第四章

 老人は、「彼女」の腕の中で息をひきとった。かつての恋人の面影を見つめつつ、意識が遠のいていく。それで満足そうだった。

 海鳴りが聞こえる。朝風は心地よい。

 幼い頃から親しんでいた汐の香りと海の音。そして海からふきつける強い風。その海風は老人の体温を確実に奪っていく。しかし老人は幸せそうな表情だった。

「芳江、思い出すね。若かった、わしは。そして無謀だった。

 ……おまえはいつまでも、変わらないね」


 朝、海岸をひと走りしてから五百瀬真奈は本社工場にもどってきた。

 この年の梅雨は長引き、一部では冷夏とも言われている。朝晩は風がまだ冷たい。しかし黒いシャツと迷彩ズボンに軍靴と言う一年通して同じ格好で、正面ゲートをくぐった。

 これもいつものように工員用のシャワーで汗を流し、普段は閑散としている幹部用カフェテリアに入った。部長以上はたいてい家で朝食をとって出勤する。

 朝からどんぶりに山盛りの飯をもらう。夕食並の朝食を、広いカフェテリアのすみで山の作法で食べていると、コーヒーの馥郁たる香りが近づいてきた。

「よく食べるのね」

 メガネをあげつつ赤穂浪子技師がやってくる。身分は主任技師補佐である。

「いいかしら」

 と真奈の前にすわった。朝から着ている、純白の白衣の前が少しはだけた。その下は黒い下着一枚らしい。細身だが胸の谷間もそこそこある。

「あなたのかわいいお弟子さん、脚もすっかり馴染んだわ。また鍛えてあげてね」

「南部先生、落ち着いたかい」

「二晩ほぼ徹夜だったけど、さっき寝たみたい。わたしも寝なおそうかな」

「失礼だけど、赤穂さんは南部先生とどう言うご関係なんすか」

「……主任技師とその補佐役だけど」

「あれほど他人を信じない、近づけない人がねえ」

「……恋人、と言ったら驚くかな」

「信じられないよ。アンナに似ているとは思うけど、大先生は生身の女ダメだよ」

「案外、アンナのモデルはわたしかな。あの人の生い立ちって、知ってる?」

「美人占い師のお母様にそだてられたけど、学生の時に事故で亡くなられたとか。

 早くに家を飛び出た親父さんはまだご存命で、教育を支援してくれたって」

「十で神童、二十歳で天才。三十すぎたら狂気の科学者。

 家族も友達もなし、人嫌いの大変人。でもこの会社にとってはなくてはならない、大切な主任技師、研究者。

 そしていまや世界的なロボット技師。確かに天才的ではあるわね。

 わたしはその、おもり役かな」

「それは大変な役目だね」

「あなたのほうがまだ楽かな。アンナは優秀でしょう。美しく可憐で。

 機械じかけの人形と判ってても、嫉妬しちゃう」

「アンナは……」

「人形じゃない。先生もいつもそう言ってる。新時代の女神だそうよ。

 でもロボットはロボット。パーツが壊れれば取替えできる。最近は人間でも、人造臓器が発達しているけどね。コア・メモリーに全記憶を保存すれば、電子脳髄だって再生可能だわ。

 でもアンナはあくまでプログラムで動く。自学自習能力は備えているけど、意識はない。まして自我にめざめたりなんて、マンガみたいなことは絶対にないのよ」

「アンナに搭載されている新式ニューロ・コンピューターが発展すれば、やがて自分で考えられるようになると聞いてますよ。

 いや、実際にアンナは時々自分で判断してる」

「自分で考えているように見えるだけよ。ヤゴローだって、自分で考えて自爆したように見えるけど、周到に隠されていた自爆プログラム通りに動いたのよ。

 ヤゴローをあやつっていたプログラムには、十数種類の自爆パターンがあった。

 なんと良心回路の無力化までね。その中に、ガソリンまたはそれに類する燃料のタンクが身近にあればつっこめ、って言うのがあったわ。

 ヤゴローはそれに従っただけ」

「でもアンナは」

「どうして精神が、自意識ができたかわかる? 大脳の発達と同じく、ダーウィン適応のためよ。ロボットは適応する必要もない、機械よ。

 機械は文句を言わないし、消耗すれば取りかえられる。でも人間はそうはいかない。脆弱だし、いちど死んでしまえばそれっきりなの。哀れなものね」

 と立ち上がった。見下しているわけではなさそうだ。少し悲しげだった。


 アンナ用につくられた屋外訓練施設は、各種障害物が人間用のものの三倍程度の大きさとなっている。それでもアンナは高い壁をなんなく飛び越え、すばやく丸太をわたり泥の中をくぐって訓練をつづける。

