第十二章

 固まって射撃を続ける競技用ロボ・セントリー。アンナは脚力を生かし、巨木に身を隠しつつ正確な射撃を続ける。動きの鈍そうなカイザーだが、巨木を根っこからひきぬいて盾となし、射撃を続ける。

 セントリーの弾丸がたちまち巨木を分解する。カイザーの銀の胴体が激しく火花を散らす。

 カイザーは近くにあった一抱えほどの岩を持ち上げた。それを投げつけると、セントリーめがけてまっすぐ跳んでいく。

 三基のロボ・セントリーの放つ銃弾が岩に集中する。セントリーは四本の脚をすばやく動かして、散った。

 機能不全におちいっていた一基が取り残され、くずれつつあった岩の直撃を受けた。頭部の円盤が破壊され火花を吹く。

 残った三基は再集結した。これで二体対三基。あとは簡単だった。

 勝つことではなく、相手を破壊することしかプログラムされていないセントリーは、かなり銃弾を消耗している。

 アンナの残弾も少ない。たくみに機動しつつ、相手の弾丸を消費させる。鈍重ともいえるカイザーだが腕の力は強く、動きは意外なほどたくみである。

 アンナもカイザーも二百数十メートルの至近距離から、散発的だが確実な射撃をくわえる。ようやく戦闘現場近くまで辿り着いた真奈は、電子双眼鏡とユニ・コムで状況を確認した。

「いいよ、いっきにやっちまいな」

 そのとき、一番アンナの近くにいたロボ・セントリーが、弾の切れた二挺の機銃を投げ捨て、四本の脚で突進してきた。胴体部分から煙を吹いている。

「アンナ、危ない! 自爆するつもりだ」

 アンナは残りすくなくなったロケット弾を正確に使う。弾丸はオレンジ色の炎を吹いて短い距離を飛び、ロボ・セントリーの円筒形の胴体が吹き飛んだ。

 銀色の巨人カイザーにむかっても一基が突進しだしたが、即座に頭部のセンサーを破壊され、倒れたところで爆発した。最後の一基は前後に少なくなった弾丸をはなっているが、もはや敵ではなかった。


 木々に覆われた広大なバトルフィールドのはずれ、高いフェンスの外にある整備ポストの一つに、武装警察のヘリ二機が着陸した。同時に重武装の警官十人ほどが降り立った。

 ここに、セントリーを整備した会社の支所がある。警官はドアを蹴破って突入した。中には麻酔弾で眠らされた五人の「本物の」整備員が転がっていた。

 そのころ武装警察「ポリツァイ・コマンド」の別の武装ヘリが、アウトバーンをマニュアルで疾走する白い車を見つけた。それがロボ・セントリー整備会社のものであると判明すると、ただちに停車を命じた。

