第六章


 その古城は十七世紀に建てられた。二十世紀末に資産家にかわれ、大幅に改造されていた。

 特に地下部分は時間をかけ入念に、そして秘密裏に拡充された。地下四階には核シェルターまで備わっている。地下二階は違法な武器庫だった。しかし地上部分はかえって創建当時のたたずまいが再現されている。

 そんな古風な大広間の大きな暖炉に、火が赤々と燃えている。

 背もたれの高い椅子にすわる金髪の紳士は、目の前に立ち上がった立体的なシルエットにむかって、緊張して話している。

 母国語は高地ドイツ語だが、今は英国式の英語を使っていた。

「ワシンコングに対する計画は順調です。ただアンナについては、基本プログラムを書き換えられました。発覚したのは痛手でした」

「……当然次の手は」

 シルエットは意図的に静かに、荘厳に語る。年配の男性の声だった。

「第二段計画はすでに開始しています」

「結局、カイザーにかけることになるわけか」

「はい。はじめのシナリオどおりです。ジェノイドの事故は想定していませんでしたが、おかげで工作資金が浮きました。

 しかしカイザーに勝ってもらわないと、我々は破滅寸前になります」

シルエットの人物はしばらく黙ってから、ゆっくりと言った。

「あらためて言うが、君たちに資金運用をまかせているのは、人類史をかえる大事業のために金がいるからだ。決して個人のためではない」

「それは…よくよく存知あげております、博士。ですから我々も手を汚しているのです。きたるべき、大いなる浄化の日のために」

 「博士」と呼ばれた人物は、一つ咳ばらいをした。

「物質文明、快楽至上主義文明は今世紀はじめに行き詰った。この世界的混乱は、現代文明の断末魔の表れだ。時間はさほどない。君達が新しい時代に生き残れるかどうか、この事業にかかっている。がんばりたまえ」

 空中の虚像は消えた。数人の男たちは、ふーと長いため息をついた。

 話していた金髪の男は、脂汗をぬぐった。


 東京築地。東海・東南海連続地震で東京はかなりの被害をだした。

 しかし日ごろの防災訓練のおかげで、犠牲者は少なかった。復興はようやく数年前に完成していた。

 築地にある旧同盟通信社ビルは、二十世紀後半におこった「高度経済成長期」の面影を今に伝える、数すくない建物の一つだった。

 その向かいに古風なたたずまいの料亭が、第二次世界大戦後から残っている。

 ここ料亭「佳つら吉朝」の奥座敷、完全防音で盗聴器その他を排除した隔離空間は、京間で十二畳。

 周囲の壁は日本風に「偽装」している。窓はないが間接照明で上品に明るい。この特別室の客は今夜も二人だけである。

 フィールドグレイの勤務服姿の、統合自衛部隊軍令本部情報統監部第十課長田巻己士郎先任二等佐官は正座のまま、猪口をあげた。銀色の参謀飾緒が揺れる。

 多くの参謀は外出に際し、この大層な飾緒を外す。田巻は外したり吊ったりするのが面倒で、ずっと吊ったままである。

「毎回バトル・ステーションは、ほんまに大金が動きまんな。国が一つ二つ買えるほど。オリンピックとちごて、露骨な賭け事やよって」

「そして血も流れるな」

 国防大臣兼首相上田哲哉はここ数年、内閣がかわっても国防省を支配し続けている。十数年前の防衛力再編成の立役者で、最後の防衛大臣でもあった。

「ローマ市民はパンとサーカスを求めた。今は派手なサーカスだけやから楽ですな。でも今度の第三回世界大会バトル・ステーションは、確実に世界経済に影響を与えますな」

「各国とも、どんなきたない手を使っても勝とうとするじゃろ。仕方ない。

 そう言えばなんか、このあいだ新日本機工でも事件があったそうだがや」

 田巻の亡き父は関西の私大準教授で、上田の選挙参謀だった。狡猾な心理戦で対立候補を追い込んで、愛知選挙区では無名に近かった上田を当選させた。以来、防衛大臣件副総理になるまで上田の「軍師」だった。数年前に病没している。

