第二章

 森の中、訓練途中で休んで水をのんでいた真奈のユニ・コムが小さく鳴った。

「はい、五百瀬。菅野さん?」

 菅野は真奈の理解者であるとともに、社内での保護者でもある。ハンサムで研究熱心だが、無趣味で仕事以外のものにさして興味をもたない。

「さきほど大陸でかなり強い地震があった。被害はそれほどではないらしいが、整備中のジェノイドが倒れたそうだ。まだ未確認だが」

「アジア代表のジェノイドが? それでチェンは博士」

「幸いご無事だ。ただ、整備中だったジェノイドの被害はかなりのものらしい。

 詳細は発表されていないが、頭脳部分に重大な損傷が出たとの情報もある」

「あのアジアの龍、ジェノイドが」

「連邦政府はなんとか間に合わせることを要請しているらしいが、チャン博士は頑固で慎重だからな、正式に辞退を表明するだろう」

「……つまり、バトル・ステーションは三体で戦うことになるのですか」

「そう言うことになるだろうな。幸か不幸か。

 出来ればこっちに戻ってこられないか。事情を詳しく説明する」

 通信を終えると、真奈はため息をついた。少し離れたところに、「弟子」であるアンドロイド戦士が佇んでいる。アンナは新日本機工の主力製品の一つ、「ロボ・ナース」を母体して、狂気の天才たる南部が、ほぼ一人で作り上げた。

 名前の「アンナ」は、ANTHOROPOMORPHOUS NOTIONAL-THINKING

NEURO-COMPUTERIZED ANDROIDの略である。

 現在の趨勢に反した、新型生体ニューロ・コンピューターの第二脳を持つアンナは、教育と訓練によって進歩、発展する。

 国防力の電脳化によって職を奪われたに等しい真奈は仕事の為にロボット兵士を訓練したが、しだいにアンナに人格を認めだしてしまう。

 こうしてアンナは真奈の指導のもと、社内競合プロジェクトを打ち負かし、有力二社のロボットを国内予選で打ち破った。真奈が教えこんだ戦技を利用、さらに自ら「考え」「編み出して」勝利したのだった。