 見守っていた真奈は少しうれしそうだった。

「貴様の利点をまた一つみつけた。汚れにつよいんだ。そんだけ泥だらけになっても、まったく機能低下していないからね。さ、少し汚れを落とそう」

 アンナは近くの小川に、戦闘服ごとつかった。

 真奈も軍靴を脱いで足を水につけた。

「冷たいけど、気持ちいい。今年は妙な夏だね。そもそも夏は来るのかな。貴様は大切な撥水人工髪をよくあらっとくんだよ。

 風呂にはいる必要はないけど、こまめに洗わないとなんないよ」

「赤穂技師は、わたしが無駄な教練を続けていると言っている。

 過去の膨大なデータをインプットする方を優先すべきだ、とも」

「……あんだけ南部のダンナの近くにいながら、貴様のことを判ってない。いや、判ろうとしていないのかな。それにしても不思議な女よね。

 自分のことを敵視しているわけじゃないけど、妙に冷たくって。それでいてあのキテレツな大先生を、なんか守ってる」

 アンナはシャツのまま、ドロをすっかり落としてしまった。

「別に乾かさなくてもいいね。いま、迎えに連絡した。

 早めにきりあげて、ゆっくり整備してもらおう」


「ようこそ、連邦国防大臣」

 ヴェルナー・クラウス総裁は、初夏でも薄手のインヴァーネス・コートを羽織っている。

 トシよりもふけて見える上、ぼさぼさの髪がなにやら狂気じみて見える。

「わが『ハイル』が総力をあげて開発した、世界最高のヒューマノイドです」

「莫大な予算をかけただけのことはあるのでしょうな」

「では実物をごらんください」

 ポーランド領ペーネミュンデのクライネキーファー重工地下工場は、一見森にかこまれた普通の精密機器工場に見える。

 環境と島住民に配慮した、明るくモダンなものだ。しかしその「本丸」は地下に広がっていた。国防大臣とその秘書と護衛、クラウス総裁とその秘書兼ガードが、全自動リムジンにのって地下へむかうトンネルへと入って行く。