「ま、その件は表ざたにせんほうがよろしおすやろ。どこから聞かはったかは知らんけど。

 それよりも……例の追加資金です」

「クライネキーファー重工の株の件かね」

「ダミー会社を通じて買い進めつつあります。どうもユニバーサル社も同じことをしとるようで、株価が少しづつあがってます」

「そして当のクライネキーファーも、新日本の株を買い増しつつあるそうだがね。

まったく国際経済は複雑怪奇だなや」

「代理戦争って面もありますからな。

 ほんまにドンパチやるより、よっぽどましやし」

 上田はこの「謀略参謀」「陰険な策士」を信じ切っているわけではない。しかしうまく利用はしていた。本質的に小心者の二佐の、弱みも握っていた。


 アンナは手ぬぐいにつつんだこぶし大の石を、回しつづけた。やがて手ぬぐいを手放した。石は手ぬぐいにくるまれたまま、まっすぐに飛んで森の奥へと消える。

「ま、いいか。まっすぐには飛ぶようになったし。

 ちょっと休むね。今日は天気もいいし、山神さまも怒んないだろう」

 原生林の中に倒木があった。真奈は腰を下ろして水筒の水を飲む。

「アンナ、調子は」

「特に機能異常はない」

「……考えれば不思議だね。どうして芳江ロボは、異常な命令を同僚ロボに転送したのかな。そんなマニュアルはなかったらしいのに」

「わたしにも判らない。ロボ・ナースはプログラム以外の行動はとらない。自学自習能力、まして応用能力はない」

「まさか感情が芽生えるわけもないし。マンガじゃあるまいし」

 真奈はふと視線に気付いた。アンナが見つめている。

「なに? どうかしたのかい」

「警察に押収されたロボ・ナースはどうなったのか。

 赤穂技師が調べなおしたいと言っていた」

「多分、分解処分ね。かわいそうだけど、事故ったロボは処分が普通よ」

 アンナは無表情のまま立ち尽くしていた。


 坂本苑長は弁護士とのテレビ会議を終え、すこし疲れた様子で桃源苑裏手の家庭菜園へとやってきた。所内では禁煙なので、裏で一服しようとしていた。家庭菜園では、出荷タイプの標準的な顔をしたロボ・ナースが、花に水をやっている。

「芳江。それがおわったら新しい顔の作動状態を、下で一度見てもらえ」

「苑長先生、わたしの介護作業プログラムがまだ更新されていません」

「君はこうして、花を守り続けるだけでいい。君の身代わりにさしだした予備のナースは気の毒だが。親父が好きだった花だ。墓のかわりだよ。

 ……君の手の中で死にたかった。母と私を捨てた道楽親父の、それが最後の願いだったからな」

「お父上を、お好きでしたか」

「…かつては殺してやりたかったがね。無垢な君たちを見ていると気が変わった。

 親父は、女性にふみにじられて生きていたからな。わたしの母は医者だったが、たいした教育も受けていない仕事中毒の父を見下し、ついには捨てたんだ。

 親父が捨てたってのはウソだった。母がわたしを連れて乳から去った。父は母とわたしのために、働き続けたのにな。

 結局、それからは女性を信じられなくなったらしい……道楽三昧だった」

 「芳江」はロボ・ナース独特の微笑みのまま、花に水をやり続けた。

「わたしも串田さんを……」

 苑長はロボ・ナースがなにか呟いた気がした。

「なんだ、なにか言ったか」

「いえ、なにも申しておりません」

「そうか」

 坂本苑長は紫煙をふきだすと、紺碧の空を見上げた。

「親父、天国で芳江さんと仲良くな」


「アンナは、アンドロイドなんかじゃないんだ。わたしの作り出した、新しい時代のイヴなんだ。そして科学の産んだ女神だ………それなのに」

 南部孝四郎は乱雑な自室のベッドの上で目を赤くし、くどぐと同じことを繰り返している。ゆったりとした椅子にこしかけ、赤穂浪子は冷ややかに聞いていた。

「その話は何度も聞いたわ。そしてわたしも言った。

 なぜアンナが戦わなくてはならないかを」

 すでに二回が終わり、来月には第三回が開催される国際ロボット格闘技大会バトル・ステーション。その第二回の決勝戦で、日本代表ロボは中華連邦の伏兵ジェノイドに敗れた。

 そこで世界一、二の技術力と規模を誇る八洲電子制御、巨大銀行系の大輪田重工傘下のオオワダ自動精機、そしてやや小さいながら開発力に定評のある新日本機工の三社に日本政府は発破をかけ、第三回での日本代表ロボをえらぶべく国内予選を実施したのである。

