第十章

 HAIL本部はミュンヒェン郊外にある。豪壮な新古典主義の建物は、かなりの広さをもつ、かつての帝国議会に似た建築物である。

 その中央部にある本部棟の地下には、うすぐらく大きなホールがあった。大理石の床中央には、マルタ十字に似た紋章が描かれている。

 クラウス博士は杖をつきつつやってきて、その十字架にむかって一礼した。

「グート・ハイル」

 もともとは選手どうしの「しっかりやろう」と言った挨拶だった。

「ふっふっ、グート・ハイル」

 後ろからついてきた紺色の制服の少佐も、まねて右手を握って左胸にあてた。

「少佐、そのうすら笑いはいささか気に障るな」

「はっはっは、これが地顔でして、博士」

「中将は君のことを優秀だが、傲慢な男だと言っていた。

 わたしは君の戦闘技能に期待しているが、我が技術指導監集団ハイルは名誉と品位を重んじる。そのことを肝に銘じておいてほしい。

 ただ単に勝てばいいだけではない。名誉ある勝利が認められる。不名誉、汚い勝利なら必要ない。わがハイルの名誉を汚す」

「存じ上げております。よおく。

 しかし……ドクトァ・フランケンシュタインはいかがですかな。国際情報ブローカーがアンナのデータを売りつけようとしたとき、それを買い取るべきだと申されたとか」

「あたりまえです。わたしの作り上げたカイザーがむざむざと壊されるなんて耐えられない。どんなことをしても勝つべきです。

 正義なんて、勝者だけが叫ぶことができるたわ言よ」

 二十代はじめの天才的ロボット技師は、いささか身につきすぎた脂肪を落とせば、それなりに美しいはずだった。しかし化粧すらしていない。

「エーファ。君はまだハイルの正式団員ではないが、我々の援助でインゴルシュタット大学院を出て、クライネキーファー重工の研究部に入った。そしてルカの誓いも立てた。

 我々の思想と理想は、理解してもらわなくてはならない」

「ええ。そのことには本当に感謝しております。

 確かに情報ブローカーに大金を払ってしまったユニバーサル・オートマトンは、ワシコングの破壊、辞退と言う最悪の事態になってしまったんです。

 あの汚い申し出を断っていただいたことには感謝しています。でもわたしは、戦闘マシンをつくったつもりはないんです。

 ワシコングは良心をもったロボット、機械人です」

「有能な技術者にありがちな、愚かしい感情移入だよ。過度のそれは技術の発展を阻害する。話したことはなかったかね。技術はなんのためにあるのか。

 人類のダーウィン適応を促進するためにのみあるのだ。技術のみではない。人類のつくりあげた文明の総てがね」

「そのことはよく、存じあげております。わたしもそれを信じている」

「わたしも、カイザーを特殊兵士として鍛えている。しかしロボットはロボットだ。兵士と言うか、兵器かな。戦士が優秀な兵器を大切にし、愛着をもつ程度にはカイザーを大切に整備するつもりです。あくまで出来のいい兵器としてね。

 特にご不満はないでしょうな。戦場に入れば、わたしの世界だ」

「………………ええ、それでけっこうです」

 フランケンシュタイン博士は、ハイル団員式に右手のこぶしを大きな左胸にあてて言った。

「失礼します。グート・ハイル!」


 立体映像通信も最近では進歩して、あたかも目の前に通話相手がいるかのように思える。かつての指導助手だったステファニーと話していると、天才技師エーファは癒される。

 彼女は新首都郊外の幹部用アパートでシャワーを浴びたあと、バスローブ一枚で好物のゼクトを飲んでいた。

 そこへステファニーからの連絡がかかってきたのである。

「あら、セクシーな格好ね」

 ステファニーは、どこかの研究室のようなところから連絡していた。目の前に、大柄な女性科学者が出現する。かなり疲れたようすだ。往年のハリウッド肉体派スターを思わせる。