 当然のように命令を無視し、二百キロ近い速度で南へと逃げる。

 ヘリからの連絡によって、アウトバーンの自動警戒システムが、行く手にバリケードを立ち上げた。バンの中には五人。ハンドルを握っていた男が叫ぶ。

「完全自動運転になっている。どうなってんだ」

 助手席の男は、前方に鋼鉄の壁が立ち上がっていくのを認めた。

「バリケードだ。衝突するっ!」

「だめだ、ハンドルもブレーキもきかない! 操作されてるっ!」

 次の瞬間、白いバンは二百二十キロの速度で鋼鉄のバリケードに激突し、隠し持っていた武器や爆薬が爆発した。

 五人の偽整備員は車もろとも吹き飛んでしまった。


 地中海に浮かぶその島は、さほど大きくもない。しかし個人所有の別荘地にしては異様なまでに警備が厳重だった。

 しかし対空高射砲などの全自動兵器は、木などにカムフラージュされている。

 その豪華なギリシア風の別荘中央の広間には、ツェッペリン競技場と同じ立体映像が映し出されている。広間の窓にはカーテンがひかれ、暗い。

 その映像を取り囲む影は七つ。古風なふるい椅子に腰をおろしているが、顔は薄くらがりでよくわからない。

 その七人の姿は、はるかはなれた東欧の一都市に立体映像として映し出されている。豪華な現代的ビルの地下室で、数人の男たちが緊張して座っていた。

 七つの虚像の中央に座る銀髪の老人が、冷静に話し出す。

「どうやらきみたちの策略は、またも失敗したようだな」

 男たちは答えることも出来ない。

「そもそも露骨すぎる。セントリー全部がアンナにむかうとは。衆愚が納得するかね。ともかくカイザーに勝ってもらわなくては、君に預けた資金が台無しになる。 それは人類史を塗り替え芽偉大な計画にも、支障をきたすことになる」

「よ、よく理解しております。ジルヴェスター博士」

 いならぶ特権階級のリーダーが上ずった声で答えた。

「我々にはまだまだ切り札があります。

 いざとなれば、勝負そのものを無効にもできます。手は打ってあります」


 最後に立っていたロボ・セントリーは、アンナとカイザーの機銃弾でボロボロになり、倒れた。同時に爆発して果てたのである。

 危険も顧みず近くまで来て見ていた真奈のインカムに、ドイツ訛りの英語で通信が入った。

「これでやっと正々堂々と戦えるな」

 ファイト少佐だった。クアドリーガにのって、カイザーの後ろまで来ている。

「お互い、弾をかなりつかった。ここは一度一キロほど下がって、半時間後に戦闘再開でどうだろう。君もかなりつかれたろう」

「ありがとう。でもどうしてアンナを助けたの」

「卑怯なまねをして勝ちたくはない。そんなことをしなくても、カイザーは勝つ。

それに汚い小細工をした連中に、大儲けなどさせたくはない」

「相手がなにものか知ってるのかい」

「およそ想像はつく。わが連邦軍や誇り高いハイルにも、手をのばしてきている」

 武装皇帝パンツァーカイザーは目前にいるアンナを無視するように踵をかえし、戻り始めた。クアドリーガも併走する。アンナは真奈のほうへと歩いてくる。

 パンツァーヘムトなどが傷ついている。

「いいかねフロイライン・イオセ。我々の行為は国家や連合のいわば代理戦争であり、かつ壮大な見世物だ。

 ローマ帝国の剣闘士みたいなものさ」

「それは気付いてる。世界中で莫大な金が動き、大会毎の暴動では数千の死者が出ることも」

「この手のギャンブルは、特に国家と支配階級に富をもたらす。搾取されるのは、主として社会底辺の人々だ。いつも同じだよ。貧しいものは、さらに貧しく。

 われわれと、我々の愛する戦闘アンドロイドはそのための搾乳機と言うわけだ。

 アンナはまだ人間らしい。しかしカイザーは戦闘のために特化している。そして君もよくご存知のように、ロボットと種別される機械は厳重な監視下で生産され、人間に対しては攻撃できないんだ。

