第十五章
バトルフィールドの監視ポストの一つから、謎のパトロールカーが逃げ出したことは、ポリツァイ・コマンドによって探知されていた。
コマンドに属する保護カヴァー付きティルトローター機が、手配中の車を見つけて降下してきた。黒い戦闘服の武装警官三人が降り立つと、アンドロイドが死体をひきずって奥へ運ぼうとしているところだった。
驚いた警官が近づくと、突如スタンド員アンドロイドは発砲をはじめた。防弾ベストに拳銃弾をくらって、先頭の警官がよろめいた。
「ロボットが人間を撃ったっ?」
仰天する武装警官たちの隙を見て、アンドロイドは死体を捨ててスタンドの奥へと逃げてしまう。警官が近づこうとすると、短機関銃などで盛んに発砲してくる。
「撃て、撃て!」
武装警官はティルトローター機に命じた。離陸したティルトローター機は、重機関砲を数秒間スタンドにむかって発射した。これで総てが終わった。
武装警官は慎重に、穴だらけになったスタンドを調べた。奥の物置に、機能停止したアンドロイドが「裸で」転がっている。
裏口付近には、スタンド員の制服を着た大きな穴の三つあいたアンドロイドが仰向けにころがっていた。なんと血を流している。
武装警官は驚いてアンドロイドを抱き起こそうとした。そのとき、マスクがはずれた。それは気ぐるみのような、アンドロイドに似せたスーツだった。武装警官たちは判らなかったが、アンドロイドに化けた男はステファニーの運転手だった。
その電気スタンドを見下ろすことのできる丘の上に、ロボット化された豪華な白いリムジンが止まっている。
ステファニーはスタンド前にティルトローター機が着陸するのを見ていた。
大きくため息をつく。
「……終わったわね、すべて。今までご苦労様」
そう言うと運転席に乗り込み、車に発進を命じた。もともと運転手など不必要だった。車は自動的に新アウトバーンにもどる。
「空港へやって。今から貨物便予約、間に合うかしら。長年仕えてもらったけど、仕方ない。証拠隠滅にもなるし。
ジルヴェスター博士には、これでなんとか許してもらえるといいけど」
かけつけた救急班のヘリは、アンナと傷ついたカイザー、そして真奈をバトルフィールド南端にある大会修理場へと運んだ。
広場に下ろされた二体のもとへ、少佐のクアドリーガがかけつけた。
真奈は祖父の形見である旧軍の小銃をかついだまま、水を飲んでいた。カイザーは知り餅をついた格好になっている。
ファイト少佐はいつもの不気味な笑顔に戻って、真奈たちに近づいてきた。
「カイザー、調子はどうだ」
「現在状況をユニ・コムに送りました。戦闘機能はほとんど失われました」
「よろしい。なぜあの時、自分の腕を切り落とそうとした」
「人間の介入を計算しなかった。
あの状況ではアンナもろとも落下の可能性が七割以上あった。アンナをまきこむ理由はない。あの時点で最良の行動です」
「なるほど。自分で判断したわけか。死ぬのは、自分ひとりでいいと」
「わたしに死はない。コア・レコーダーが無事なら再生できる」
「そうだな。わたしにもわるい病気が移ったかもしれないな」
少佐は銀色の巨人の肩を叩いてから、真奈たちに近づいた。
「英語はわかるか」
「すこしはね」
「なぜだね。フロイライン・イオセ。危機に瀕した場合はともかく、トレーナーが対戦相手に対して武器を使用すれば、十点がマイナスになる。これは大きいぞ」
「……知ってるよ」
「では、なぜだ。あのままなら、アンナの勝ちか悪くても引き分けだった」
「あのデカブツを………助けたかった。むざむざ落したくなかった」
「敵を、しかも機械をかね」
「ああ、機械だよ。むごたらしい見世物のためのね。でも助けたかった。馬鹿なのかも知れない。会社の人たちには悪いことしたよ。でも後悔してない。
……敵の捕虜が自殺しようとしたら、あんただってとめるだろ。理論じゃない。
それに自分は……戦士を、無駄に死なせたくなかった」
「そうか……戦士か。確かに……いい戦士だ」
ファイト空軍少佐はホルスターからヴァルターの古い自動拳銃をぬき、安全レバーをはずした。
「し、少佐、なにを」
