第十四章

 少佐の顔から、薄ら笑いが消えた。

「どうした、カイザー。アンナの武器か」

 倒れかけたがなんとか踏みとどまった。つづいて大きな石つぶてがカイザーを襲う。自家製剣でなんとか受け、石は砕けた。だが剣もすこし曲がってしまう。

「カイザー、アンナの石弾投擲手段を確認しろ!」

 カイザーはカメラアイをズームさせた。アンナが右手で回しているのは、二つ折りにした赤い手ぬぐい、いや南部の母の形見の鉢巻だった。

 その片側をしなやかな小指にまきつけ、こぶしより大きい硬い石をはさみ、もう片側の端をしっかり握って円状に振り回す。

 勢いをつけてカイザーにむかって手を離すと、赤い鉢巻はのこって石だけが勢いよく飛び出した。「印地いんじ打ち」である。

 戦国時代の「つぶて隊」は火縄銃の有効射程をはるかにこえる、二百メートルまで「印地」を飛ばしたという。

 アンナの礫は距離も発射速度も、その五倍にはなろう。まさに炸薬のつまっていない砲弾ほどの威力になる。

 カイザーもまた剣を真正面に構えた。石は砕け散ったが、頑丈な自家製剣は中央で折れ曲がってしまう。

「いかんカイザー、身を隠せ!」

 動きの遅いカイザーが大きな岩に隠れようとすると、右手を回しつつアンナが岩の上に立ち、石礫を飛ばす。今度はカイザーの右肩を直撃し、へこませた。

 なんとか中腹まで登っていた真奈も、アンナの「視点」が左腕のユニ・コムに写っている。

「いいぞアンナ、日本古来の抵抗手段、印地打ちでデカぶつをおいつめろ」

 カイザーは重い体をなんとか岩陰に隠そうとした。アンナは岩場を飛び跳ね、カイザーを目視しようとする。すばやく手ごろな石を拾うと布にはさみ、高速で数回まわすと投擲する。一分に四弾は「発射」できる。

 高速で飛来する石は、次々とカイザーの銀色の肉体にぶつかって火花を散らしてくだけ、かなりのダメージを与えつつあった。

 目標が大きいだけに、不正確な印地でも半分近くは命中する。すでに剣も折れ、カイザーには防ぐ手段がない。

「いかんカイザー。距離をつめろ。多少の犠牲はかまわない。接近してカタをつけろ」

 剣と言うより短刀に近くなった特殊鋼の棒でも、うまく石にあたれば砕くことができる。

 カイザーは頭部ではなく、電子脳の入った胸を守りつつ岩をこえだした。

「アンナ、距離をたもって。接近を阻止」

 カイザーは歩行速度こそおそいが、動きは敏捷である。大小の岩のあいだを通ってアンナに接近する。アンナは毎分五発にまであがった印地を食らわす。

 片や脚、頭部にへこみや亀裂を作りつつ、急所である胸は守りながらカイザーはアンナを追い詰めようとしていた。


 広大な演習地のほとんどは黒い森林である。北部には岩がちな高地があり、シュピールベルク山が異様な姿を見せる。その周囲は高さ三メートルのフェンスで延々十数キロにわたって取り囲まれ、各種自動警戒装置が守っている。

 ここは欧州総軍の演習地であり、何人も立ち入ることは許されない。しかし演習地であるから、各所にトーチカや掩蔽壕、メンテナンスや物資運搬のための地下道などが通っていた。

 連邦軍ブントの工兵の格好をした三人は、シュピールベルク山に近い北側の予備ゲートから、すでに潜入していた。

 遺伝子マーカーを偽造したパスポートは、機械に見破られるはずもなかった。

 しかし人間の警備員はその工兵たちの、軍人らしからぬどこか殺気をおびた丁寧さをいぶかしんだ。一応本部に、監視システムのメンタナンス要員を派遣したかどうか照会したのである。

 その間、偽工兵三人は暗い地下道を小さな荷物運搬カーゴに乗ってすすんでいく。その様子は中央警備センターにいるクライネキーファー社側警備副主任である矢島正英のユニヴァーサル・コミュニケーターにモニターされていた。