 その結果、もっとも脆弱なアンナが「自分で考えて」優勝していた。トレーナー真奈の功績は大きい。

 国際機械格闘大会バトル・ステーションは単なるロボットプロレスでも賭けごとでもない。

 今世紀、ロボット産業はあらゆる技術と科学力の総合止揚の精華と言われている。ロボットの優秀さが、そのまま一国の国力と技術力、そして防衛力の指標となるとされているのだ。

 アンナ開発計画には、国の支援も相当入っている。新日本の、まして南部個人の意思だけではどうしようもない。

 南部はかつて、アンナとの「駆け落ち」すら企てていたが、無駄だった。

「ともかく、アンナが生き残るためには勝つしかないのよ。アンナを強くできるのはあの魅力的な山女と、あなただけ。

 そしてあなたを支えてあげられるのは……」

 浪子は不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。

「この会社はまだ先生の技術力を必要としている。そして日本国政府は新日本機械工業を影響下におこうとしている。

 なぜならあなたは、この国の重要人物になりつつあるもの。多少のわがままは許されるわ」

 赤穂浪子は年に似合わぬ不思議な妖艶さをもっている。そして一度悩ましい目でふりかえると、「おやすみなさい」と言って出て行った。


 真奈は夜中に喉がかわいたが、小さな冷蔵庫になにもなかった。ガウンをひっかけて宿泊棟のエレベーターわきにある販売機へむかって歩いていた。

 化学物質に弱い彼女は、よくミネラルウォーターを買う。

 ふと窓の外を見ると、向かいの幹部棟二階にある南部の自室から、赤穂技師が出てくるのを目撃してしまった。

「あ、朝帰り? まだ夜明けには時間があるわね。

 それにしても、あの人いったい」


 朝早くおきてランニングをする真奈だったが、今朝にかぎって寝過ごしてしまった。明るい幹部食堂でおそめの朝食をとっていると、「いいかな」と取締役の菅野開発室長が正面に座った。