 兵器としてすら約に立たない。まさに見せ物だよ」

「ロボットが人間を殺せないなんて、結構なことじゃないか。見せ物でもいいよ」

「人間は傷つけられなくても、インフラや社会基盤、発電システムは破壊できる。

 なんの躊躇いもなく、原子炉を破壊することもね。

 直接人間を攻撃さえしなければ」

「………」

「ともかく今は、お互いのかわいい兵士を点検しよう。君も休息したまえ。

 判っていると思うが、不必要に人間化したアンナは格闘戦には不利だ。確かに足は速いが」

「ご忠告ありがとう」

「では、グート・ハイル」

「どう言う意味?」

「もともとは、お互いしっかりやろうと言う意味だがな。

 ハイルの連中はあいさつがわりに使ってる」

「じゃ、グート・ハイル」

 少佐はいつものすこし不愉快な笑みを浮かべつつ敬礼した。

 クアドリーガのコックピットにも「雇い主」である博士の虚像がたちあがる。

「我々の名誉を守ってもらって、礼を言うべきだな。エーファは悲しんでいるが」

「軍の名誉です。わたしにとっては」

「なんでもいい。これで我々は国際的な投資ブローカーを、本格的に敵に回した」

「でもやつらの望み通り、カイザーが勝ちます。不愉快だが、感謝してもらってもいい」


 バトルフィールドから少し離れた新日本側の監視塔では、菅野開発室長など技術班が戦闘状況をみまもりつつ、アンナの状況をモニターしていた。

 日本の赤穂技師やツェッペリン・ドームのお歴々やスポンサーと連絡はとりあっている。しかし菅野は外野のヤジは無視し、ただ真奈とだけ相談していた。

「菅野だ。アンナの現在の内部状況を伝える。諸機能低下は七パーセント。しかし内部温度が二度ほどあがっている」

「休憩のあいだに冷却剤を追加します。頭に血がのぼらないようにね」


 ハイルとクライネキーファー社側の監視タワーでも、多少の混乱があった。

 ロボ・セントリーのまさかの行動で、各方面から問い合わせや抗議が殺到していた。しかしハイル側は、なにも言ってこない。

 ファイト少佐はなにを問うても笑っているだけで、今はクアドリーガを降りてカイザーの点検中だった。

 少佐はゼクトを瓶ごと飲んで、カイザーの内部を調整していた。

「いよいよ雌雄を決するときだ。正直いまとなっては、フランケンシュタインの気持ちがわかりかけている。

 どんなに高性能でも機械は機械。感情移入なんてバカらしいと思っていたが」


「アンナは勝てるかね」

 ドーム競技場特別観覧席では、田巻先任二佐が東京の上田首相と、テレビ電話中だった。

「無論そのつもりですが、もしもの時の場合も考えておまっせ」

「……あいかわらず用意周到だな」

「クライネキーファー社もきっと、同じことを考えたはりますわ。投資ブローカーどもほど愚かではないやろう」

「しかしやつらをあなどるな。全財産をカイザーに賭けとるそうだがや。死に物狂いだぞ」

「アンナはカイザーに比べて脆弱でんな。しかし速力を生かせる。ただ問題は長期戦になると、電力を消耗しよります。

 内部電源だけでは限りがあるので、燃料電池をいくつか持っているのですが、社長さんも心配してはります」

