全滅編 第5話

「ねえ、これ見て……」

 留次や十塚が階段を駆け上がっていくなか、鼻息を荒げ必死についていく四葉が階段の中腹に飾られたあるものに気づいた。

「っ……どうしたのですか?」

 淳が声に立ち止まり、後ろにいた蒔苗が突然止まったことに不快感を現わす。

「何してんだよ?」

 後続が止まったのを見て、先に行ってた留次たちも引き返してくる。

「これ……」

「ああ? それがなに? さっきもあった人形じゃん」

 だから誰も気にも留めてなかった。不機嫌そうに杏が怒鳴る。

「気づいてないの……?」

 四葉の体は震えていた。

「この人形、八体しかない……」

 あるのは勇者に戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、商人、武道家、踊り子の人形。

 占い師と賢者の人形が消えていた。

「急ごう」

 人形の数が生きている人間の数を指しているのだとしたら、先生はもう。

 考えたくはないがそんなことが頭をよぎった。自然と駆け足の速度が増す。

「待って……!」

 速く走れない四葉には目をくれず全員が上の階へと急いだ。

 こんなときはいつも思い出してしまう。



「有川がいるのかよ。これじゃあ体育祭楽しめないじゃねーか」

「ブーブー、ブーブー、豚さんが歩いてますよ。ブーブー、ブーブー」

「ギャハハハハ、有川そっくりだ」

 唇を噛み締めて、涙が零れるのを耐えて、四葉は堪える。

 クラス替えをするたびに言われてきたことだ。今更こんなことではへこたれない。嘘だ。いつも泣きそうになる。耐えられない。

 うちは太っていて足も遅い。四葉は自覚していたがそう思うたびにつらくなった。

 高校の体育祭にはクラス対抗リレーがあって、一年生のとき四葉が遅すぎたせいでダントツのビリで負けた。

 それから四葉は豚だのなんだのと高校でも言われるようになった。

 小学校や中学校の運動会にはクラス対抗リレーはなかった。それでも何かの競技に絶対に出ないとダメで、四葉が出た競技はいつも最下位だった。

 学校なんてものはいくら勉強ができても運動神経のいい人間が人気者になれる。

 頭がいいだけでは僻むようにガリ勉と揶揄されるだけだ。テレビ番組を見ていてもスポーツ選手がもてはやされて、高学歴の芸能人はむしろクイズ番組で間違えるとコケにされて笑われてしまう。

 四葉がそんな偏見を抱いてしまうほど、この高校ではその傾向が強い。

 もうすぐ体育祭がある。その時期が近づくにつれ四葉は憂鬱になった。

 それでも迷惑をかけないように四葉は体育の時間でマラソンがあったら最下位でもいいから完走することにしていた。

「おいおい、豚が鼻息切らしているぞ」

「ブヒヒー」

 男子のからかいに何人かのクラスメイトが笑う。

 いくら迷惑をかけまいと完走しても誰も評価してくれない。遅いことには変わりない。その頑張りを認めてはくれない。

 善良子と視線が合った。

「そういうことを言うのはやめてあげて」

 そう言ってくれるのを四葉は期待したけれど、善良子は何も言ってくれなかった。

 そんなとき四葉は思う。

 時折、正義感を振りかざすけれど善良子ちゃんはこういうときには守ってくれない、と。

 善良子がクラスメイトの間食や遅刻を先生に告げ口したことを四葉は知っていた。なのにこういうからかいに対してはその正義感を振りかざしてくれないのだ。

 もちろん善良子と四葉が仲がいいというわけではない。それでも守ってほしかった。身勝手だが四葉は思った。

 善良子ちゃんが陸上部でうちが足が遅いからやっぱり善良子ちゃんもうちが足が遅いことを許せないんだろうか。ヨツバはそんなふうに考えた。

 体育祭のリレーは陸上部が花形だから活躍したいのだろう。そう考えると途端に善良子に負けたくなくなった。

 それからも四葉はマラソンを完走した。息を切らしても、いくらに遅くてみじめでも見返してやろうと走り続けた。

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