「博士、ワシコングのことは本当にお気の毒でした」

「まんまとしてやられたわ。アンナ破壊に失敗したあとは、ワシコングが狙われたか。ハイルはえらいわ。汚い罠にかからなかった」

「こんなことを言いたくないけど、新日本機工にもそっちの会社にも、内通者がいるかもしれません。例の国際的な投機マフィアの」

「知ってる。ハイルだって同じよ、きっとスパイがいる。やつら、金のためなら原子炉の破壊だってやる。人が何万人死んだって儲けが大事。なんでも聖なる事業のための資金らしいけど。

 ともかく今度のバトル・ステーションでは大金が動く。アンナかカイザーか、奴等はどっちに勝って欲しいのかしら。

 もしアンナだとしたら、カイザーが危ないわ」

「警戒は厳重にしてます」

「バトル・ステーションを潰すわけにはいかないから、大っぴらな破壊工作はおこなわない。

 でも機能障害おこしたり、闘いの最中に戦闘力が低下するような、細かい工作をしかけてくるはずよ。充分気をつけて」

「ありがとう。掛け率はカイザーが有利だけどね」

「だからよ。アンナは一部の男どもには大人気、そっちでもファンクラブなんかできてるみたいね、笑っちゃうけど。

 でも賭け事は人気が高いほど、勝っても配当が少ない。アンナに賭けたほうが、リターンが大きいわ」

「……でもカイザーは負けない。負けられない。

 はじめはわたしの名を世界に知らしめたい、ハイルの援助にむくいたいって思ってた。でもいまは、ともかく負けたくない。

 いえ、カイザーが壊されるなんて耐えられないの」

「……わたしもワシコングが破壊されたとき、一晩泣き明かした。

 会社がどう言おうと、わたしたちは自動兵器をつくってるんじゃない。あたらしいタイプの、生命をつくってるのかもしれないな」


 パワーローダーがアンナのコンテナを、空港特別待合室前まで運んで立てた。菅野は暗証キーをおした。

「原田、西村。アンナを外へ」

 開発班の二人の技師がコンテナをひらく。アンナは目をつぶり、腕を胸のあたりで交差させていた。真奈がのびあがって、顔をのぞきこむ。

「アンナ、お疲れ」

 アンナは目をあけた。

「全機能中、戦闘能力と索敵能力以外の総てを回復中。二秒後に完了」

 アンナと真奈、新日本の三人は護衛の私服警官五人につきそわれ、日本政府が用意したロボット組み立て工場へとむかう。そこで大会委員会による審査を受ける。

 新首都グロス・ベルリンは、欧州経済復興期を象徴する一大経済刺激公共事業として計画された。モダン古典主義と呼ばれる建物で埋め尽くされたその街は、誰言うともなく「新ゲルマニア」などと呼ばれている。

 その郊外にある工場は、日本のオオワダ精機に部品を納入している。その工場の地下テスト場を、アンナのために借りてあった。

 そのことは極秘である。アンナは空港から大型ロボット・バンに乗り密かに工場に着いた。

 欧州連邦も目立たないように、工場周辺を兵で固めて厳重に警備していた。

 黒く大きな自動バン二台は、厳めしいゲートをくぐってそのまま地下入り口へとむかう。そこで菅野が係員とやりとりし、護衛の私服警官を下ろしてから地下ゲートをくぐった。

 地下の試験場は高さ五メートル、奥行きと幅は百メートルほどある。そう大きな施設ではないが、セキュリティーは万全だときかされた。

「ここがアンナのジムか。ま、悪くないね」

「アンナは部下が微調整に入る。その後審査だ。君はすこしやすまないか」

「室長こそ。自分は寝てましたし、訓練では五十時間山ん中でふんばってたこともあるよ。雷様に驚いて木から落ちなけりゃ、あと十時間はいけたな」

「あすには、予備シミュレーション。そしていよいよ本大会だ」


 十万人は収容できるドーム競技場には、十一万人以上が詰め込まれている。その周囲を、数倍の群衆がとりかこむ。そこここに立体あるいは平面のスクリーンが設けられている。

 アリーナへ通じる待機場所で、アンナののった飾り台に、カイザーののった台が近づいた。真奈はその銀色の巨人を見つめた。身長二百五十センチ。銀色のシンプルなボディーは、まるで抽象的な彫像のようだ。