 真奈は朝から肉や野菜などをたっぷりととる。統合自衛部隊ジャスト以来の習慣か、大盛りの白米にいろいろとふりかけて食べている。

 それを男性的な、いや山のマナーで瞬く間に平らげる。ほとんど噛まない。

 菅野はいつも、甘いカフェ・オ・レにクロワッサンぐらいである。近くの町で一人暮らしだが、朝食は会社でとることが多い。若くハンサムな役員なのに、浮いた話もない。

「アンナの基本行動はあっという間に回復したな。さすがだ」

「超並列型基本コンピューターのほうは消去しても、人工ニューロン脳のほうには記憶が残ってます。そこがアンナのすごいところだよ」

「まったく二つも人工脳なんて必要なのかと、最初は予算認可をしぶったがなあ。

 南部大先生もたいしたものだ。それに赤穂技師がきてからなんて言うか、安定してる。変な言い方だけど人間らしくなっている。むかしはひどかったよ。君も苦労したろう。

 三日に一度は風呂にも入らされているみたいだ。

 あいかわらず会議とかはまったく出てこないけど、このあいだは社長の訓示の場にあらわれて社員が動揺してたな」

「……浪子さんって、なにものかな」

「会長の知り合いの娘さんってことぐらいしか判らない。

 正直、我々もとまどっている。なんかタブーに近くて。美しく優秀だがね」

「でも南部先生が、すっかり言うこときいてる。なんか支配されているみたい。

 はじめはとっつきにくいかなと思ってたけど、アンナのことはとても大事にしてるな」

「不思議な子だ。若くして大学も出てるし、国家認定一級工学技師もとってる」

「若く美しきマイスター様か」

「出現したのは二月ほど前。朝の幹部会議で突然社長が発表した。

 紹介する室田社長もとまどっていた。でもあのとおり優秀だし、南部もなぜか素直に言うことをきいている。ありがたいけど、不思議な話だ。

 こんどのバトル・ステーションだって、さんざ嫌がっていたのに、赤穂くんが説得したんだ」

「いろいろと謎めいた人物だね。顔立ちは確かにアンナに似ているし」

「これも噂だが、何ヶ月か前に彼女は事故で大怪我をしたらしい。その事故にわが社の誰かがかかわっていて、いわばお詫びとして彼女をひきとったとか何とか」

「とてもけが人には見えないねぇ」

「彼女は自室で定期的に圧縮注射をしている。なんの注射かは判らないが。

 誰かが腕の注射あとに気付いたんだ」

「謎めていてつっけんどんだけど、自分のことは評価してくれているみたい」

「でもガチガチの技術至上主義だ。君や南部みたいに、アンナに人格なんて認めない。本当に例の『ハイル』にでも入ったほうがいいかな」

「ハイル?」

「知らないのか。あいかわらず世界情勢にうといな」

 技術指導集団ハイル。「H.e.i.L.」と略す。欧州の先端技術親方ギルドである。

 ドイツ語ではDas Hauptquartier der europäischen industriellen Leitungとなる。

 欧州共通通貨ユーロの崩壊で大打撃を受けたドイツ連邦は、経済回復のために科学技術の振興に全力を投入した。成長と技術革新こそ「救い」と信じて。

 そんな中、ハイルは各産業界のトップ技術者の意見交換会として発生した。その後は科学技術と関連産業の隆盛に従って巨大化、そして秘教化している。

 根本「教義」は、科学技術の発展こそ神の意志であり、科学の進展こそが世界平和と人類の幸福につながる、と言うものである。

 「白衣のイエズス会」とも呼ばれている。

「最大のライバルかもしれない、カイザーを生み出した技術騎士団。いや、科学技術に使える僧兵部隊かな」

「南部先生とは違った意味で、厄介そうな相手だね」

「相手もアンナのことを、厄介なライバルと思ってるさ」


 新型のダクテッドファン機「あまこまⅡ型改」の調子が悪く、今日は樹海や山岳地帯ではなく、地下の実験場での訓練となった。

 広めの体育館ほどの空間がある。兵器の試射などにもつかえるが、今日はバリケードや仮設家屋などが作られている。

 アンナは訓練用軟鋼弾のつまった、二十二口径軽機関銃二丁である。身にまとうのは短いパンツと、軽量個人装甲パンツァーヘムトだけだった。

 真奈は別室の仮想立体スクリーンの中で、アンナを観察している。

「いつも通りに落ち着いて。って、あんたには必要なかったね」

 突然出現する量産タイプのロボ・セントリー。アンナは人間に擬したターゲットをたくみにはずし、銃撃する。

「模擬弾は跳躍がはげしいよ。人質に流れ弾があたると減点だよ」

 前世紀から世界各地で使われている性能のいい支援機関銃だが、三百発入りの特製弾倉をつけると相当な重さになる。アンナは平気で、竹箒のように構えている。

 街角に見せかけたもの陰から飛び出した影。巨大なキノコから四本の脚がのびたような一般的警備マシンだが、その前部にマネキンを抱いている。人質のかわりである。

 両手に軽機関銃を構えたアンナは、発砲をとどまった。しかし「敵」は模擬弾を乱射してくる。アンナのプロテクター「パンツァーヘムト」が火花を散らす。

 とっさに柱に身をかくす。別のセントリーも、「人質」をたてに近づいてきた。

 アンナは軽機関銃一つをたてかけ、一つを両手でもって駆けだす。正面には二基の攻撃ロボが待ち構えていた。二体のマネキンをたてにしている。

 アンナには撃てない。アンナはパンツァーヘムトに火花を散らしつつ突進する。

 そして助走をつけて飛び上がった。

 身長の倍ほど、四メートルほどを飛び上がりつつ前に回転し二体の上を飛び越え、背後に片膝ついて着地した。間髪おかずふりむき、方向をかえようとしていた自動警備マシンの「背中」に訓練弾丸を浴びせかけた。

