかった。

「でこれからどうすんの?」

 少し疲れた顔で留次が告げた。

「どうするって、何が?」

「六鎗さんも分かってるだろ? 上に進むかどうかってことだよ」

「あーしは疲れたし」

「うちはもう嫌」

 杏の本音に四葉も思わず弱音を吐く。

「けれど現実的に魔女を見つけなければ解放されないのでしょう。食堂にはいくつか食料があるのは確認できましたけど、留まるにしても数日です。よもやそれがCGでそう見えているだけなら、食べられません。それに魔女が用意したのならば迂闊に手を出せませんよ」

「いや、それは大丈夫。つまみ食いしたから」

 留次が笑いながら言う。

「危なくなかった?」

 淳が問うと留次はあっけらかんと答えた。

「そりゃ疑ったけど、ここは宿屋だよ。RPGによってはここでしかセーブできないこともある安全地点。そこに罠があるならRPGは成り立たない」

 もちろん廃墟だったり、いじわるな製作者が作ったゲームだとそういう罠も設置してあるけど、と補足して留次はこの魔女狩りはそこらへんはフェアであると持論を展開した。

「またゲーム理論かよ。これだからオタクは」

 気持ち悪げに志津子が毒づく。

「何が悪いんだよ? 魔女が人殺しをしているのは分かるけどさ、それでもこれは脱出ゲームなんだ。その理論は外れない」

 留次の指摘はある意味で的を射ていて、志津子も反論はできなかった。

 気に食わなかったのか舌を打ち、不機嫌そうに留次は宿屋の奥へと進んでいく。

「どこに行くんだ?」

「寝る。攫われたのは夕方。何時間気を失っていたか分からないけど、眠気的には今は夜。英気を養いたい」

「鍵は閉めたほうがいいよ」

「魔女がワープできたら、意味なんかないけどね」

 淳の忠告に皮肉を返した留次は振り分けられた部屋へと入っていった。

「きみたちも寝たほうがいい。ここにとどまるにしろ、進むにしろ、夜更かしはお肌の天敵、だろ?」

 十塚は冗談めかして笑いを取る。女性陣にはやや受けといった感じで暗い顔に若干であれ笑顔が戻っていた。

 それを皮切りに全員が個室へと向かっていく。

 が途中で淳が立ち止まる。何やら言いたげな様子だった。

「どうしたんだ?」

 気になって十塚が問いかける。

「いえ、なんで九石さんが、最初に殺されたのだろう、と思って……」

「確かに気になるが……心当たりがあるのか?」

「いえ……これは言うかどうか迷ったんですが、水出さんが関係しているのなら、もしかしたら……と思ったんです」

 淳が言葉の合間に呼吸をした。その呼吸の間にひどく緊張して淳は唾を呑む。

「水出さんが自殺することを九石さんは知っていたんです。なのに止めもしなかった。彼女が止めていれば、水出さんは思いとどまったのかもしれない」

「それを『魔女』が知っていたら、一番許さないかもしれないな。なるほど、そういう順番か」

 話しながら十塚は気づく。

「ええ、罪の重い順に殺されるんだとしたら、次は誰なんでしょうか?」

「おいおい不謹慎なことを言うなよ」

 とはいえ十塚ももうこれ以上誰も死なないなどと楽観視はしていなかった。

「今日はゆっくりと休んで、明日から『魔女』を探そう。ひとりでも多くここを脱出するんだ」

 それでも鼓舞するように十塚が言うと淳は頷いて部屋へと入っていく。

「鍵は絶対に閉めろよ」

 淳だけではなく、部屋に入った者にも聞こえるように十塚は大声で忠告する。

 留次の皮肉のように魔女がワープできたらどうしようもないが、魔女はおそらくこのビルのどこかに隠れ潜んでいると十塚は推測していた。

 いやそれは十塚に限らず、全員がそう思っていた。姿なき殺人者魔女に全員が怯えていた。

 一方で十塚は途中で姿を消した有川四葉のことを実は魔女ではないかと疑ってはいた。

 しかし遺体を見て泣き叫ぶような女子に殺人が犯せるだろうか、とすぐに疑問を改めた。

 あるいは、この殺人がアガサ・クリスティーの小説の模倣であるならば犯人もまた今生き残っている八人のなかに存在しているのだろうか。

 生まれてしまった疑念が掻き消えないままベッドに横になる。

 何かが足に当たる感触があった。少しだけ驚いて急いで足に当たったものを拾い上げる。

 それは写真だった。

 十塚にとっても見覚えのある顔。

「もしかして……この子が水出善良子……?」

 ふと浮かび上がった推測に十塚は震えた。

 布団に包まり、必死に震えを抑えながら、十塚は数年前の出来事を思い出していた。



「どうしたの。彼女? 泣いてんなら俺が慰めてあげるよ?」

「別にいいです」

 自分の好みにどストライクの女の子が俯いて歩いていたから十塚は声をかけていた。

 なのに相手の返事は素っ気なかった。

 こんなのってありかよ? 十塚は一気に不機嫌になっていた。

 ギャハハハハと後ろで十塚の友人たちが笑う。

 ナンパなら任せとけと意気揚々と向かっていって玉砕したからだ。

「おいおい、笑うなよ。見る目ないんだっつーの。あの女が」

 不機嫌さを隠すように十塚は笑って友人のもとに戻る。

 付き合っていた彼女が、他の女に話しかけただけで不倫だの浮気だのうるさいから別れたばかりで、新しい彼女が欲しいと思い立っての行動だった。

 元より期待してなかったから振られてもなんともない。

 十塚は言い訳がましく自分を納得させようとしていた。

 でも無理だった。腹が立った。

 この頃の十塚は世間知らずでプライドも高かった。

 この俺が誘ってんだよ? 断る女とかいる? 頭おかしーだろ。しかもフレに笑われて恥かかすしよ。あー、ホントうぜー。そんな負の感情が止め処なく渦巻く。

 苛立って苛立って仕方なかった。

 そのとき、十塚の誘いを断った女子こそが水出善良子だった。

 その日以降十塚は妙にイライラしてしまうようになった。

 なかなか彼女もできず、下の処理もひとりでする気になれず溜まっていた。

 そんなある日、見覚えのある女子が横断歩道で立ち止まっているのを見つける。

 その女子は十塚の誘いを断った水出善良子だった。

 隣に男が居れば彼氏がいたのだと十塚も納得できたのかもしれない。けれど水出善良子はひとりだった。

 たまたま一緒にいなかったという可能性は微塵にも脳裏に浮かばず、ただただ、彼氏もいないのに自分の誘いを断ったという腹立たしさだけが再燃してしまった。

 憂さ晴らししてやろう。

 そっと、そっと十塚は近づいて、どん、と善良子を道路に突き飛ばした。

 驚かせてやるだけのつもりだった。

 なのに直後、急カーブで自動車が近づいてきた。



「あれは違う。あれは違うんだ」

 あのあと自動車と衝突した善良子は大怪我を負った。目撃者もおらず善良子も転んだと主張したことから事故として処理され、それで終わったはずだった。

「なんで今更……」

 今では結婚しようと思える彼女にも出会えてあの時よりも丸くなった。なのに今更、あの時のことをぶり返すのか。

「俺は悪くない、悪くないだろ」

 先ほどの淳との会話を思い出す。罪の重さで死んでいるのなら、十塚の罪はかなり重いほうだ。

 次は俺かもしれない。

 十塚は震えながら夜を過ごした。

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