「本日は、お忍びとは言え、少ない警護ですな」

「この地下大要塞、電子の迷宮でなにか危険なことでもあるかね」

「恐れ入ります」

 小さな倉庫程はある大型リフトに車ごと乗り込み、後部座席で並んで座るクラウスと大臣。ふとった大臣は、つぶやいた。

「カイザーか。ちょっと傲慢な名前かな。」

「皇帝ではありせん。攻撃集約型自己制御ロボットの略です」

 K.a.i.Se.r.と書く。

 Keinekiefer aggressiver, intellektueller Selbstbeherrschungsroboterの略である。

「ほう、アンナ同様自学自習能力をもつわけか」

 大臣は電子書類を見つめる。立体写真で、二十代半ばほどのやや肥えた女性があらわれた。

 赤みがかった栗毛が印象的である。美人とは言い難いが、愛らしい顔だった。

「エーファ・フランケンシュタインか。この若さで技術監集団ハイルの一員とは」

「ワシコング開発にかかわったアンダーソン工学博士の指導を受けていました。

 インゴルシュタット工科大学きっての頭脳です。そして我らの聖ルカの宣誓式を受け、団員見習い中です」

「カイザーの性能は、あのアンナを上回ると聞いたが」

「応用判断能力と走行能力以外はそうです。アンナは不必要に人間に似せている分、かなり不利ではあります。

 しかしアンナはあなどれない。ミナベはまさに天才です。あと、例の国際情報ブローカーがまた妙な動きをしていることも、気になりますな」

「そっちのほうは連邦情報局でも頭を悩ませている。背後に世界平和クラブとか言う過激な闇投機集団がいるのは、確実だ。

 そしてやつらは各国の政策まで左右できるほど、影響力をもちつつある。

 極めて危険な存在だが、容易に手が出せん」

「世界平和クラブについては、もっと恐ろしい噂もありますが、それはいい。

 我らにとって、来たるバトル・ステーションは聖なる神事。妨害する者は断固排除するのみです」

「その戦闘教官の選定だが、やっとフォン・レビンスキー上級大将がおれた。

 ファイト少佐という、空軍空挺特殊部隊のトレーナーだ」

「それは助かります。わがハイルは技術力に特化したマイスター集団。戦闘兵器を作り出せても、軍事教練を指導できる人間はおりませんでな」

「プライドが高い少し厄介な人物らしい。あの上級大将ももてあますような」

「けっこう。わが同志も、偏屈な者が多いですからな」

 リフトは最下層についた。

「いよいよ、皇帝陛下におめどうりか」


「警察に、菅野さんが?」

 真奈はこの日の教練を早めにきりあげて、新日本機工に戻ってきた。メンテナンスを依頼しようと研究施設へむかったところ、赤穂技師に呼び止められた。

「わたし今から事故現場に行くの。警察の検証は終わってるから、入れると思う」

「どこへです?」

「アンナにもかかわるところだから、いっしょに行く? 近くの介護施設よ」

 浪子は半自動社有車を出した。近所ならば行く先を告げるだけで行ってくれる。

「うちの得意先の一つ、全自動老人介護の高級ホスピス、桃源苑よ」

「なにがあったんだい」

「アンナの原型になったロボ・ナース『小夜』が、介護している老人を死なせたらしいの」

「事故で? でも前にもロボ・ナースで事故はあったろう」

「……意図的なもの、つまり殺人かも知れない」

「馬鹿な! ロボ・ナースはプログラム通りにしか動かないし良心回路があるよ」

「菅野さんは警察に行ってる。なんでも、衰弱した老人を海岸に連れ出して、夜明け前の海風に当て続けたらしいわ。夏が近いとは言え夜明けの風は冷たい。

 被害者は体温が低下して、死亡だって」

「……なんでそんなところへ。絶対安全なロボ・ナースが命を奪うなんて」

「そう、アンナの原型はそのロボ・ナース。大きさこそ違うけど、強力な腕や脚はわが社の主力製品、『小夜』が基本になっている。アンナはその強化版よ。もっとも小夜のボディーは、元々クライネキーファー社のライセンス生産だけどね。

 ロボ・ナースの腕と脚は強力なの。いざと言うときは患者を抱えたまま壁を破ったり、自動看護ベッドを動かしたりできるようにね。

 それだけに、ロボット三原則のプログラムは徹底されている。厳重な国の検査を受けないと、出荷もできないのよ。

 良心回路は一つづつ封印されているし、はずすと機能停止するの」

「じゃあ……なんで」

「それを調べに行くのよ。アンナの原型が殺人ロボットだとしたら、わが社の存亡に関わる大事よ。いま社長がなんとか、機能またはプログラムミスってことで処理しようとしている。

 ことを荒立てたくないけど、もうマスコミもかぎつけてる」


 どこかギリシアの神殿かやすっぽいホテルを思わせる、金がかかっているのは確かだがいささか品のない豪華ケア施設「桃源苑」についた。

 すでに警察の現場検証も終わり、夕方近くでもありマスコミもほぼ帰っていた。 菅野は警察でいろいろ聞かれたあと、会社に戻っている。政治的かけひきのおかげで、家宅捜査はまぬがれそうだった。

 施設の苑長は、坂本と言う五十前の少し陰険そうな医学博士で、高そうなスーツを小粋に着こなしている。しかし朝からの対応で疲れていた。

 二人は苑長室に通された。

「朝から同じことをしつこく聞かれて、つかれているんだがねえ」

 真奈はこんなとき、どう言っていいかわからない。しかしまだ二十歳すぎである元神童は、年長者でもたじろぐほどしっかりとした話し方をする。

「つまり日課であったその串田さんをこう抱いて、ロボ・ナースは海岸まで行った。いつもの時間より二時間以上早く、海風のふきすさぶなか。そうですわね」

「日の出を見たいとでもいったのかな、我儘な人だったから。

 呼吸器疾患だったのになあ」

「そのロボットはどうしてます」

「芳江なら、警察が押収した」

「芳江?」

「きかなかったのか。この施設では入居者の好みにあわせて、名前をつけてます。 また特別サービスで、ロボを独占できます。串田さんは特別室にはいってたので、顔まで好みにあわせて作り変えられます。