あの不気味な笑顔のまま、黙って銃口をアンナにむけた。とっさにアンナは顔と胸を腕でかばった。
少佐は腹のあたり、丈夫なパンツァーヘムトにむかって三発発射した。
「な、なにすんだい」
「真奈、わたしにダメージはない」
少佐は芝居がかった仕草で、銃口からたちのぼる硝煙を口で吹いて見せた。
「これで、わたしもマイナス十点だ」
とホルスターに銃をしまった。
「……なんで」
少佐はさっと敬礼した。
「ありがとう。カイザーにかわって礼を言う」
真奈も答礼した。
その様子を映像みていた両社の関係者は、目頭を熱くしていた。しかしツェッペリン競技場では暴動と感動が頂点に達していた。
ある者は少佐の行動を賞賛し、あるものは呪った。
やがてコアボードに審査結果が出た。
アンナ、七十八点マイナス十点。
カイザー、七十点マイナス十点。
少佐がアンナを撃たなければ、カイザーの勝ちだった。まさかの逆転勝利で、あるものはひと財産を築き、あるものは全財産を失った。
やがてツェッペリン・ドーム競技場とその周辺の暴動だけで、五十人以上の死者と五千人以上の負傷者をだすことになる。
その後二週間で、全世界では六千人以上が暴動と乱闘で死亡し、七万五千人が負傷。三千人以上が自殺したと、のちに発表された。
真奈はファイト少佐の暖かく大きな手を握った。
「こちらこそありがとう。ロボ・セントリーが一斉に攻撃してきたときに、助けてくれて。あれこそ、いいチャンスだったのに」
「お互い、ミナベ病とやらがうつったかな。これでわたしは軍からは賞賛されても、ハイルやカイザーに賭けていた連中からは袋叩きだろう。
またもとの教官に戻れば、地方人と会うこともないからいいがな」
機械のきしむような、不気味な音がした。見つめ合っていた少佐と真奈は、ゆっくりと同じ方向をむいた。
運搬自動カーゴの上に、尻もちを着いたような格好でカイザーが乗っている。その銀色の巨人が、動きにくい右手をアンナにむかって差し出しているのだ。
アンナもゆっくりと近づいた。カーゴの前に立ち、カイザーを見つめる。
「なに……やってんだい、貴様ら」
二人が見ている前で、カイザーは全くプログラムにない行動をとったのである。
「アンナ、礼を言いたい」
「了解した、受け入れよう」
アンナは無表情に、カイザーの大きな右手を、両手でにぎりしめた。
「握手……か? そんなプログラムが、いったい………」
少佐の顔から、いつもの微笑みは完全に消えていた。
真奈は目頭が熱くなり、「二人」の戦士をいつまでも見つめていた。
少佐はカイザーを乗せたトレーラーの助手席にのった。アンナは空路、戻ることになる。広大な演習地での撤収とは違い、大会中継競技場では緊張した時間が続いている。
ツェッベリン・ドームの騒動を尻目に、スポンサーブースでも撤収をはじめていた。怒り狂った群集がいつ押し寄せるかわからない。
「急いでくださいっ!」
連邦軍の憲兵が、大型ヘリまで護衛してくれる。外では儲けた連中と損をした連中の乱闘が続いていた。負けた、あるいは勝った会社を非難する声も高まる。
エーファ・フランケンシュタインは負けたものの、うれしそうだった。
「カイザー、待ってて。きっとなおしてあげる」
クライネキーファー社の現在の当主、娘婿であるゴットフリートは大型のダブルローターのジェットヘリにのりこむと、豪華な椅子にすわりこんで、「下界」の様子を見つめていた。
そこへ大きな鞄を抱えたエーファが、胸を揺らして乗り込んで来たのである。
「申し訳ありません。御社に莫大な損害を与えてしまって」
「いや、賞金なんてどうでもいい。カイザーの勝利が一度確定した時点で、新日本の株価が暴落した。その時に買いあさっておいたが、今は暴騰だ。
それにアンナに、かなり賭けていたからね」
「ア、アンナに?」
「カイザーが勝てば莫大な賞金が入る。負ければアンナに賭けた賞金が入る。
どっちにしても損はしたくないんでね」
シートベルトを絞めつつ、エーファはため息をついた。
「……政治家と商売人には、いかなる軍事力も技術力も、勝てないわ」