 かくて中堅ロボットメーカー新日本機工が誇るアンナが、来たる世界ロボット格闘大会「バトル・ステーション3」の日本代表ロボとなったのである。


 社有の輸送機が海に近い工場敷地につくと、拳銃をつった警備員三人がアンナを取り囲んだ。出迎えにきた菅野に真奈は尋ねた。

「このものものしい警備はなに」

「社長の命令だ。アンナの警備を強化する。まあコーヒーでも飲もう。

 アンナは警備員につきそわれ、本部棟地下へと戻って行く。真奈はシャワーをあびると戦闘服を脱ぎ、本部棟上層階にある菅野の執務室に招かれた。

 広めだが豪華ではない。清潔で質素、菅野らしい部屋だった。

 例によって上は黒いそでなしシャツ一枚、下は下着に近い半ズボンと言ういささか露出の多い服で部屋に入ると、コーヒーの馥郁たる香りが漂っている。

 メイドのかっこうをした完全ヒューマノイドが、ぎこちなさそうだが確実な動作で、コーヒーを注いでいるところだった。

「やあ。たしかなにも入れないんだったね」

「……元はロボット・ナースですか。よく出来ている。アンナの母体とは違う?」

「改良版のナースだ。人間とは明確に区別できるよう、首筋にランプがつく」

「どうぞ」

 ロボ・メイドは唇を動かすが、発した声と口の形はあっていない。

「わたしはミルクをたっぶりね。前にもいったかな」

 座りかけていた真奈はふりむいた。やや長身で細身の美女が入ってきた。視線が冷たい。白衣を着て、研究チーム員のバッジをつけている。

 真奈が軽く頭をさげると、丁寧に化粧した美女は近づいてきて、上から下まで見つめる。香水の強い香りがする。

 ととのった鼻筋といい大きな目といい、確かにアンナに似ている。

「あなたが、有名な戦闘インストラクターのイオセさんね」

 真奈はなぜか敬礼してしまった。無帽なので、「室内の敬礼」である。

「ああ、はじめてだったか。話したろう。赤穂君だ。先月から南部開発主任のアシスタントになった国家公認技師、マイスターの赤穂主任技師補佐だ」

「よろしく、アンナの先生」

 微笑むが、視線は冷たい。スタイルはよく、八頭身か九頭身ぐらいある。足がとても長い。

「用があればお呼びください」

 と、まさに人形のようにかわいいロボ・メイドは出て行った。

「見事な動きだろう。ゆっくりだが、人間とかわらない。足も人間と同じだ。

 これも南部先生の職人技だよ。わが社の次の主力製品だからな」

「完全二足歩行なんて、本当はロボットに必要な機能ではないよ」

「それでも機械に看護されているより、人間に近いロボットのほうが落ち着く」

「それで、ジェノイドのほうはどうなったんですかい」

「チャン博士が正式に今回の辞退を表明した。倒れた柱で胸の電子脳が損傷を受けた。これを徹底的に修理復元するのに、時間がかかるらしい。

 連邦政府もしぶしぶ許可したよ。

 どうもアンナ同様、人造ニューロンを使ったもののようだな」

「ああ、それで」

 と赤穂浪子は微笑む。時折横目で真奈を観察している。

「つまり、再来月の国際格闘大会バトル・ステーションは、ユニバーサル・オートマトン社のワシコング。クライネキーファー重工のカイザー、そしてアンナの三つ巴ですわね。

 そしてロボ券の売れ行きは、ワシコングに集まっている」

「わが社としてはカイザーのほうが不気味だ。まだ詳細がわからない。これは毎度のことだが、ロボ券のブローカーや闇の投資機関の活動が活発になっている。

 またどんな妨害、破壊工作があるかわからない」

「それであんな警備を。前の国内選手権大会のときも、ひどかったからなぁ」

「社長から伺いましたわ。世界的に莫大なお金が動き、ことと次第によっては暴動や国家間の紛争にもなりかねない、とか。裏では相当危ない勢力も動いているし」

「ああ。莫大な参加料に賞金、そして世界的な賭けの売り上げ。

 不法な賭博と不正経理。それだけじゃない。ロボット……最近ではラテン語でオペラートルと呼ぶらしいが。

 ともかくこの分野はあらゆる工業技術の集大成だ。各国代表ロボの性能は、その国の科学力のシンボルだ。生み出した産業自体の指標にもなる。

 だから各国は必死になる。危ないブローカーばかりじゃない。一国の株価に影響を与えるとなると、有力投資家たちの運命にかかわる」

「それで先週の事件も。警備強化が、いささか遅すぎましたわね」

「データが盗まれたことは極秘だ。今は五百瀬くんの訓練と、赤穂君の戦術データ蓄積にかかっている。二人とも頼むぞ」

「バトル・ステーションは、携帯できる火器が限られてきます。

 それに直接の格闘戦となると、相手の能力が不明なままでは、どんなに格闘術のパターンを入力しても結果は予測できないよ」

「なんとか、ジャストのほうにもお願いしてるんだが、なかなか難しくてねぇ」

「統合自衛部隊が、ですか? 敵ロボに関するデータを…………」

「そうだ五百瀬くん。君の古巣が協力してくれる。情報収集と警護のほうにね。

 アンナは国の威信を背負ってる。きみたちの責任も、かなり重大だな」

 真奈は三等曹長で自主除隊し、今は後備役である。除隊の理由は部隊の完全機械化だった。

「菅野取締役。それだからこそ、カイザーやワシコングに関するデータがほしいのです。先週のデータ盗難は、国際情報ブローカーの仕業とか。ならそのブローカーとやらに接触して、ワシコングやカイザーのデータを買い取ればいいことですわ」

「……また恐ろしいことを。そんなことが発覚したら」

「ユニバーサル社もクライネキーファーも、きっとやってます。

 いえ、やっていないなんて考えられません」

「まあ、専務も同じことを言ってた。ただ敵ロボットに対する情報収集は、情報統監部の田巻って人にまかせているし、我々のほうで下手に動くわけにはいかない」

「田巻……あの田巻二等佐官ですか。謀略参謀って言われてたよ。

 随分評判の悪いヤツのはずです」

「ああ。一時期は八洲重工にとりいっていたあの人だ。アンナが日本代表ときまったとたん、室田社長にすりよってきている。厄介だが無碍にも出来ない。

 なにかと評判のよくない人物だが、上田首相の懐刀でもあり一応役には立つさ」

「自分は、あまり情報入手に力をいれるよりも、アンナの学習能力を信じるほうがいいと思います。アンナをロボットと考えないほうがいいよ。

 アンナは前も今も、優秀な戦士です。教えたことは覚え、一度覚えると忘れない。確かに人間の兵士とは違って、応用することは少し苦手だけどね。けれども人造ニューロ・コンピューターの性能も、どんどん上がっている気がする」