 串田さんは本気で、芳江を愛してたからなあ、残念でしかたない」

「芳江ってのは、その被害者の奥さんかい」

 ぞんざいな言い方の山女を、苑長はにらんだ。

「初恋の人かな。若い頃はかなりの遊び人だったらしい。

 妻子をおいて女と駆け落ち。家には資産を残していったらしいがね」

「それで、基本プログラムは解析しましたか」

「警察からは証拠に手をつけたと大目玉。特にプログラムミスはなかった。

 君んとこの小夜型は十二体使っている。入居者の個人データを別にすれば、基本プログラムはすべて同じだ」

「では、他のロボ・ナースも同じ行動をとる可能性もあるわけですね」

「基本プログラムは君んところで仕込んだんだ。こっちがききたいよ。

 警察もすべてのロボを押収したい、なんていいだした。ではケアできず、老人達が次々と死んだら責任とってくれるかといったら、あきらめたが」

「個別プログラムを書き換えるときに、なにかミスったってことはないのかい」

「それを警察が調べている。ただ大事故につながるようなミスはありえない。

 ロボ・ナースは各老人の情況を、こまめに通信連絡しあっているからな。お互いバックアップしあってる。

 そして老人達は左腕に常にアラームをつけている。それで体温、脈その他を監視しているし、いざと言うときは警報にもなる」

「串田さんはそのアラームを」

「押さなかった。押せなかった状態なのか。

 串田さんの心臓が停止して、こっちの警報がなった。職員があわてて海岸にむかったとき、芳江は停止し串田さんは冷たくなっていた。

 心臓が弱っていて、蘇生は無理だった」

 真奈は悲しげだが、浪子は冷ややかである。

「ともかく警察の調査が終われば、こちらでロボをひきとって調べます。

 それまで、ロボ・ナースの運用は」

「停止は出来んよ。これは芳江にだけおこった不幸な事故だ。君の会社を非難したりはせん」

 二人が会社に戻るとき、もう暗くなりかけていた。

 菅野から連絡が入り、車にのる真奈たちの前に仮想画像が立ち上がった。

「製造番号七三三号は科学警察に送られる。当分はかえしてもらえないから、プログラムデータをコピーさせてもらった」

 浪子は画面に顔をつっこみそうになる。

「行動記録はどうです。串田さんが死亡したときの状況は」

「それが、記憶されていない。なんでもあわてて職員が、主電源を切ったそうだ。 それからデータボックスを抜き出して、落としてしまったとか」

「……なんですって」

「プログラムは大丈夫だ。妙なバグがはいってないか警察でざっと調べたが、問題はなかったみたいだ」

「妙だね。プログラムに異常なし。行動データは消えてるか」

「ともかく戻って、協議しましょう」


 真奈は昼間の疲れもあって、早々と眠ってしまった。夕食も大量にたべ、高いびきである。いっぽう波子は研究室でおそくまで、プログラムをチェックしていた。

「まだやっているのか」

「菅野さん」

 浪子は顔をあげた。目が赤い。

「うまく履歴を隠してますが、その日の行動プログラムを抹消してありますね」

「?どう言うことだ……」

「警察にロボ・ナース芳江を引き渡す前に、その日の追加プログラムを抹消した形跡がありますね。都合の悪い命令なんかを」

「串田さんの体温低下による死は、なにか間違った命令を追加したために起きたことか」

「ロボ・ナースに意思はありません。またロボット工学の三原則も組み込まれている。串田さんに危害を加えるような命令は、実行されません。

 しかし危害を加えるかどうかわからない命令を、判断する能力はありません。たとえば、いつもの注射の量をわずかに増やす、と言ったような」

「人間の医師でも、まれにミスするからな」

「芳江ってロボ・ナースは」

 菅野は真奈の声に驚いてふりむいた。下着一枚に、バスローブのようなものを羽織っている。厳冬期でもないかぎり、たいてい下着だけつけて寝ている。

「患者が死んでも、ボサッと海岸に佇んでいたんだろう」

「起きてたのか」

「いえ、のどが渇いて食堂へおりてきたら、室長の後姿が見えたので。

 その串田さん専用のロボって言うのはさ、海岸で老人をだっこしたまま、海風にさらしたんだろう。初夏とは言えこのところ朝は海風が寒いよ。

 なぜそんな真似をしたんだろう」

