全滅編 第6話

 淳たちは二階の森林へと辿り着く。

 途端何かが飛び出してくる。

「ひっ、ネズミ……」

 杏が行く手を遮るネズミに驚く。杏の膝下あたりまで大きさがあるネズミは日本ではおそらくお目にかかれない。

「こんなときに……!」

「こんなときだからだよ、RPGに邪魔はつきものだ。もっとも遭遇率の高いRPGは嫌われるけどね」

 言いながら留次が巨大ネズミに斬りかかり、道を拓いていく。留次は先生が心配ではあるもののRPGを実体験できる感覚をすでに楽しんでいた。

 十塚と淳も留次に負けじと奮戦していく。

「そもそもファンタジーの脱出ゲームにした意味はなんなのでしょう?」

 手持ち無沙汰な蒔苗がふと疑問を零す。

「意味なんてあんの? 脱出ゲームだってマンガとかとコラボするときあるしそういうのじゃねーの?」

 志津子がぶっきらぼうに告げる。志津子にとって魔女狩りがなぜファンタジー風なのかは些事だった。

「つか脱出ゲームってこんなのだっけ? 違ぇ気がするし。フツーは謎解いたりして進むし」

 むしろそっちのほうが疑問だと志津子は言葉を返した。

「魔女を探すという謎解きがあります」

「揚げ足取らなくていいつの。これだからガリ勉は」

「訂正してください。ガリ勉ではありません」

 キッ、と蒔苗が睨みつける。

「はあ? ど・こ・が? 万年二位だったあんたはどう見てもガリ勉じゃん」

 売り言葉に買い言葉でふたりは言い争う。

「いいえ、違います。一位のときもありました」

 言いながら蒔苗は思い出していた。



「また一宮さん、二位だよ。一位は水出さん」

「一宮さんってすげー勉強してるのに、いっつも二位だよな」

「いっそ一宮じゃなくて二位宮に改名すればいいのに」

 廊下に張り出された順位表の前で同級生が言いたい放題に言ってきた。

 蒔苗としてはそんな同級生に文句のひとつでも言ってやりたかったけれど、彼女の品性がそれを許さなかった。

 文句を言えば蒔苗以下の順位の同級生と同類になってしまう。だから堪えた。 

「また二位だったのか」

「お前は兄の俺にも恥をかかせる気か?」

 むしろ家族からの言葉が蒔苗には堪えた。

 兄はひとつ上の高校三年生で学年首位。父は都議会議員だった。

 そんなふたりからすれば蒔苗が学年二位で、なんの地位もない家庭に生まれた水出善良子が一位になっているのに納得がいかないのだろう。

 そんなのは蒔苗も一緒だ。善良子は陸上部に所属していて放課後は部活に時間を割いている。そんなに勉強する時間もないはずだった。

 一方、蒔苗は休憩時間も勉強に費やして部活にも入らず塾に通って勉強ばかりしている。そんな自分が二位でいいわけがない。納得がいくわけがなかった。

 どうすれば私が一位になれるのか。蒔苗は悩みに悩んだ。父と兄の重圧は日に日に増し、同級生の視線も一位をとれない蒔苗を憐れんだり蔑んだりしているように見えた。

 重圧と見えない視線が蒔苗を追い詰めていく。

 だからあれは気の迷いだった。誰にだって魔が差すときはある。言い訳でしかないが、このことを思い出すたびに蒔苗はそう言い訳する。

 三学期こそは一位を取らなければならない。それまでずっと二位だった。

 三学期の期末試験が近づいてきたある日、トイレに善良子しかいないことを確認した蒔苗は個室に入っている蒔苗めがけて上からバケツで水を注いだ。

 もちろん、一回ではない。期末試験が始まる日まで、機会があればバケツで水を注ぎ続けた。

 期末試験直前に善良子は風邪を引き、蒔苗は一位になった。

 家族は一位になったことを喜び、蒔苗も悪い気分はしなかった。



「一位になったのって善良子が死んだあとだよね」

 志津子が言い放つと蒔苗が押し黙る。

 水出善良子が風邪を引いたとき蒔苗は初めて一位を取ったが、善良子が自殺したあとは蒔苗がずっと一位だった。志津子の言葉は正確に言えば事実とは異なるが、そういう印象が強いのは間違いない。だから言い返せなかった。

 同時に屈辱だった。生まれてから一度も暴力を振るったことのない蒔苗が生まれて初めて目の前の女を殴りたいと感じてしまうほどに。

 それでもぐっと拳を握りしめて堪える。

「そこまでよ」

 面倒臭そうに七種が制止する。

「道が拓けた。進もう」

 喧嘩が収まったのを見て、淳が声をかける。

 巨大ネズミを倒しつくした留次と十塚が「まだかよ」とうんざりした態度で見ていた。

 喧嘩している場合ではない。五木の安否のほうが重要だ。 

 しばらく道なりに進んでいくと賢者の人形が落ちていた。

「おいおいなんなんだ?」

「向こうを指してる」

 横向きで倒れた賢者の人形は茂みの奥を指していた。

 よく見れば何かが通ったような跡がある。

「慎重に行こう」

 獣道を進んでいくと不自然に草を刈り取られた空間に出た。そこには大きな樹が一本。

「ああ……」

 落胆の声が次々と聞こえた。五木はその幹を背もたれにして倒れていた。胸には抉られたような跡がある。

「センセも死んだの?」

「マジで? 冗談でしょ」

 志津子も杏も二人目の犠牲者が出たにも拘わらず未だこれが現実だと信じれなかった。いや死んだのを信じたくなかった。

「現実だよ。運ぼう。さずがにこのままにはしておけないよ」

 そんななか、淳が提言する。

「そうだな。九石ちゃんも放置しておけない」

 十塚が同調する。もとより五木を見つけたらそうする約束だった。

「待って。あのふくよかな子がいない」

 十塚が五木の遺体を背負おうとしたさなか、七種が気づく。

 確かにこの場には淳、杏、志津子、留次、蒔苗、十塚、七種の6人しかいない。

「あんの、豚!」

「どこに行ったんだ?」

「有川さんってネズミ退治しているときはいた?」

「……いなかったと思うし。というかあーしが思うにそもそもこの森に来てなくね?」

「四葉さんって格段に足が遅かったですよね? 私たちのスピードに追いつけなかったのでは?」

 杏の疑問に蒔苗が思い出したように答えた。

「おいおい、ひとりにするのはまずいぞ」

「まずは有川さんを探そう」

 瞬間、茂みが動く。

「モンスターか?」

 ガサゴソ、ガサゴソと見えない何かが近づいてくる。

「女子は後ろに」

 武器がある淳、留次、十塚が前に出て警戒する。何が出てくるのか分からず唾を呑んだ。

 さっきのネズミだったら倒せるが何が潜んでいるか分からない。

「やっと、いた~」

 出てきたのは有川四葉だった。

「心配させんなよ、豚」

 言葉は悪いながらもが安堵の息を吐く。

「みんなが先行っちゃうから怖かった。怖かったよ」

「大変でしたね」

 蒔苗が慰めるように頭を撫でた。

「先生は?」

「死んでいました。人形の数通りです」

 蒔苗が四葉に簡潔に報告し、倒れている五木を見つめる。

「もう嫌だ。もう嫌だよおおお」

「ぶーぶー、うるさいし。豚」

 志津子が怒鳴り、杏も泣き声が鬱陶しいのか耳をふさいで不機嫌そうだった。

「とりあえず当初の約束通り宿屋へ戻ろう」

 十塚が改めて五木の遺体を背負い、八人は一階へと戻っていった。

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