 赤穂浪子は長い足を組んだ。白衣の下にはいたスカートは、おどろくほど短い。 真正面に座る菅野は目のやり場にこまる。黒く半透明の下着が見え隠れする。

「五百瀬さんね。人造ニューロンはまだまだ未完成、試験的なものよ。

 アンナのメイン頭脳はたしかに性能のいいコンピューターだけど、人間の脳とは比較にならない。応用に関しては、さまざまなパターンのどれかをあてはめるしかない。だから大量のデータがいるのよ。

 自学自習能力もあるし、多少の応用はできるけど、ロボットはロボット。このことは南部先生にもよく言ってるんだけどね」

「たしかに、アンナは戦闘ヒューマノイドだよ。判ってるさ。でもしばらくつきあってて、その……単なる機械とは思えなくなってんだ。

 彼女はわずかですが、自分で考え、判断できるんです」

 浪子は冷たく微笑んだ。小馬鹿にした様子はない。

「どうも菅野取締役のおっしゃってたミナベ病が、拡散しつつあるようですね。

 ロボットとマシンの違いはなに? いまさらだけど」

「良心回路の有無かな。国家公認の世界標準回路を搭載し、人を意図的に傷つけることのない個体が晴れてロボットと呼ばれる。

 まあお上がロボットと認めたら、そうなんだろ」

「ご名答。良心回路って言ってるけど、あくまで危険回避の安全装置。

 機械は機械よ。信じ過ぎると危ないわよ」


「まあ、あんなコだけど、技術力はたいしたものだ。気にしないでいてくれ」

 先に赤穂浪子がもどったあと、見送りながら菅野がいった。

「自分は別に。ああ言うはっきりしたタイプのほうがいいです。

 でも何故あの南部先生が、あの人をそばにおいておくんだい」

「特に不平とかはないみたいだし、あの偏屈で勝手な南部がなにも言ってこない。

 それどころか二人で、食堂でメシを食ったりしている。いつも自室にもちこんでいたのに」

「まさか、気に言っているんでしょうか。あの手の顔が博士の理想なのかもね」

「かも知れないな」

「それに長くてきれいな足も、アンナに似ているかな」

 その長くてきれいな足を持つ赤穂技師は、地下の研究施設でロボ・ナース新機種の「足」を点検していた。より人間に近い。

 うすよごれた白衣にくたびれた口ひげ。

 長く不潔な髪。マッドサイエンティストの戯画のような南部孝四郎は、支持アームの上にのった新しいロボット脚を撫でてみせる。

「アンナにも使っている、より完成された人工皮膚だ。しかも足を太くせずに、構造自体を強化しているよ、どうだい」

「……ナースには不要な機能ね。アンナを量産するつもりかしら」

「ば、馬鹿な。アンナは世界にただ一人。新しい時代の女神だ。

 このロボ脚も、アンナを造るための条件だった。わが社の主力商品『小夜』だけじゃない。この完璧な人工脚があれば作業用、戦闘用機械にも応用できるそうだ」

「人間の能力を超えた完璧な人工脚。この活気的な発明に対する、会社からの報酬はなに」

「もっとアンナに予算をつかってもらえる。できればバトル・ステーションには、別のロボットを出して欲しいけど、まあ無理だろうな」

「ほんとうにいい手触り。わたしもとりつけたいわ」

 浪子は妖しくほほえみつつ、人工の脚を撫でた。


 こぶし大の石が直線を描いて飛び、木にぶつかって落ちた。それを双眼鏡で見ていた真奈は、少し嬉しそうに言った。

「コントロールはいまいちだけど、二百メートルは飛ぶね。いい傾向だ。

 弾がつきたら、石でもなんでも投げるんだ。ものを投げるってのは、アンドロイドにとっては案外苦手だけどね。

 あんたは人間に近い分、格闘戦になったら不利だよ」

「わたしも、ものを投げることは不得手だ」

「あたしも得意じゃないんだけどね。見てて」

 真奈は首にかけていた手ぬぐいをとり、片端を小指に結びつけた。足元にあった石を手ぬぐいの中央につつみこみ、両端をもって回し始めた。