三日後、世界的騒動も治まりかけていた。アンナに賭けていた人たちは、掛け金の倍近い額を手にいれて満足だった。負けた人間の半数近くは、少佐の行動を一応賞賛していた。
今回の騎士道精神にのっとった行為に対して、少佐の昇進が内定したとの話をききつつ、菅野と真奈たちは新ベルリン空港へとむかった。そこには美しいアンナのファンとなった、主として男からなる数千人の群集がつめかけていた。
ファンを尻目にVIPゲートからなんとか入った一行は、特別待合室で飛行機を待った。
「アンナにもこれを」
と菅野はファーストクラスのチケットをわたす。
「……え、アンナまで」
「特別席を用意してくれたらしい。アンナ用に大きいのを」
「来るときとはえらい待遇の違いですね」
「そんなものだ。アンナはいまや有名人、いや有名ロボだ」
「アンナは優秀な戦士です。そして同志だ」
「そうだったな。さあ行こう。南部くんや赤穂くんも待っている。
もどったらもどったで、マスコミにもみくちゃにされるぞ」
「それも仕方ない、勝利者の宿命です。
でもマスコミは苦手だよ。対応はお願いします」
「ああ、それがわたしの役目だ。
ただ賞金はありがたいが、会社はカイザーにもかけていた。まあなんとか開発資金分ぐらいのプラスにはなりそうだけどね」
「あのカイザーに、会社が賭けていたのかい?」
「当然さ。クライネキーファーもやってる。もしもの時の保険だよ。
あと、ブローカーに株をだいぶ買い占められててね。あとからちょっと困ったことになりそうだ。何者が買いあさったのかは知らないけど」
真奈はあきれ、言葉数が少なくなった。
特別室の正面には全世界のマスコミと、熱心なファンが犇いている。キッチン奥の荷物用エレベーターを使って、滑走路へ出た。
通関手続きは特別室で終えていた。アンナと真奈は足早に特別機へとむかう。それを発見した熱心なファンが、屋上や待合室から声援をおくる。
無表情なアンナにかわって、真奈が手を振って答えた。
「まったく人気者だね」
「彼らの行動の理由が理解できない」
「しなくてもいいよ」
「凱旋戦士が、まるで夜逃げだな」
古風な飛行機用タラップの前で待っていたのは、空軍の制服に略章をならべた、ファイト少佐だった。ドイツなまりの英語で話しかける。
「いろいろと楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、あらためて礼をいいます。
でもロボ・セントリーを操作したヤツや、ロケット砲を撃ったやつは」
「身内に始末された。けれどもその背後は、徹底的に洗ってる」
「カイザーはどうなりました」
「修理中だ。あのタイプの爆発物処理、危険地帯偵察ロボの開発に、連邦軍も着手した。はじめは機械戦士をいやがっていたんだけどね。
アンナの活躍に心を動かされたらしい。
日本にかえっても、いろいろとややこしいことが待っている。今回の件で大損を出した国際的投機マフィアにも、まだまだ油断できない」
「ありがとう。なんとか相棒と乗り切るよ」
「いつかまた会おう。グート・ハイル」
と少佐は敬礼した。真奈も答礼した。アンナもまねて、敬礼したのである。
こうして日本の特別機は、アンナたちをのせて一路東京を目指した。
田巻己士郎先任二等佐官、情報統監部次長兼第十課長は、薄暗い執務室で立体的な虚像にむかって得意のドイツ語で話しかけていた。
ゴットフリート・ツー・デァ・クライネキーファーとは、彼が極東支配人時代に何度かあっていた。
「それではステファニーは、こちらで逮捕させてもらいます。
いろいろ裏がきけそうだ」
「まだ利用価値はありそうだが、仕方ない。また処分されないよう、気をつけてください。連邦警察におまかせします」
「知ってらしたのですか。彼女も世界平和クラブの一員であることを」
「情報はありましたが、確証はなかった」
「ところでクライネキーファー重工の株を一割程度取得されたとか聞きましたが」
「はは、そちらも新日本の株を、十三パーセントほど取得されたようで。いろいろダミー会社を通してもわかりますよ。役員でも送りこみはるんかな」
「ははははは、おたがいいいパートナーになれそうですな」