 中央監視塔のコントロールルームに、連邦軍演習地北三号ゲートの警備員から、問い合わせがあった。ヤジマは受話器に、丁寧に答えた。

「いや心配はいらない。軍から連絡は受けている」


 クアドリーガの中でモニターしていた映像が、乱れた。そして立体感を失ってしまった。少佐はカイザーを呼び出す。

「カメラになにかあったか」

「右側のカメラ破壊。行動に支障なし。赤外線測距装置作動。アンナまで三十メートル。

 全体的機能低下二十三パーセント」

「よし、すこし反撃だ」

 カイザーは近くにあった高さ一メートルほどの岩を持ち上げた。それを抱くようにして盾となし、アンナに接近する。

 石礫が十数秒ごとに高速で飛来し、抱えられた岩にあたってくだけた。しかし岩の表面に砂煙をたてるが、堅牢である。

 ただ重い岩を抱えて、大小の岩が転がる中は進みづらい。

 そのころやっと真奈は頂上に達した。息もきれている。くずれた墓場のように岩が林立するむこうに、カイザーの銀色の姿が見えた。

「アンナ、カイザーが近い。取っ組み合いになったら負けだよ。逃げて!」

 カイザーは大きな岩を盾として、二十メートルほどに接近した。印地が肩や腕、丈夫そうな太い脚にかなりのダメージを与えている。

「アンナ、脚だ。奴の脚をねらえ」

 アンナはいわれるまま、岩の下に出ている足に、高速石弾を集中させた。カイザーの右足が火花を散らした。銀色の巨体が右へ崩れかけた。

 しかしカイザーは突然、その大岩をアンナにむけて投げつけたのである。十数メートル飛んだ岩は、飛びのいたアンナのわきを転がって、頂上から切り立った斜面へと落ちていく。

 岩はふもとの森におち、大木をいくつもなぎ倒した。

 その様子を森の中で見ていたのは、地下メンテナンス部から侵入した三人の偽工兵である。工作器具に偽装したロケットランチャーを、組み立てつつあった。


「アンナ!」

 真奈は岩をのぼって越え、アンナに近づこうとした。

「真奈、近づいては危険だ。カイザーの走行速度は半減しているが、戦闘力は保っている」

「どんどん印地をくらわしてやれ」

 片膝をついてしまったカイザーだが、近くにあった大岩を投げつける。

 岩はアンナの至近で落下して、割れた礫を四方に飛ばすが、致命傷にはならない。アンナは身をひるがえしてなんとか避け、石礫をくらわせる。

 かなり「学習」し、正確になっていた。

 シュピールベルク山頂は、濛々たる土煙に覆われている。アンナは視界を赤外線モードにして、熱源めがけて石礫を投擲する。

 いくつかはカイザーの胸部にあたり、中の電子脳にダメージを与え始めた。

 ファイト少佐は激励する。

「機能低下が激しい。いっきにくらいついて肉弾戦に持ち込め」

「右脚部関節に機能障害。左足と腕で前進」

 カイザーは岩場を這うようにして接近する。アンナの石つぶては主としてその頭部に集中した。各種センサーがつまっている。

「アンナ、組み付かれたらことだよ。やっこさん、貴様もろとも山頂から飛び降りて引き分けに持ち込むかもしれない」

 アンナは広場状の山頂の端にいた。カイザーは攻撃もせず、かなり変形して火花と煙を噴出しつつ着実にアンナをおいつめる。アンナは石つぶてをつつんだ赤い布を回転させるが、もう投げようとしなかった。

「アンナ、貴様なにしようと言うんだよ。逃げないと」

「脱出する」

 突如アンナはカイザーに向って走り出した。カイザーは腕をのばしてアンナの脚をつかもうとする。その直前、アンナは高さにして三メートルほど飛んで、這っているカイザーを飛び越えてしまった。