 顔だちは一応人間らしいが、抽象的な彫像を思わせ、かつ無表情だった。アンナの完璧なまでに人間的な容姿のほうが、異常なのである。

 カイザーの脚は太く機能的で、腕も高性能工業ロボットなみに機械じみている。それでも緋色のマントをまとった立つ姿は、カイザー即ち皇帝の名に相応しい。

 いっぽうティーシャツ短パンツ姿のアンナも、カイザーとは違った熱気につつまれている。

 連邦軍警備兵がとりまく中、二つの台車は並行してゆっくりすすむ。

 民衆の歓呼の声が、ドーム競技場にひびきわたる。この光景を、世界人口の半分は見つめていよう。

 巨大ホール前の広大な広場をおおい尽くす観衆を見て、菅野はため息をついた。

「当然とは言え、すごい熱気だ。これで負けでもしたら、賭けていた連中のいかりがアンナに殺到しないかな」

「そのためにも、勝ってもらわな」

 競技場の上層壇にある特別貴賓室に入れる人間は限られている。一般の立ち入りは機械警備兵に阻止される。菅野も室田社長も驚いてふりむいた。

 厳重な警備をくぐりぬけて悠然とはいってきたずんりとした男は、統合軍令本部勤務をあらわす制服に、部隊略帽をかぶっている。そしていつもの仰々しい「かざりお」も。いまどき珍しい度の強そうな眼鏡をあげつつ、慇懃にあいさつした。

「室田社長、アンナも大変な人気ですな」

「田巻二佐、お着きでしたか。いつぞやはありがとうございました」

 温厚な社長が緊張して頭を下げる。田巻のうしろのやや長身の美女も、丁寧に頭をさげた。

「菅野さんには前にお会いしましたな。こちらはオオミワくん。

 ヤシマ重工の技術部から国の大会実施委員会に出向してはる」

「いや、田巻さん達にはたいへんお世話になりました。おかげでオオワダもヤシマも、日本のロボット産業界あげての応援。頼もしいかぎりです」

「アンナの半分以上は八洲や大輪田その他国内メーカーの部品。一部は外国の部品でしたな。ともかくアンナに勝ってもろたら、莫大な賞金がころがりこむ。日本政府としてもいろいろ大助かりやし。賞金だけの話やない。

 そして無論、御社の株価もうなぎのぼり。新国防整備三ヵ年計画の新規契約にも、おたくさんは決定的に有利ですわ。上田首相が内々オーケーしてはりますわ。

 そう言えば……あの元気すぎるトレーナーは、あいかわらずかな」

 菅野は窓の外を指差した。

「アンナの台車につきそってます。今回もきっと、彼女がやってくれます」

「菅野室長」

 田巻は近づいて、声を落とした。

「言うまでもないことやけど、ワシコングを機能停止に陥れた連中は、また次の攻撃をしかけてくるでしょう。

 それにどうやら、クライネキーファー重工の株が、買い集められてます。正体不明の投資ブローカーたちにね」

「例の世界平和クラブでしょうか」

「その手先でっしゃろ。彼らはカイザーが勝ってこそ大もうけ。アンナが勝ってもうたら、エラいことや。

 残念ながらやつらの狙いは、アンナやろな」

「田巻二佐、その、警備追加のほうは」

「もちろん、連邦軍とも協力して強化しております。

 それと室田社長、おたくにいてはった警備主任。確か矢島さんでしたっけ」

「ええ。例の侵入事件の責任をとって辞めてしまったのですが」

「なんか大会本部の警備部に雇われてはりますな」

「ああ、それはよかった。推薦状が生きたって連絡が来てたなあ」

「ライバルであるクライネキーファーに納品している会社の、警備主任に雇われたそうです。そこから前職の実績をかわれて、大会中央警備本部へ出向。

 しかしアンナのことをよく知ってはる人が警備についてる言うのは、心強い」

 田巻は特別貴賓室の大きな防弾窓から、「下界」を眺めた。警備員が押し寄せる群集をなんとか押し返し、アンナの乗る台が巨大な輸送車にもどっていくところだった。

「頑張りや、わが国の未来がかかってるえ」


 新首都グロス・ベルリンをはなれること東へ五十キロ。広大な森林につつまれた連邦軍の演習地に、二体の人型戦闘ロボは運ばれた。周囲は当然立ち入り禁止で、欧州連邦軍が取り囲んでいる。