「ロボット技術はわれわれの将来を左右しますから。お互い協力できるといい」
「それと、国際的投資マフィアですが。先に処理されてしまったようです」
田巻ののっぺりとした顔が、ややこわばる。
「ほう、手が早いですな。噂される超賢人集団とやらにでしょうか」
今度はゴットフリートの顔が、こわばった。
「……超賢人集団なんて、噂にすぎません。あるいは都市伝説かなにかでしょう」
「だといいのですがねぇ」
全自動リムジンは深夜の新アウトバーンを二百七十キロで疾走している。ステファニーは飛行機によるドイツからの脱出をあきらめ、ロシアへとむかっていた。
現在、シベリア横断マグレヴ新線がマスクヴァーまで開通している。
偽のパスポートをつかって、比較的検査のゆるい聖都マスクヴァーから列車に乗る予定だった。
終着点ヴラディヴァストークからは、北極圏を飛ぶ航空便があった。ロボット化されたリムジンの運転席で、形式的にハンドルに手をおいて、ステファニーは居眠りをしていた。事故の心配もなかった。
突如、目の前に小さな仮想スクリーンが立ち上がった。そこに映し出された人物は、シルエットだけだった。
目を覚まさないステファニーに、ドイツなまりのある英国式英語で
「さようなら。君にも責任をとってもらおう。ブローカー諸君と同様」
とだけ静かに言って消えた。
「え、なに?」
ステファニーは目をさました。
突如、警告音がいくつも鳴り出した。女性の声が緊急事態を告げる。
「フル・オート・コントロールが解除されました。極めて危険です。ただちにオンに戻してください」
「え? なにがおきたの。解除?」
アウトバーンはゆるくカーブしだした。時速はすでに三百キロ近い。ステファニーも免許はもっているが、自分で運転したことはほとんとない。
「ちょっと、どう言うこと!」
しかし全自動制御装置は、反応しない。
「フル・オート・コントロールが解除されました。危険です。ただちにオンに戻してください」
「だ、だめっ!」
パニックになったステファニーは、高速走行中に緊急停止ブレーキのレバーを押してしまった。
リムジンの四つのタイアは煙をふいて停止したが、車体はスピンしつつアウトバーンの防音隔壁めがけて突進していった。
赤穂浪子技師は、新しい足の「試験」もかねて、自分の背丈ほどもあるバッグを担いでいる。タンスか何かを背負っているように見える。すべての荷物を持ってもらったために、真奈は手ぶらでアンナとともに歩いている。
「大丈夫かい。アンナにもたせればいいのに」
「足ならしよ。なかなか調子いいから、帰りはもってもらおうかしら」
今も残る里山は、晴れ渡った天気のしたで、時代を忘れさせてくれる。
「南部先生も来ればよかったのに。アンナが戻ってから、感激で泣きどおしだったから」
「こっちが気を使うわ。今日は女だけのハイキングよ」
浪子からは、あの殺気のような緊張感がすっかり消えていた。美しく知的な技師である。
楽しくなった真奈は、訓練時代にならった古い歌をうたいはじめた。
♪道は~六百八十里、長門の浦を船出して~
アンナも美声で唱和した。
♪はやふたとせを故郷の~
浪子にはきいたこともない歌だった。しかし聞いていると、楽しくなって行く。
物ごころついてから、「出来る子」「優秀な子」を演じ続けていた。
常に一番を目指し、誰にも負けたくなかった。趣味すらなく、ひたすら勝利だけを目指していた。
しかし今はもう、競争などどうでもよくなっていた。この長身のアンドロイドのほうが、よほど人間らしい。この山の野生児のほうがよほど魅力的だ。
心からそう思えた。そう思える自分が、泣きたくなるほどうれしかった。そして今こそ、人生の価値は勝ち負けなどにあるのではないことを、実感していた。
五百瀬真奈は抜けるような秋の空を見上げて、つぶやいた。
「じっちゃん、おとう……真奈は生きてるよ。ずっと見守っていてな」
了
ANNA2 パンツァーカイザー 小松多聞 @gefreiter
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