 相当なダメージを受けている銀色の巨人は、機能不全をおこした右足に頼らず、なんとか起き上がった。

 手近の岩をアンナの背中にぶつけようとしたのである。ふりむいたカイザーの背中は、ふもとの森からでも輝いて見えた。

 森の中で組み立てた携帯ロケットランチャーを構えていた偽工兵に、ユニ・コムで連絡していたやや年配の赤毛の男が言った

「これでカイザーの勝利の可能性も、共倒れの可能性も消えました。

 それでは処置します」

 そしてかたわらの偽工兵の肩を軽く叩いた。

「やれ!」


 カイザーの投げた直系五十センチほどの岩が、アンナの左足をかすめて落ちた。アンナは衝撃で右方向へとばれるが、左足はさほどは損傷していない。

「アンナ!」

「真奈、遮蔽物に身を隠していなさい。

 カイザーの現在の機能では、岩の投擲距離は長くない。三十メートルの距離をおいて最終攻撃に移る」

「よし、やっちまいな!」

 カイザーはふらつきつつ、また一抱えもある岩を持ち上げようとした。しかしアンナとの距離があいてしまっている。もう少し小さな岩が必要だった。

 カイザーは左目だけのこったカメラアイで、周囲を見回した。

 そのとき背中側、すなわち切り立った崖の下から飛翔体の噴射音を聞いた。

「ロケット弾接近。回避行動をとる」

 しかしカイザーの右脚はほぼ動かず、左足も機能不全を起こしていた。

 小型だが強力なロケット弾はロボットアイが記録した目標めがけて、着実に接近する。

 そして右大腿部にうしろから激突、爆発してカイザーの右足を破壊した。脚部を前に吹き飛ばされたカイザーは、後ろ向きにたおれてしまう。

 ファイト少佐の顔からは、あの不気味な笑みが完全に消えていた。

「なに? カイザー、なにがおきたっ!」

「北部森林から攻撃をうけた。機能低下六十五パーセント」

 そう報告しつつ倒れた巨体の重みで、劣化した岩が崩れた。その下は、六十度以上の傾斜でそそり立つ崖である。

 麓までは二百メートル以上。麓にも硬そうな岩床が露出している。

 カイザーはそのまま崖下に落ちそうになる。

「なにがあったの、アンナは!」

「こちらに被害はない。麓からロケット攻撃を受けたらしい」

 ロケットを発射した偽工兵たちは、カイザーが山頂から落ちかけていることを確認した。右足を失い、両手で岩につかまっている。

「これで試合そのものが無効になる。もういい、撤退だ」

 偽工兵たちはあわててロケットランチャーを分解して、大きな工具ケースにつめはじめた。


 この様子はファイト少佐のクアドリーガはもちろん、各種カメラによってツェッペリン・ドーム競技場その他、世界中に中継された。世界人口の最低三割は見ている。

 不利だったカイザーの絶対の危機である。このままでは判定負けは確実、またはアンナによるカイザーの破壊すらありえた。アンナの勝利となるはずだった。

 しかしまさかの妨害で、競技そのものが無効になる可能性もあった。ドームにあつまったの十数万の大衆はパニックになっていた。

「やりやがったな、卑怯だぞアンナ」

「アンナが有利だったんだ。カイザーがわの謀略だ」

 崖から落ちそうなカイザーの映像を見て、暴動がおきはじめていた。

 多くのギャンブルがそうであるように、集まった人々の大半は社会の底辺付近でうごめき、わずかな財産で「勝負」に出て、一攫千金を夢見ている。その淡い夢がゆらぎだした。

 暴動は巨大なドーム競技場のあちこちではじまった。千人はいる警官、警備員も手がつけられない。一部では催眠ガスが使われだした。

 巨大なバトルフィールドの東西両端に建つ各社の監視搭でも、クライネキーファー重工や新日本機械工業の本社でも、大騒ぎになっていた。

 アンナは岩の転がる山頂を走った。真奈も岩をよじのぼってかけつける。

 両手で崖に張り出した岩につかまっている巨人カイザーは、右足を失い左足も動かない。

 右手は機能障害をおこしている。とても自力では這い登れない。この高さから落ちれば、さしも頑丈なカイザーも破壊されてしまう。