 中規模国家の予算程度の金が動く大会である。さまざまな不正と工作が渦巻く。警備も厳重で、許可なく戦闘域にはいれば射殺されても文句は言えない。

 アンナは、黒く広大な森の端に作られた新日本側の本部で最後の調整を受けていた。軍事用の大型天幕とヘリで運んだ各種コンテナから形成される区域も、連邦軍が取り囲んでいる。演習地の北部には、シュピールベルクと言う奇妙な岩山が孤立してそびえている。

 菅野は、もういちど真奈にきいた。

「言っても無駄だろうな」

「ええ。無駄だよ。ファイト少佐も、戦場に入るそうだし」

「装甲二輪偵察車でだ。

 君みたいに軽装甲ハンツァーヘムトだけで入るわけではない」

 その軽量装甲服をきこんで、ベルトをしめた。

「自分が育てた戦友さ。生死はいっしょだよ」

「ついに南部病も悪化したか。わたしもかも知れないが」

 真奈はブーツをはき、祖父の形見と言う九九式短小銃を背負った。

「銃なんか、役にたつものか」

「おまもりです。第一相手のロボを撃ったりしたら、十点の減点ってことぐらい知ってるよ。

 最後のマタギだった爺ちゃんが、ひい爺ちゃんから譲られたものだって。世界最高水準のボルトアクションライフルだよ」

 クライネキーファー社のカイザーは、森を隔てて十数キロの彼方にいる。八時に双方が基点を出発し、お互いをさぐりあって接近する。

 そのあいだに障害や罠もあった。黒い森の広がるむこうに、とがったプリンのような形状のやや不気味な岩山がそびえていた。

 真奈は思い出し、荷物の中から赤い古びた布切れをとりだした。それを丁寧に三つにおってポケットにいれた。

「真奈、その布の意味は」

「南部先生の母親の形見。お守りだよ」

 こうしてアンナとそのトレーナーは、ブンカーから森へと出た。演習さえなければ、野生動物の多いのどかな森である。

「いい天気だね」

「気温二十度。湿度三十七。風速三メートル、東南東の風」

「途中までのせてくれるかい」

 真奈はいつものように肩車された。身長差は四十センチ近くあり、まさに大人と子供である。

「父ちゃんにこうやって、肩車されてたなあ……………」

 アンナは右の腰に単銃身機銃を構え、背中に円形弾庫を背負い、左手には連射ロケット砲をもっている。

 武器類の重さだけで、七十キロばかりになる。

「足元がわるくなって、沈みそうだったら下ろして」

「ロボ・セントリーが活動を開始した。五時の方向、七キロだ」

「第一の難関か。あれたおさないと進めないよ。

 本命はあくまでカイザー。こっちのダメージは極力少なくして」

「了解している」

 基本部分をユニバーサル・オートマトン社が、コントロール部をオオワダが開発したもっともポピュラーの自動警備装置「ロボ・セントリー」。

 ロボとはうたっているが、正確にはロボットではない。マシナリー、機械である。マシナリーは自分で判断はできない。良心回路を外したロボ・セントリーは自動化されたまさに兵器であり、人でもなんでも無慈悲に攻撃する。