「電力を消耗するのは、カイザーも同じじゃろう」

「こちらの情報でも、よくわからんのです。カイザーはアンナの三倍程度の電力を食う。どうやって電力を得てるんやろ」


 うすぐらい部屋の中の空気は、重苦しかった。プラチナブロンドも美しいリーダー格の男は、しばらく豪華な椅子から立ち上がれなかった。しばらくして、ため息をついた。

「………念の為、刺客をさしむけておくか」


 旧神奈川県下の海に面した新日本機械工業本社工場では、大きくもない講堂に巨大な二次元仮想スクリーンを浮かび上がらせ、全社員が試合を見守っていた。

 ただ南部みなべ孝四郎と赤穂浪子だけは、室田社長室の立体スクリーンを見守っている。アンナに危機が訪れるたびに南部が半狂乱となるのを、社員に見せたくなかった。

 浪子はまだ新しい脚を接続したばかりで、全自動車椅子に座ったまま異母兄を宥めすかす。それでも立体映像に飛び込んで、しばし狂気の天才博士は机に頭をぶつけていた。

「アンナぁぁぁ! 逃げろ、逃げてくれぇぇぇぇぇぇ!」

「落ち着いて。アンナは勝ちます」

「あのカイザーを見たか。あんな化け物に勝てるわけはないっっっっ!」

「ファイト少佐は空挺部隊の戦術戦技教官までやった優秀な軍人。でもカイザーを機械でできた部下ぐらいにしか見てないわよ。

 カイザーがダメージを受けても、さして気にもしない。これは彼にとって、不本意なスポーツにすぎないのです。

 でも真奈さんにとってアンナは弟子、そして同志。だからアンナが勝ち残るためには必死でどんなことでもするわ。あの山女の野生の勘に頼るしかない。

 あの子なら、きっとやってくれるわ」

 その思いは新日本機工の社員、技術者も同じだった。


「一時休戦もそろそろ終わりか」

 田巻はゼクトを大神秘書に注がせた。大神はもう田巻の部下ではないが、嫌そうに注ぐ。

「君もどないや」

「……勤務中です。お酒は強くないんでしょ、祝杯には早すぎます」

「硬いこと言いなや、ユメミン」

 大神夢見元一等尉官は、露骨に嫌な顔を見せた。

「もう上官でも部下でもないんです。その名前はやめていただけませんか」

 田巻はドーム中央に浮かび上がる巨大な立体映像とは別に、安楽椅子の周囲に三つほどの薄いモニターを置かせていた。

 そのうちの一つは東京の国防省大臣室とつながっている。市ヶ谷台の国防省でも、大方の職員がテレビや個人端末で、夜を徹してカイザー戦に注目していた。

「遅くまでご苦労さまですな」

「久々に大臣執務室で朝を迎えるよ。そっちは盛り上がっとるじゃろう」

 首相である上田は国防大臣が長く、なにかあると「古巣」に戻ってくる。

 官邸や公邸ではマスコミなどに囲まれているが、官邸から地下道を通って国防省へ密かに抜けられる。

「広場はなんとか警備隊と警察が、暴動をくいとめてます。欧州に限らず世界中で小規模暴動は起きているようです。ともかくカイザーがセントリーを片付けてくれて、よかった。いよいよ直接対決やし」

 

 田巻たちのいる日本側ブースの反対側には、やはり豪華なクライネキーファー重工専用のブースがあり、政財界の関係者やハイル、マスコミ関係者など百数十人がつめかけていた。

