全滅編 第3話

「そ、そんな……」

 淳は緑の丘に建てられた十字架の前で膝をついて項垂れていた。

 扉の先は草原になっていて、もちろん視覚的にそう見えているだけだが、その草原の中央には丘があった。

「こんなことって……」

 淳の頬へと涙が伝う。

 十字架には占い師の姿をした九石が磔にされていた。痛めつけられたような形跡はないが、眠るように死んでいてまるで白雪姫だった。けれど顔は青白く死後、時間が経っているのは明らかだった。

「嘘だろ……」

「こんなことって……」

「マジねーし」

 淳を追いかけてたどり着いた面々が目の前の状況が理解できず唖然としていた。

「どうして九石さんが……。どうして九石さんなんだ……」

 十字架の後ろには瓦礫が積まれており、その瓦礫に殴り書きのようにこう書かれてあった。

【魔女は、『水出 善良子』を殺した人間を許しはしない。お前らは全員が罪人である】

「なんだよ、これ……誰だよ、ミズデ? ミナデって……?」

 十塚が意味も分からず呟く。けれどそれ以外の八人は全員が『水出 善良子』という名前に見覚えがあった。

水出ミナデ善良子イイコさんはぼくたちが高校二年のとき、自殺した女の子だ」

「自殺……自殺した? 理由はなんだったんだ?」

「わかりません。ぼくはそんなにミナデさんとは仲が良かったわけじゃない」

「じゃあ、お前らは? お前らには心当たりがあるんじゃ?」

「それは……」

 十塚に問い詰められて各々が言葉を詰まらせる。それぞれが水出善良子に対して何かしらの因縁があるようだった。

「そ、それよりさ、あーしらはともかくあんたは何したの?」

「俺? 俺は何もしてない。そもそも水出善良子なんて女知らない。顔も知らない」

「でも、全員が罪人って……それが事実なら何かしたのでは?」

「いや知らねー。知らねーよ」

「ウソだ。それはウソだ。これは水出の復讐なんだ!」

 九石の息絶えた姿を見て耐えられなくなったのか五木が叫び出した。

 いきなりの大声に四葉がびくっと体を震わせた。

「お前たちは脱出ゲームの招待状やバイトの案内が来たって言ったな……。自分は違うんだ」

「センセ。それ、どういうこと? さっき招待状きたって言ったじゃん?」

「ウソだ。ウソなんだ! 自分に来たのは脅迫状だ。脅迫状なんだ!」

 髪を千切れんばかりにかき乱し五木は怯える。

「届いたのは一昨日。明後日……つまり今日、待ち合わせ場所のビルに来なければ、また自分の罪を公開するって……だから来たんだ。そうしたらこんなことになって。自分たちは魔女に殺されるんだ。きっとそうだ……あああ……」

 五木は頭を掻き、やがて爪で自虐するように顔を引っ掻き、草原の奥へと走り出す。

「先生。どこ行くんだよ」

 草原の奥にはいつの間にか上に続く階段が出現していた。誰もがはっきりと覚えてはいなかったが、さっきまではなかったはずだった。

「マジやばくない? なんかイっちゃってるよ」

「なんにしたってひとりにするのは危険だ」

「追いかけよう」

 そのときだった。草原の茂みから茎がどんどん伸びてきて淳たちの道を阻んだ。

 先端はハエトリグサのようになっており、口がパクパクと動いていた。

「ファンタジー風脱出ゲームってこういうことかよ」

「どういうこと?」

「RPGにモンスターはつきものってこと」

 植物型のモンスターに留次は意気揚々と前に出る。

 護身用の長い棒を剣を持つように構えると途端に棒が長剣に変化した。

 刃の部分に切れ味が存在するのかは分からないが、剣で斬りつけた途端、斬撃のエフェクトとともに茎が切断される。

 茎が切断されたハエトリグサは地面に落ちることなくポリゴン化して消えた。

「ひゅぅ~♪」

 思わず口笛を鳴らす。アクションRPGの主人公になったような感じだった。

「はは、なんだよ。それ!」

 剣に変化したのを面白げに感じたのか十塚も構える。十塚の握る棒も剣に変わった。

 人がひとり死んでいるのに、それすらも忘れたかのように十塚と留次は目の前のハエトリグサのようなモンスターに向かっていく。

 その姿は飲酒運転で人を殺してしまったのに、それを忘れて飲酒するような人間に見えて蒔苗には少し気に食わなかった。

 九石を失ったというのに、危害が及ばないように女性陣を守る淳のほうが蒔苗にはよっぽどまともに見えた。

 とはいえ本当のことを言えば蒔苗は自分の身は自分で守りたいと考えていた。七種のことはよくわからないが、杏や志津子のように守ってもらって当然と思ったり、四葉のようにただ怯えて何もできないような女子とは違うと思っていた。

 けれど武器になるようなものは何もなくただ守ってもらうことしかできなかった。それがたまらなく歯がゆい。

「早く追いかけようぜ」

 案外早くモンスターはいなくなった。ゲーム慣れしてい留次と運動能力が高い十塚だからこそ苦戦もなかった。

「待って。九石さんを放っておくの?」

「そうするしかないだろ」

「せめて宿屋のベッドに寝かせてから……」

「じゃあ、先生はどうするんだよ。今みたくモンスターが出てくるかもしれない」

「ただの障害物だ。害はない……と思う」

 わずかに淳の言葉が詰まる。ある種の考えがよぎった。

「本当にそう思ってます?」

 それを逃さず蒔苗が指摘した。

「人を殺すようなゲームだからモンスターが殺す可能性もある、と思う」

 淳は素直に推測を告げる。杏や志津子は意味が分からないと現状を理解しつつも納得がいかず、四葉は声をあげて怯えていた。

「豚。うっせーぞ」

 その態度が気に食わず志津子はイラついてしまう。

「まあまあ。まずは冷静になれ。例えばこういうのはどうだよ。全員がセンセーを追いかける。でセンセーの安否を確認したら、戻ってきて九石ちゃんを十字架から降ろして宿屋に運ぶってのは」

「それがベストだと思うわ」

 年長者である十塚の提案に、同い年である七種が同調する。

「分かりました」

 淳としては九石を優先したかったが、悪くない提案ではあった。年長者を立てる意味でも同意する。

「早く行こうぜ」

 逸る気持ちを抑えれないのか、留次が階段に足をかけ、全員を呼んだ。

「あいつ、あんなやつだった?」

「ゲームをやっている最中は性格変わる人もいると聞いたことがあります」

 蒔苗の指摘に、意味わかんないと志津子は肩をすくめた。

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