全滅編 第2話-2

《『魔女狩り』へようこそ。ご来場のみなさん》

 そんなとき声が響いた。

 志津子が立っていた北の壁、その頭上あたりから聞こえていた。

「誰だ? 目的はなんなんだ?」

 五木が怯えたように叫ぶ。

《ルールは簡単です。この建物のなかに魔女が二名います。その魔女を見つけ出してください。ヒントはこの建物のなかに散らばっています。開始は今から五分後、それまでしばしご歓談をお楽しみください》

「だからお前は誰なんだ? 目的はなんだ?」

 五木の姿は冷静ではなかった。杏たちが知っている五木先生はもちろん冷静沈着というわけではなかったけれど、これほどまで怯え錯乱している姿は初めて見た。

「先生、落ち着けって」

 声はもう響いていなかった。

「今のたぶん、放送だよ」

 錯乱する五木を落ちつかせるように、そう告げた留次は、

「三条……さん、もう一度壁を触ってみろよ。さっき叩いたあたり」

 高校時代に一度も名前を呼んだことがない志津子におそるおそる敬称をつけて指示を出す。

「は? なんで?」

 留次に言われてしぶしぶ志津子は壁を触る。

《『魔女狩り』へようこそ、ご来場のみなさん》

 声が響いた。さっきと全く変わらない声量に抑揚。

《ルールは簡単です。この建物のなかに魔女が二名います。その魔女を見つけ出してください。ヒントはこの建物のなかに散らばっています。開始は今から五分後、それまでしばしご歓談をお楽しみください》

「なんでわかったのです?」

 録音した音声を放送しただけだと気づいた留次に蒔苗が種明かしを求めた。

「この位置からそこの壁を見ると少しだけ出っ張りがある。目をこらして見てみろよ」

「ほんとだし」

 全員が留次の位置から志津子が叩いた位置の壁を見つめると確かに出っ張りが見受けられた。

「よく分かったな」

「ここに誘拐されたのであれそうでないであれ、ゲームっぽいって思ったからさ。何かそういうギミックがあると思ってさ」

「放送だとこれが『魔女狩り』って言ってた」

「うちらは進行役じゃないの?」

「たぶん、おびき寄せられたんだよ」

「おびき寄せられた?」

「ゲームって聞かされたらそういうのが好きなやつらは興味が沸くし、高給のバイトならお金に困ってるやつらは食いつく。そうやって、僕たちはここにおびき寄せられた」

「何それ?」

「それだけじゃない。一宮さん」

「何ですか?」

「派遣会社の名前、ローマ字で書いてあったんだよね。N、O、W、Nじゃない?」

「なんで知ってるんです?」

「ハハハハ、ハハハハ!」

「ひとりで笑ってんなよ、気色悪い」

 志津子が素直に感想を述べると、留次は笑いながらこう告げた。

「悪い、悪い。でもこれじゃあアガサ・クリスティーの小説だ」

「あーしたちにも分かるようにさっさと説明してよ」

「脱出ゲームの招待状に書かれた会社名はアンク。綴りはU、N、K」

「理解しました。そういうことでしたか……悪趣味ですね」

 蒔苗が綴りを聞いて理解する。

「ぼくも分かった」

「はあ? 何理解しちゃってんの?」

「クイズ番組じゃないんだ。今から説明するよ。といってもふたつの会社名をくっつけるだけだ。U・N・K・N・O・W・N。アンノウン」

「意味は正体不明です」

「そのぐらいは分かるっての」

「で九石さんを合わせればここにいるのは十人。絶海の孤島じゃないけど逃げ場はなく、招待してきたのはアンノウン。これはもうそういうことじゃない?」

「そして誰もいなくなった、ですか」

「何それ?」

「アガサ・クリスティーの登場人物が全て死亡するミステリー小説です」

「げっ……」

「でも違うこともあるよ。みんなに聞くけど何か罪にならない罪を犯した見覚えは?」

 留次の問いかけが分かっていないものもいたが、首を振るもの、「ない」と返事をするもの、答えは様々だったが誰もが否定した。

「これは性質の悪い冗談か何かだといいな」

 十塚が冗談でそんなことを言ってみるが笑いも起きず、肩をすくめた。

《それでは『魔女狩り』を始めましょう。『魔女』の告発は最上階でできます。そこにたどり着き『魔女』を二名特定してください。ご武運を》

 アナウンスが鳴り響いた。五分後から始まると放送があった通り、五分経ったのだろう。

「これも例の小説に?」

「ないよ。そもそも小説だと犯人はひとりで最終的には死んでしまう」

「元判事がこのなかに居れば特定は楽なのに」

「確かにね」

 留次と蒔苗のやりとりに内容を知っている淳と四葉が思わず笑う。

 もちろん、事はそんなに簡単ではない。

「ね、見て」

 上をそれとなく見ていた杏が驚いて上を指す。

 白かった壁や天井が上から木目の部屋へと変形していき、壁が作られていく。左側にも扉が現れていた。

「おいおい、どういう仕組みだよ」

「招待状には3DCGとVRを用いた脱出ゲームって書いてあったね。VRゴーグルを使うとあたかも自分がゲームのなかにいるような感覚になるけど、それをゴーグルなしで実現させたって感じでしょ」

 ゲームの中にいるような感覚に留次がはしゃぐ。

「つまりファンタジー世界を実際に体験しながら魔女探しをしろってことね」

 面白げで十塚も口笛を吹いた。

「じゃ、これもそのファンタジー世界とやらの影響なのですか」

 蒔苗が自分の服装を見つめながらそう呟いていた。

 部屋が変化するとともに九人の服装も変化していた。某有名RPGの服装によく似た格好だ。

 服装は八月朔日淳が勇者で、十塚剣が戦士。一宮蒔苗が魔法使いで、七種奈々緒が僧侶。二ヶ瀬留次が盗賊、有川四葉が商人。六鎗杏が武道家で、三条志津子が踊り子。そして五木裕規が賢者の衣装へとそれぞれ変化していた。

「つかエロすぎんだけど」

 胸とお尻を強調するような布きれでできた一番露出が多い踊り子の衣装になった志津子が感想を漏らすがイヤな気分はしてないようだった。

 十塚が褒めるように口笛を吹いて、淳は目を逸らした。

 留次は興味がないようで木目の壁が出現した建物の中を探索し始める。

「何してんの? 外出れるんだし進めばいいんじゃねぇーの?」

「初めて来た場所のツボを割ったりタンスを漁ったりするのは勇者のたしなみだ。まあ、僕は盗賊だけどね。それにここはどうやら宿屋らしいし何か冒険に役立つものがあるかもしれない」

 INNと書かれた看板を指して留次は自分の意見を伝えた。INNの看板はRPGで宿屋としておなじみだ。

「何それ……」

「それに魔女特定のヒントもあるかもしれない。脱出ゲームである以上、ヒントはできるだけ欲しいだろ」

 留次は自分のしていることに対しての正当性をそう主張する。

 ただ彼の中には恐怖心もあった。おくびにも言葉には出さないが、もし特定できなければどうなるのだろう、と。

 留次の言葉に全員が同調して宿屋探索が開始された。

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