 エーファ・フランケンシュタイン博士は小さな個室を与えられ、うすぐらい中でモニター画面を見つめていた。

「今はどこ」

「戦場近く」

 連絡している相手はかつての指導教官補佐、ステファニー・アンダーソン博士だった。どこへ行くにも運んでいる白い特殊リムジンの中から、連絡している。

 細身の運転手はいつもとぼけた笑みを浮かべている。やや不気味な男だった。

「さっき空港についたばかりよ。間にあってよかった。

 悔しいけど、あなたの作り上げたカイザーの戦いぶりをこの目でみたいのよ」

「だったらクライネキーファーのブースに来たほうがいいのに。

 バトルフィールドは警戒厳重ですよ。とても近づけない」

「ふふ、絶好の観測ポイントがあるのよ。秘密のね」

 エーファは不審だった。しかし今はカイザーのほうが気になる。

「もうすぐ第一次警戒線ですぜ、お嬢様」

「まかせて、話はついてる。問題はその先よ」

「そこから先こそ、おまかせください。へへ、ボーナスを頼みますよ」

「まかせて、その話もつけてある」

 新アウトバーンの先に、装甲車とバリケードが見え出した。その先には、黒い森が重く横たわっている。連邦軍の広大な演習地である。

 その黒っぽい森の中では、二体の人型戦闘ロボットが確実に接近しつつある。

 真奈の歩速にあわせてアンナもすすんでいる。すでにロケット砲は使い果たして、捨てている。三十八口径機銃の弾丸も、半分以下だ。あとは破砕手榴弾が数発ぐらいである。

 そしてすでに予備燃料電池は一つしか残っていない。内部電力はたっぷり残っているが、戦闘がはじまると急速に消費する。

「いいかい、短期決戦しかないよ。たとえ相手を倒せなくても、双方が動けなくなった段階で判定勝ちに持ち込めばいいさ。

 ヤツはのろいよ。山岳部での戦闘に持ち込めば有利だね」

「カイザーの電力消費のほうが大きいが、けれども遠望したところ予備のバッテリーはない」

「どうやって電力を得てるんだろう。まさか原子力じゃないだろうね」

「小型核分裂路搭載ロボットは禁止されているはずだ」

「戦闘ロボに原子炉つむほど、相手もバカじゃないよ」


 薄くらがりの中、空気は張り詰めていた。長身の貴族的な紳士は四十ぐらいか。端正な顔をゆがめ、たどたどしく弁解している。

「しかしジルヴェスター博士。われわれはできるだけのことをしています。

 まさかアンナがあそこまで優秀とは、想定外でした。カイザーのこともです」

「…弁解はもういい。最悪の場合、ゲームを無効にする方法もあると言ったな」

「それはすでに、手をうっております」


「カイザー、アンナの位置は確認したか」

 重いカイザーはアンナに比べ、ゆっくりと歩く。

「千七百メートルに接近。しかし横二十メートルに人間を確認」

「まかせておけ」

 少佐はユニ・コムの翻訳機能を使った。

「マナ・イオセ君。こちらはファイト少佐だ。そろそろアンナから百メートル以上はなれてくれたまえ。

 攻撃妨害は、ロボへのいわれなき攻撃同様、マイナス十点になるぞ」

 真奈は横を歩く戦友を見つめた。

「そう言うことだ。すこし離れるよ。いいね、直接対決はあんたに不利だ。その先の岩山に誘いこむんだ。ヤツは重く、急斜面とかは苦手だろう。

 ともかくまず、クソッタレの残弾を消費させる。戦略持久だよ」

「諒解した」

 アンナは速度を時速十キロ程度にし、東へむかいだした。その先には奇妙な岩山がそびえている。マグマが冷え固まった火成岩の、巨大な岩頸である。

 古代ではゲルマン人の神聖な場所とされていた。できそこないのコップを伏せたような形だった。

「アンナが進行方向をかえた」

「シュピールベルクへさそいこもうとしているな。よろしい。のってやれ。

 いいかカイザー、アンナは速力が武器だ。君の腕力と敏捷性にはまだ気付いていない。ともかく接近戦に持ち込め。それまでじっくりと粘ってもいい。

 アンナの電池が切れるまでな。できればあの美しい人形を傷つけたくない」

 不思議な景観の岩山を、アンナは軽々とのぼっていく。真奈もなんとかのぼれる程度の道らしきものが出来ている。

 カイザーは確かに山岳部が苦手だった。見かけによらず機敏に動き、木登りなどは得意である。しかし自重が重く、それを支える太く機械的な脚では、なかなか岩肌をのぼれない。

 ロボット化された二輪偵察車のほうが、まだ山道は得意だった。少佐も真奈同様、離れていてもカイザーが目視できる位置で指導したかった。岩山のふもとに陣取る。

「カイザー。アンナは一キロほど先だ。相手はこちらの弾丸を消費させるだろうが、長期持久に持ち込めばばアンナには不利だ。

 開闊地で一旦停止。見通しがきくうちに充電しておく。上空に呼ぶから待て」


「真奈、わたしが見えるか」

 アンナの声は南部の趣味で、可憐な少女のような音質だった。

「ああ。なんとかね」

「あなたの体温と脈拍が上昇している。急速が必要だ。

 カイザーも停止している」

 山育ちで体力自慢の真奈も、さすがに疲れていた。寂しげに微笑む。

「すこし休ませてもらうよ。ヤツはなにしてるんだい」

「ここからでは視認できない。歩行音はとまっているが、機械的な作動音が続いている」

「今のうちに、絶好の遮蔽物を探そう。

 いいかい。貴様はやや高台で身を隠し、攻撃は極力抑える。相手の弾丸を消費させるんだ。そのあいだは極力動かず電力を温存する。カイザーが前方斜面や側面をのぼってきたら、撃退できる程度の攻撃を繰り返す。いわば一人反対斜面陣地だよ。そんなことできるの、アンナぐらいしかないけど」

「企図は理解した。事前に読み込んだ地図によると、このさき五百メートル、高度差三十メートルのあたりに理想的な高台がある」

「よし、さきに行っていて。おいかける」

「ここに濾過殺菌した予備冷却水を二リットルおいておく。水分補給が必要だ」

「用意周到だね。誰の命令だい。菅野さんかい」

「赤穂主任技師補佐が、本社から指示した」

「そうかい……ありがたいね」

 真奈は彼女の不思議な優しさを、改めて感じていた。


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