「山人が平地からの侵略者に対抗するために使った、印地いんじ打ちだよ」

 真奈は手を離した。石は勢いよく飛んでいく。百メートルほどむこうの木の幹にあたった。

「こう言うの、やってみるかい」

「複雑な動作ではない。試行してみる」

 アンナはわたされた手ぬぐいに、こぶし大の石を包んでまわし始めた。

「そう。よく回すんだ。そこで、いっきにはなす!」

 アンナは手ぬぐいごと石を飛ばしてしまう。あさっての方向に飛んだつぶては、細い木をへしおった。

「すごい威力だけど、まだまだだね」

「投擲の威力はかなり増加する。わたしは構造上、ものを投げることに特化していない。ものを投げることは霊長類特有の特殊行動だ。しかし照準のぶれは学習によって修正できる」

「そう。なら練習だよ。死んだじいちゃんも言ってた。修行なくして進歩なし。

 これは山の民が古くから使ってた武器だ。山の民は平地人に追われ、追い詰められたの。最後の抵抗手段が、これだったって聞いたよ」

「その人たちは、殲滅させられたのか」

「多くが降伏して、平地に降りて田んぼを耕した。日本の良民になったって。

 でもわずかな人たちは山に残って、山独特の暮らしを伝えたんだ」

 真奈も石を拾って、手ぬぐいでつつんで回しだした。放たれた石はまっすぐ飛んで、木の幹にあたって落ちた。

 天高く雷がなった。真奈はとたんに首をすくめる。本当に恐ろしいようだ。

「いけない、山神さまの機嫌が悪い。山の民の秘儀をあんまし教えちゃいけないかな」


「お世話になりました。そして申しわけありませんでした」

 元傭兵だったと噂のある矢島警備主任は、社長室で深々と頭をさげた。いつもの制服ではなく、背広である。温厚な室田社長は、残念そうな顔を見せた。

「まあ、降格と減給ぐらいでおさめてもよかったんだが」

「いえ、こんな重大な結果を招いてしまったのは総てわたしの責任です」

「で、これからどうするのかね」

「海外で、また警備の口でも探します。もともと警備会社とびだして傭兵なんかになったわたしです。ほかにやることもありません」

 矢島は最後の荷物を旅行鞄につめ、正門前によびつけた自動タクシーにのりこもうとした。部下の数人が涙ながらに見送ってくれる。

 矢島は一度、本部棟を見つめてから、言った。

「それじゃあ達者で。しっかり守ってくれよ」


 築地の料亭「佳つら吉朝」は、京都桂に本店を持つ名門だった。二十一世紀も半ばになった今でも、昔ながらの料亭政治をなつかしむ一部の政治家にとっては、サンクチュアリーとなっている。

 値段はさほど高くないとされている。しかし格式は高い。

 この日も長く国防族議員を牛耳っていた上田首相が、しばし機密費を無心する「謀略好き」問題将校と会食していた。

 情報統監部第十課長兼統監部次長、先任二等佐官田巻己士郎こしろうは一佐昇進がかなり遅れて、しばらく腐っていた。

 しかし今回、上田からかなりの機密費をみとめられ今夜は上機嫌だった。

 田巻に酒をそそがれつつ、愛知選出の首相は少し渋い顔を見せた。

「今回は多少痛かったぞ。また官房長官が眠れなくなっとる」

「おそれいります。しかしそれだけの価値があります。

 強敵ワシコングの基本データが手にはいった。アンナのデータを盗まれたおかえしです。おかげでアンナは、投擲や走行訓練のやりなおしらしいですな」

「君は、八洲やしま重工の世話になっとったんじゃないかね」

「あくまで国防技術の進歩のためです。個人的な関係はおへん。

 ヤシマはわが国防産業の基幹です。しかし国内選手権はアンナがとった。そしてアンナのパーツの三十五パーセントはヤシマ、二十パーセントはオオワダです。いわばアンナは、わがロボット産業界の精華です。応援すんのは当然です」