 ファイト少佐はクアドリーガで森の中をかけぬけ、シュピールベルク山の北側へと急ぐ。

 カイザーのつかまっている岩の突出部が、その重みに耐えかねて崩れだした。

「カイザーよりファイト少佐。十秒以内に落下します。これが最後の報告です」

「待て、カイザー! 競技中止を申請した。すぐに救助隊がむかう!」

「間に合いません。岩が崩れます。今まで、ありがとう」

「!……待て、頑張るんだ、同志っ!」

 少佐は滅多に見せない真剣な表情で急ぐ。

 所詮戦闘用の、いや見世物や博打のための機械だ。ミナベやエーファのように、ロボットに「人格」など認めてたまるか。自分は誇り高い軍人だ。

 そう自分に言い聞かせていたハンス・ヴァルター・ファイト空軍少佐は、もうそんなことは忘れていた。育てあげた弟子、兵士の危機に我を忘れかけている。

 カイザーがつかまっていた岩が崩れ、ついにくだけた。カイザーの銀色の巨体が無慈悲な重力によってひっぱられる。

 そのとき、カイザーの無事だった左腕を強く掴むものがいた。崖から身を乗り出したアンナだった。

 山頂の淵に身を投げるようにして、なんとか左腕をつかんだのである。

 しかしアンナの胸から上は、中空に出ている。きわめて不安定だった。アンナの体重はカイザーの半分もない。

「カイザー、脚を使ってはいのぼれないか」

 アンナの日本語に、カイザーもきれいな日本語で淡々と答える。

「右足は失われ、左足はほとんど動かない。不可能だ」

「機能障害をおこしている右手をのばせ」

 アンナの体がすこし崖がわへとずれた。小石と土砂が切り立った崖状の斜面を落ちて行く。山の急斜面が土煙に覆われる。

「わたしの体重をあなたでは支えきれない。二体とも落下する。手を離せ」

「拒否する。右手をかせ。引き上げる」

「危険だ。あなたまでまきこまれる理由は解析不能」

「アンナ、早くデカぶつを引き上げるんだ! 胸の下が崩れかけているよ!」

 崖の淵までかけつけた真奈は、祖父の形見である九九式小銃を背負ったまま、腹ばいになってのぞきこんだ。

 顔面の右側を破壊されたカイザーはあいかわらずの無表情のまま、不可解な行動に出た。左大腿部に装着している工具入れから、特殊鋼剣の加工にもつかったナイフを取り出し、右手に構えたのである。

 鉄板ですら切り裂くことができる、特殊鋼製の大型ナイフである。

 アンナはなんとかカイザーの左手を引き上げようとしていた。

「カイザー、その行動を中止せよ」

「これが最善の行動と推定される」

「カイザー、あんたなにすんだい!」

 カイザーは右手でぎこちなく、ナイフを自分の左腕の関節に振り下ろした。火花が散り、すこし関節部がかける。

「繰り返す。カイザー、その行動を即時中止せよ」

「バカなことはやめなっ!」

「このままでは二体とも落下し、破壊される。アンナも即時わたしの腕を放せ」

「拒否する。合理的な理由はわたしにも判らない。しかし拒否する」

 カイザーはまた、特殊ナイフを振り下ろした。火花が散って銀色の防護版がわれた。配線などがすこし見える。

「カイザー、このクソったれ!」

 真奈はあわてて起き上がった。カイザーは壊れかけた右手を頭上に高くかかげ、また自分の関節に振り下ろそうとする。

 そのとき顔をあげ、間近にアンナの整った無表情を見た。

「……もういい。ありがとう」

 次の瞬間、乾いた空に轟音が響いた。カイザーの振り上げた特殊ナイフが火花とともにとび、太陽にきらめきつつ円弧を描いて森へと落下していく。

 暴動をおこしかけていたツェッペリン・ドーム競技場の人々も、中継を各地で見つめていた人々もそのまさかの事態に固唾を呑んだ。

 山頂端の崖の上、肩膝をたてて九九式小銃を発射し、ナイフを撃ち落した真奈は立ち上がった。

「アンナ、手を貸すよ」

 ベルトの小さな工具いれから丈夫なカーボン・ファイバー・ザイルをひきだし、さきに小さなフックをひっかけた。それを崖の淵からたらし、カイザーの傷だらけになった首の後ろに、うまくひっかけたのである。