 ただ民需用製品は特別に良心回路を搭載し、所轄機関の検査を受け印紙をはられ、民間用警備ロボットとして登録、市販されている。

 頭に円盤をのせた、四本足のバクテリオ・ファージ。そんな形状のオリジナルタイプが七基、この広く鬱蒼たる森のあちこちに潜んで、カイザーとアンナの妨害をするのである。

 これら自動兵器を片付けなくては、二体のアンドロイドは直接対決できない。むろんそんな自動兵器にダメージを与えられたのでは、その時点で敗北確定である。

「おろして、アンナ。セントリーの位置は」

「四基は確認した。

 二キロの距離をおいて、ここから三キロの弧状に展開している」

「弧状。とりかこもうってのかな。あとはカイザーにむかってるかい」

「不明。探査をアクティブモードにして音を封じている」

「そろそろだな。アンナ、これ」

 真奈は背嚢の中から、幅のある布を取り出した。中央にペンタグラムマの刺繍がある。

「頭につけて。星が真ん中になるように。そう。

 うしろで結ぶんだ。とれないようにしっかり」

 アンナは手を頭の後ろにまわして、無表情にもぞもぞやっている。

「どうした?」

「このポーズで、布を結ぶプログラムはない」

 真奈は噴き出した。アンナをしゃがませ、赤い鉢巻をしっかりと結んでやった。

「さてどうするか。カイザーとの距離は」

「真西。九時の方向に十八キロ」

「接近してるな。セントリーの妨害はないのかな。ともかくセントリーのうようよする森を突破しなくちゃ。

 早めにカイザーがセントリーと接触してくれると助かる。燃料電池は?」

「予備が四つ」

 腰に大型の魔法瓶のようなものが吊り下げられている。

「予備から消費する。外部電力に切り替えて。内部電力を逐次補填して、決戦に備えな」

「作戦は。迂回するのか」

「それしかない。でもセントリーとカイザーもこっちに集中するな。

 手近にあるセントリーの背後、カイザーがわにロケット砲を撃ち込んで。発射と同時に十一時の方向へ走るんだ。自分のことはほっといていい。

 セントリーは案外単純で、攻撃を受けたほうをまず警戒する。カイザーがわに注意をむけさせれば、そのすきに北から悠々と回り込む。

 急がなくていいよ。セントリーをカイザーに集中させるんだ」

「了解した」

 アンナは左腕で、大型連射ロケット砲を青空にむけて構えた。鋭い発射音とともに、赤い炎を噴出してロケット弾が飛んでいく。

「よし、行きな。自分はどこかで追いつく。通信モードは特秘にきりかえて」

 アンナは重い武器をもって走り出す。真奈も帝国陸軍の小銃を担ぎなおした。

 やがて黒い森の彼方で火柱があがった。数秒して爆発音がとどろく。すでにアンナは森の中へと走り去り、真奈からは見えない。真奈はユニ・コムではなく、古風なインカムを使う。

「どう、セントリーの動きはかわったかい」

「こちらアンナ。走行中であるために相手の正確な位置はわからない。五ないし六基のセントリーが行動を開始している。

 爆音の反響がおさまった時点で停止、相手の動向をさぐる」

 アンナは北へ大きく回りこむべく、時速五十キロほどの速さで森の中を走っている。こんな芸当は、他の人型ロボットにはほぼ無理だった。二本足で歩くという行為自体、機械にはむずかしい。まして走ることは困難である。

 やがてアンナは立ち止まり、片膝をついて耳をそばだてる。

「体内温度コンマ三度上昇。冷却材使用は不必要。聴覚最大モード」

 暗い森の彼方、南のほうから物音がきこえてくる。アンナの胸部人工頭脳につかっている素材は、熱に弱い。

 新型の冷却装置は小さいがゆえに、性能にやや不安があった。

「アンナより真奈。現時点での状況報告。ロボ・セントリー七基がこちらにむかって接近中。先頭のセントリーまで、約五キロ」

「!七基って、全部かい。砲撃が逆効果だったかな。カイザーはどうだい」

「発起地点から真東に一キロまで移動している。攻撃の兆候はない」

「カイザーに近いセントリーはどれぐらい?」

「推定できない。カイザーはもっとも密度の濃い森林を時速五キロで移動」

「森の中央突破。マンシュタイン突進のつもりかよ。でもセントリーが」

 真奈は嫌な予感がした。山育ちの野生児は、夜目が効き動物的な勘が鋭い。

「少しカイザーに接近しな。セントリーは極力避けるんだ。なんか変だよ。

ともかくセントリーをおびき出して、カイザーを認識させるんだ」

 アンナはまた立ち上がって、今度はやや南へと走り出した。


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