「しかし、よくその情報ブローカーはワシコングのデータを入手できたなあ」

「内部に裏切り者がいますかな。

 なんせあの警備厳重な新日本の本社工場に、侵入したぐらいですから」

 上田は猪口を持つ手を止めた。

「……なに。同じ連中なのか、あの騒動をおこして死んだ」

「まず間違いないでしょう。お金はスイス経由、ドバイの情報班が支払います」

「君はわが国の先端産業技術を盗んだ連中と、取引したのかね」

「いけませんか。盗まれたなら盗みかえす。

 もっともユニバーサル・オートマトン社が気付けば、アンナ同様基礎作動プログラムをかえてくるでしょうが。

 しかしどうしても変更できない部分はありまっしゃろ」

「まあ、払ってしまったもんは仕方ない。

 国際情勢と国際経済は、全く複雑怪奇だがや」

「国際情報ブローカーはいまや一大産業です。しかもうしろには、例の世界平和クラブがついているらしいですな」

「……内閣情報室からきいておる。あの悪辣な投機マフィアじゃろう。

 株価操作のために、テロや戦争までひきおこしておるそうだ」

「どんな手を使ってでも金儲け、しかしその儲けた金をどうしているのか、よく判りません。今度のバトル・ステーションでも相当儲けそうです。

 儲けるためには人殺しでもなんでも」

 上田はおもしろくなさそうに、酒をあおった。


「そんな卑怯な真似、したくありません」

 迷彩戦闘服姿の真奈は、手をうしろに組んで立ち、毅然と言い放った。隣で断っている優艶な不破秘書が、クスっと笑う。

 室田社長は困ったような顔で、椅子に座る菅野の顔を見る。

「まあ五百瀬くん。あいてのデータをなんとかして入手するってのは、業界ではよくあることなんだ。これもアンナのためだ」

 菅野が助け舟をだした。

「田巻二佐は君も知ってのとおり、謀略参謀の異名をとる策士だ。上田首相が後見人で、統合自衛部隊新設のドサクサで、試験らしい試験もなく武官になったと噂されている。

 戦史には詳しいらしいが、謀略家。小心で陰険な危険人物だ。はじめはヤシマを応援していたが、最近ではこっちに接近してきて困ってる。ことわるとどんな陰湿な『いけず』をされるか判らない。しかし首相の懐刀ではある。

 その田巻氏が大臣機密費を使って、ワシコングの基本行動制御プログラムを入手してくれたんだ。こっちに恩を売るつもりだろうが、どうも断れない」

「あ……南部主任も、アンナが勝てると喜んでますわ」

 真奈は赤穂技師の整った横顔を見つめた。アンナ以外の誰かにも似ている。そんな気もしている。

「ロボ・セントリーと同じ基本躯体をもつ戦闘教練ロボにもワシコングのデータをインプットしはじめています。

 教練ロボをワシコングに見立てて、アンナと模擬戦を行うそうですわ」

 少しおこったような表情で、真奈は言った。

「……アンナの産みの親である南部主任がいいというなら、自分はもう反論しません。アンナの模擬戦に備えますよ」

「よかった。君が納得してくれて」

 室田社長もホッとした顔を見せた。

「ともかく南部君のコントロールは、赤穂君が一番だしな」


 真奈は一人、南部がいないのを確かめてアンナの研究室におりた。突っ立った大きな「棺桶」の中で、アンナはたったまま固定されている。

 いつみても美しい「人形」である。検査用に白いワンピース水着のようなものを着せられているが、体の「造形物」が透けて見えている。

 検査のために、すでにいくつかのコードがとりつけられている。真奈が近づくと、アンナは自然に目をあけた。

「どうだい、調子は」

「南部博士が両腕の機能を一部改良してくれた。以前ほどではないが、正確な投擲が可能になった。

 新しい基本行動プログラムも、人工脳が応用しはじめている」

「よかったよ。戦闘ロボとのとっくみあいは、聞いているな」

「博士より説明を受けた。これで対ワシコング戦は完璧だといわれた」

「まあ、そう甘くはないけどね」

「マナ、質問を許可して欲しい。

 わたしは戦闘競技のために開発された。しかし南部博士とマナは、わたしが戦闘行動をとる前にかならず軽い抑鬱傾向をしめす。その理由が分析できない」

「分析も理解もしなくていい。戦うために生まれてきた貴様なんだから、戦いを喜ぶべきなんだろうけどねえ。

 自分も南部病がうつったかな、やっぱりつらいもんだよ」


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