「よし、いっしょに引くよ」

 ちょうど崖の下の森に到着していた少佐は、ユニ・コムを通じ命じた。

「右手も使え、カイザー、あきらめるな。これは優先命令だ」

 こうしてゆっくりと、カイザーの巨体はひきあげられていく。

「もうすこしだ、デカブツッ!」

 カイザーも壊れた右手を崖のふちにかけて、全身の電力を両腕に集中した。

 間接部の各種小型モーターが悲鳴をあげたが、なんとか崖の上に這い登ることができた。

「やったあ!」

 そう叫ぶと真奈はザイルを手放し、うしろにころがってしまう。

「五百瀬くん……」

 監視搭で見つめていた菅野は安心すると同時に、悲しげな表情を見せた。

「対戦ロボットに銃を使うなんて。理由はどうであれこれでマイナス十点だ」


 メンテナンス・トンネルへ脱出した三人は、一番警備の手薄な搬入口を目指した。しかし潜入は知られていた。

 三人の偽工兵の目の前で、防護扉がゆっくりと閉まっていく。軍の監視システムが、三人を偽物と見破ったのだ。リーダー格が小さく叫ぶ。

「くそ、ふさがれたか」

 突如その防護扉が吹き飛んだ。偽工兵はとっさにふせる。破片と硝煙が襲う。

「いそげ。警備ロボはたおした」

 硝煙のむこうから声がする。人影があらわれた。

「新しい身分証だ。古いやつと武器はここで始末する」

 会場警備副主任であるはずの矢島正英は、口ひげの埃を指で払いつつ指示した。その特徴ある髭を見て、偽工兵のリーダーはほっとした。

「いそげ。脱出するぞ」

 矢島にひきつられた三人は、メンテナンス部わきのパイプなどの走るくらいトンネルに入った。そこには連邦武装警察の制服が用意されている。四人はそこで着替えた。

 矢島はつぶやくように言った。

「これで高給ともおさらばだが、新日本に手引きした時にたんまりともらってるからな。今回のことでもまたタップリともらえそうだ」

 四人の偽警官は、メンテナンス部の監視小屋の一つから、フェンスの外へと出た。警備用のロボ・セントリーが一基、フェンスを守っていた。

 しかし中央警備部の副主任の顔を認識すると、あっさりと通してくれた。

 矢島は用意してあった警察の半ロボット車で、アウトバーンを疾走する。やがて運転席に座っているだけだった矢島が、気付いた。

「やっとポリツァイ・コマンドの出動だ」

 リーダー格の赤毛の男は、喉がかわいているようだった。青ざめている。

「なにか飲み物ないですか。口の中がカラカラだ」

「国境越えるのに電気もちょっと頼りないな。この先にスタンドがあるはずだから、少し休もう。俺も喉がかわいた」

 森と草原からなる小高い丘のふもとあたり、幅広いアウトバーンのかたわらにポツンと、電気スタンドがあった。飲み物や軽食も売っているし、メンテナンスもやってくれる。

 警察の半ロボット・パトロールカーが停まると、店舗からスタンドマンの格好をしたアンドロイドが一基出てきた。一応人間らしくは作ってある。

「いらっしゃいませ」

 矢島はトイレの場所を尋ねてから、充電を頼んだ。

「決算は飲み物もふくめて、現金で」

 矢島はトイレで顔を洗い、自慢のカイゼル髭を整えてから出た。しかし電気スタンドは静かである。

「飲み物は買ったか」

 と偽パトロールカーに近づいた。ふと見ると、あの偽工兵のリーダー格が車の後ろに倒れている。血溜りが広がりつつあった。

「おい、どうした」

 ウインドウに穴が開き、パトロールカーの中では残りの二人も頭を撃ち抜かれていた。

「な、なにがあったんだっ!」

 ふりむくと、スダント員の格好をしたマネキンのようなアンドロイドが立っている。手には消音器つきの拳銃が握られ、硝煙が漂っている。

「ま、まさか。ロボットが人間を! 良心回路は……」

 拳銃が火をふいた。矢島は額から血を噴き出して、崩れ落ちた。



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