 激しく火花が飛び、電気系統に障害がおきる。しかしまだ動いている。

 またアンナは突進した。敵がふりかえりきる前に、ありったけの模擬弾丸を自動警備マシンに浴びせかけ、突進をつづける。

片 方のセントリーにぶつかり、かけぬけた。人形をかかえたセントリーはバランスをうしなってよろめく。かけぬけざまにアンナは、軽機関銃を片方のセントリーの「脳天」に振り落とした。

 頭頂部の電子脳は確実にダメージを受けた。


 三体目の訓練用セントリーがさかんに発砲してきた。アンナのパンツァーヘムトが一部こわれる。アンナは軽機関銃を撃ちつくすと、右手で肩の上に構え、槍のように投げつけた。

 セントリーは宙を飛ぶ軽機関銃を正確に撃ち続け、分解してしまう。

 硝煙と土煙が障害物のあいだにたちこめ、視界は悪い。アンナは飛び上がり、民家に擬した仮設建物の屋根を走る。

 セントリーの放つ軟鋼弾の赤い光点が、アンナの足元の屋根を破壊していく。アンナは隣の建物の闇に飛び乗って、そのまま屋根を破って建物の中に転がる。そこにはまだ弾丸の残った支援機関銃が置かれていた。

 すばやくそれを構えると、薄い壁を破って弾丸がアンナを襲う。アンナは走りつつ、半ば壊れ破れたパンツァーヘムトを脱ぎ捨てた。下は裸体である。

 セントリーの射撃は執拗に続く。障害物や仮設建物を破壊して行く。たくみに身をかわしつつ走るアンナ。その様子は各種カメラにモニターされている。

 真奈は立体映像の中で少し興奮していた。

「そうだよ、まともにぶつかっちゃだめだ。間接的アプローチが基本だよ」

 背後から助走をつけて飛び上がるアンナ。ロボ・セントリーの頭上で一回転し、ちょうどその真上で逆立ちする形になった。

 片手で頭上に掲げた支援機関銃を発射し続ける。セントリーの楕円形の頭脳部が、火花につつまれる。軟弱な弾丸とは言え、防護カヴァーにかなりのダメージを与えた。

 回転しおえて地面に着地したアンナはすぐにふりむき、残った弾丸をセントリーに浴びせかける。セントリーも発砲するが、弾丸はあらぬ方向へ飛んでいく。そのまま撃ち続け、巨大な弾倉もついに尽きてしまった。

「アンナより真奈へ。三号の攻撃力を無力化した。攻撃を続行するか」

「いやいい。修理班がまた泣くよ。さきの二機も、もうまともに攻撃できない。

戦闘ってのは相手の攻撃力を奪えばいい。充分だよ」

 薄暗いモニタールームにいた真奈は、ユニ・コムで訓練終了を伝えた。明るい廊下に出ると、大型のモニターが壁面にとりつけられている。そのまえに立ち、くいいるようにアンナの様子を見つめている赤穂技師に出くわした。

「浪子さん……」

 ふりむいた赤穂浪子の目は、赤いように見えた。

「なるほど、自学自習能力にくわえ多少の応用力もあるみたいね」

「赤穂さんの新しい基本プログラムと古今東西のあらゆる戦闘データのおかげさ」

「謙遜しなくていいわよ。せいぜいアンナの美貌を台無しにしないよう、しなやかな戦闘技法をしこんでね。南部博士を悲しませないようにね。

 それにアンナに無様な戦いは似合わない。わが社のシンボルですもの」

 と去っていく。真奈をライバル視しているわけでもなさそうだが、真奈はどこか危険な視線を感じていた。


 訓練のあとの習慣で、真奈はシャワーをつかった。小柄で肩幅がある。豊かすぎる胸をささえるためもあって、肩や腕の筋肉が発達していた。

 熱いシャワーを浴びていると、視線を感じた。ふりむくと隣のブースとの仕切りの上から、赤穂浪子の顔がのぞいている。

「シャンプー、そっちあるかしら」

「あ、はいはい」

 と真奈は手をのばしてシャンプーをわたした。

「背は高くないけど、脚は長いのね。太いけど、丈夫そうな足」

「……どうも」

「ふふ、それに男がよだれたらしそうな肉体ね」

 妙な趣味でもあるのか、とも思った。そう言う波子は細身で背が高く、足が長すぎる。モデルになってもおかしくなかった。



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