「串田さんって我儘な人の日課だったみたい、朝の散歩はね。自動車椅子では砂浜は無理。だから遊歩道からは、時々抱いて海辺に運んだみたいね。

 あの日はことのほか海風が強かった。肺や心臓を患っていた老人には命取りだったのよ」

「ならまさに事故だよね。ロボ・ナースに責任はないさ」

「謎はまだあるわ。串田さんは戻ろうって命令しなかったのかしら。

 ナース芳江は、串田さんの体温低下と脈拍低下を観測してたはず。しかも状況は他のナースにも送っていたって。

 それでなにもしなかったのかしら。もしも抱いているお年寄りが戻ろうと懇願しても、それを拒否する命令がプログラムされていたとしたら」

「! あの施設がそんな命令をプログラムして、そして消したと言うのかい」

「赤穂くん。軽々しく人を疑うべきではない。串田さんは自分が死につつあることが、わからなかったんだろう。ただ海を見つめていた。ロボ芳江は体温と脈拍の低下を心配して戻ろうとしたけど、串田さん自身が拒否した可能性もある」

「なぜそう思うんですの」

「入居者の左腕には、ユニヴァーサル・コミュニケーターのかわりに、軽い腕輪がはめられている。体温その他をモニターしつつ、いざと言うときには表にボタンがついている。老人でも、蓋をはずして押せばすぐに連絡が行く。

 串田さんはそれを押していない」

「緊急プログラムはなかったのかな。串田さんがなにも言わなくても、死にそうならなんとかするだろう、普通」

「……その緊急プログラムが、無力化されていたとしたら」

「つまり、海辺で強風にふかれて死につつある老人を、無視しろってかい」

「動機が不明だ。串田さんは人生の後半に投機で成功した、そこそこの資産家だ。 ただし若い頃に家族を捨てたとかで、家族はいない。あの施設にとっては、特別室を使ってくれる大切なお得意様だ。死なせてしまっては大損害だろう」

「施設にとって、わがままで厄介な爺さんだったのかな、始末しちまいたいほど」

「ロボ・ナースだぞ。どんなにわがままで自分勝手でも、ロボットには関係ない」

「じゃあなぜ、追加プログラムを書き換えたのかしら。

 いまのところ一番考えられる可能性としては、緊急対応プログラムが意図的ではないにしろ、正常に対応しなかった場合です。

 心肺停止の通報であわてて職員がかけつけた。蘇生が間に合わず。警察には通報するが、緊急対応プログラムの不具合を密かに急いで修復。

 その修復記録と行動記録を、手違いと言う形で抹消。こんなところかしら」

「なんか、すこく説得力あるね」

「……警察のほうでも、一部データの抹消ぐらい判るだろう」

「科学警察はデータ精査を下請けに出しているはず。

 その会社は日々何十と言う解析業務をこなしている。一つひとつのケースをじっくりと調べている余裕はないでしょう」

「ともかく、こっち側のミスではないということか」

 菅野はすこしホッとしたような顔をした。サラリーマンとしての本音だろう。

「でも室長、桃源苑自身は絶対にプログラムミスと、あわてて修復したことを認めないでしょう。わが社が納入したロボ・ナースの不具合と主張してね。

 そうなると、わが社の主力商品の売れ行きがどうなるか」

「苑に他のナースの点検を申し入れたが、ことわられた。

 でもこっちに罪を押し付けるつもりもないらしい。むしろ……責任の所在を曖昧にして、不幸な事故として納めたいような雰囲気だった。

 警察で事情聴取を受けた時も、担当の刑事が言ってたよ。あそこはバックがけっこう大きくて、うかつに手が出せないって」

「ねえ赤穂さんさ。南部大先生はなんて言ってるんだい」

「あまり興味はないみたい。今はアンナの新しい脚の具合を気にしている。

 ご存知のようにあの人間ソックリの足は、不必要に細長いの。だから戦闘には不利だわ。その骨格部分の強化が、最大の課題なのよ」

「明日また、桃源苑に乗り込んでみたいな。今度はアンナもいっしょに」

「どうしてかね」

「ロボットの気持ちはロボットが一番判るさ」

「……ロボットに気持ちなんてないわ。なにを馬鹿なことを。機械は機械よ」

 と言いつつ、赤穂は少しさみしげな顔を見せた。



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