全滅編 第2話-1

「ここは?」

 ふと目が覚めた八月朔日ホズミジュンを迎えたのは白く冷えた床だった。

 どうやらいつの間にか寝ていたらしい。けれどそれまで何をしていたか全く覚えてない。

 立ち上がり周囲を見渡すと白い天井、白い壁に囲まれていた。扉のようなものはない。

 床に散らばった色のついたものに目をやると、それは人だった。

 一、二、三と数えていくと全部で九人いる。

 ううん、と何人かが揺れ、淳と同じく周囲を見渡して立ち上がる。

 見知った顔も何人か、知らない顔も何人か。

「八月朔日、ここは?」

「分からない」

 六鎗ムヤリアンの問いかけに淳は首を振って答えた。

 杏と淳は同じ高校を卒業しており、高校時代は同じクラスだった。

「なんでここにいるか分かる人いる?」

 杏が周囲に話しかける。淳と違って人見知りせず、他人であろうがずがずがと聞きたいことを聞く性格は昔から変わっていない。

「声でけぇよ、六鎗。あたしはなんか知らないけど、脱出ゲームがあるからここに来たんだっての。なんだっけ? アンクとかっていう会社の『魔女狩り』っていうやつ」

 杏の問いかけを一度あしらってから答えたのは三条サンジョウ志津子シズコ。読者モデルとして活躍しそうな容姿だが、幾分口が悪い。杏に楯突いたのは志津子が高校時代に杏とは別の女子グループのリーダー的存在で、仲が悪いからで杏が仕切ったように見えたのが気に食わなかったのだ。

「私はバイトですよ。ノーマンだかノウンだかいう派遣会社で募集がしてあったものです。何事も社会経験だと思って受けたんです。その『魔女狩り』ってゲームの進行役の仕事だったはずです」

 険悪な雰囲気を断ち切るように一宮イチノミヤ蒔苗マキナがずれた眼鏡をかけなおし、質問に答える。蒔苗も高校時代は淳、杏、志津子と同じクラスで面識があった。今は一流大学に通っている。

「僕は脱出ゲームで招待されたね。なんかゲームの福引で当たってさ。興味本位で」

 答えたのは二ヶ瀬ニガセ留次ルイジ。留次も同級生で昔からゲームが大好きだった。

「豚は?」

 志津子が隅で怯えているふくよかな女子に問いかける。

 有川アリカワ四葉ヨツバだ。クラスのなかでは底辺に近い位置にいた女子で、杏や志津子のグループにも属していなかった。ひどい話ではあったがその体格から男女ともに『豚』と罵られていた。

 話しかけられて四葉は小さくぶつぶつと答えたが、近くにいた淳ですら聞き取れない。

「はあ? 声小さいんですけど?」

 志津子が苛立って聞き返す。

「バイト!」

 四葉は怒鳴るように声を出した。

 まあまあ、と淳は宥めて、「それよりも九石さんを知らない?」

「九石も来てるの?」

 九石サザラシ風香フウカも淳たちと同級生だった。

「うん。ぼくが九石さんを誘ったからね。脱出ゲームにさ。だからもし一緒に……」

「へぇ、お前ペアチケットだったの? うらやましいね」

「あなたは?」

「俺は十塚トツカツルギ。お前らはなんか面識あるらしいけど俺は全然面識ねぇな。今は大学四年ってところか」

「となるとぼくたちの一個上。先輩ですね」

「であんたも脱出ゲームだったの?」

「そ、ペアチケットじゃなかったから彼女は置いてけぼり。ま、それに釣られて集まって、こうして誘拐されたんだったとしたら連れてこなくて正解だったけどな」

「これ誘拐なの?」

「誘拐以外考えられない」

「どういうこと、センセ」

 センセと志津子に呼ばれたのは五木イツキ裕規ユウキ。かつて淳たちのクラスの担任をしたこともある高校教師だった。

「どうもこうも、自分も脱出ゲームの招待状を貰って集合場所に来た。お前たちもそうだろ? そうして気が付けばここにいる。だとしたら誘拐以外に何がある? 手足を縛られていないのは幸運だけど、スマホがどこにも見当たらない。連絡を取られたら困るからだ。……まさか持ってこなかった、なんてことはないだろう?」

 ホントだ、ない、など他の八人も自分の体に触れてスマホどころか財布すらないことに気づく。

「じゃあ本当に誘拐?」

「だからそう言っている」

「でもだとしたら目的は?」

「自分が知るわけがない!」

 そう怒鳴るも五木は何かを知っているのか、どこか怯えていた。

「ともかくここから出ましょう」

 言ったのは残りのひとり七種サエグサ奈々緒ナナオだった。

「あ、わたしもバイトの募集よ。今は大学四年。そっちの十塚くんとやらと同い年」

「おっ、マジで」

 親近感が沸いたのか十塚が口笛を吹き、蒔苗がそれに反応して嫌悪感を示した。

「ついでに言うとキミたちの先輩だ。そうだろう、七種?」

 淳たちに補足するように五木が告げる。

「先生。わたしのこと覚えていたんですね」

 意外そうな顔をして七種は答えた。

「授業だって受け持っただろう。自分は転勤して今は違う学校だけど、キミが卒業したときはいた」

「そういえばそうですね」

 七種の言葉は無味乾燥そのものでここに来るまで思い出しもしなかったと言わんばかりの興味のなさだった。

「……話を戻しましょう」

「戻すっつてもどーやって出るわけ?」

「九石って子がいないってことはその子は逃げ出せたのかもしれない」

「他の場所に監禁されている可能性だってある」

「その可能性もあるけど……でも連れて来られたのに、ここにいないってことはどこかに道があるってこと。そうでしょ?」

 七種の言葉には一理あった。

「出口を探そう」

 一縷の望みに縋るように全員が散らばって床や壁を叩く。白い壁も床も反響が返ってくるだけで反応はなかった。

「出口なんてないんじゃ?」

「でもだったら九石さんはどこに? ぼくたちだってどうやって入ったの?」

「そんなん知るかっつーの!」

 志津子が怒鳴って壁を叩くとその声に驚いたり、徒労感からか全員が押し黙った。

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