第一章

 信州、「中部国営自然公園」の一角。周囲を見渡せる山頂に立つ小柄な影は、十代後半。二十歳にはなっていまい。

 小柄だが胸が大きく肩幅がある。手足は長いが筋肉の塊だった。五百瀬いおせ真奈は、祖父の形見である九九式小銃に取り付けた電子スコープで、かすむ山々を見回している。

「やっぱり山はいいな。……雷さまだけはごめんだけど」

 ふと真奈まなの童顔が強張る。髪は短いざんばら髪、絵巻の「なんやら童子」を思わせる。

「いけない!」

 九九式を担ぎなおすと山頂の岩から飛び降りた。不釣合いな胸が黒いシャツの下で揺れる。

 斜面をすべるように駆け下りると、森の中へ飛び込んでいく。兎かなにかのように木々のあいだを抜け、一本の巨木の下で立ち止まり、太い枝を見つめた。

 木の上の巣で、鷹の雛が三匹さえずっている。木の幹からは大きな青大将が、太い枝へと体を這わせている。あきらかに雛を狙っている。

「オオカタだ、絶滅危惧種だよ」

 真奈は腰に吊っていた手ぬぐいのような布を取り出し、足元の固まった土くれを拾った。掌で包み込めるサイズである。それを手ぬぐいにつつむと、片方の端を小指に結びつけ、手でぐるぐる回し始める。

 そして勢いをつけて腕を伸ばすと同時に、手ぬぐいを手放した。

 固まった土くれは太い枝めがけて飛び、手ぬぐいは真奈の右手に残っている。乾いた土くれは見事にヘビの鼻先で炸裂して土煙になった。

 太い枝はかすかにゆれる。ヘビは驚いて枝から落ちてしまう。下は草で、ヘビは目を回したのかしばらく動かない。

 真奈は青大将に近づきつつ、ポシェットから古風な弁当箱を取り出し、半分食べていた弁当から鳥モモのから揚げを取り出した。

「ごめんな。貴重な雛なんだ」

 ヘビは投げられた唐揚げの臭いに目をさまし、恐る恐る近づいて舌でなめだした。安心した真奈は、鳥の巣を見上げた。

「母さん、早くかえってくるといいね」

 言ってしまってから、少し悲しげな顔をした。


 山の中に小さな瀧があった。高さは三メートルほどで、それほど流量はない。 滝つぼも子供用プールほどの大きさだ。真奈は迷彩服と黒いシャツ、迷彩ズボンと使いこんだ下着を脱いで岩の上に投げ出し、滝つぼにはいった。

まだ水が冷たいが、山育ちの真奈は平気である。

「………父ちゃん、爺さま、見てるかい」

 真奈は青空を見上げ樽薄く雲が流れている。時折山風が木々を揺らす。真奈は滝のしぶきをあびつつ、瞑目した。両手を顔の前で合わせる。

「山を統べる山津身やまつみの神、しらひめ神よ……」

 しばらくすると、電子音がする。左手首にはめたままの、大型の腕時計のような「ユニ・コム」だった。手の内側のモニターをあけて、左の耳に近づける。

「ああ、菅野取締役、お元気でしたか」

「営業まで統括されて、おおいそがしだ。さっそくだけど、会えないか」

「いいですけど、またお仕事? アンナかい」

「君が辞めてからいろんなトレーナーをかえたが、さして進歩していない。

 それと一つ、困ったことがおきた」

「……データを、盗まれた?」

「外には秘密だ。強盗が侵入しそこなって、勝手に川にとびこんだことになっている。アンナの基礎行動パターンと、一部後天的戦闘能力だ。特に戦闘能力の一部は、消去するしかなかった。せっかく君に鍛えてもらったのに」

 全裸で腰まで清水に浸かり、真奈は事件について聞いていた。

「正直、いまさら都会に戻りたくないな。自分には山があってるよ。

 でもアンナがそんなことになったなら仕方ないね。いよいよバトル・ステーションも近いことだし」

「ありがとう、助かる。そっちへ社有機を回したい。どこがいい?」

「一つ教えてください。あたしを呼び戻したのは、菅野さんですよね」

「いや、君が山に戻りたがってたのでとめたんだが。南部がどうしてもって」

 後備三等陸曹五百瀬真奈は、半年ほどまえから新日本機工の特別契約トレーナーとなっていた。

 正社員ではないものの、中堅正社員以上の年俸をもらっている。

 山育ちで統合自衛部隊ジャストと言う特殊な世界しか知らない真奈には、大金だった。しかも高級幹部用の宿舎で、飲食に金はかからない。

 山岳ゲリラ戦程度しか「わざ」のない彼女は、こうして完全ヒト型戦闘アンドロイドの戦技教官を、自分でも意外なほど楽しんでいた。


 天気のいい日は富士山が見える。この日は少しくもっている。

 海岸の極相林たる松林が揺れた。新日本機工の本社工場ヘリポートに、ティルトローター後継機が降りてくる。プロペラは軽量な安全リンクで囲まれている。

 二重の輝く眼差しが、後部座席からあらわれた。素肌に黒い袖無シャツ。迷彩服に軍靴と言ういでたちに、大きなバッグを背負った真奈である。

 ローターの風がやむと、待っていた菅野が近づいてくる。

「五百瀬くん」

 菅野は整った顔をほころばせ、真奈の手を両手で握り締める。

 質素だが広い室田社長の部屋は、片側の壁面がすべてガラス、反対側は全面がモニタースクリーンになっていた。そこには環境映像のつもりか、海が映し出されている。

 応接椅子にすわってブラックのコーヒーを飲んでいると、社長の室田がはいってきた。以前に比べて頭がうすくなり、またかなり肥えた。

 真奈は立ち上がり、陸式に敬礼した。元々、中世騎士の作法である。

「あ、そのままそのまま。いやぁ、戻って来てくれて嬉しいよ」

 と汗をふきつつ座った。隣は菅野である。

「今さら言うまでもないと思うが、いよいよバトル・ステーション3が近づいてきた。君にはアンナの基礎訓練で随分世話になったな。

 しかしせっかく鍛えてもらった基本行動データが盗まれた。犯人は仲間割れでもおこしたのか、木にぶつかって用水路に沈んだが、データはどこかに送信されてしまった。アンナの基本データの一部を消去した。

 また一から鍛えなおさなくてはならない」

 今世紀において、ロボット産業はあらゆる技術と科学力の総合止揚の精華と言われている。ロボットの優秀さが、そのまま一国の国力と技術力、そして防衛力の指標となるとされているのだ。

 そこで「技術立国」たるわが国は、なによりもエネルギー産業とロボット産業に毎年莫大な国家予算を注ぎ込んで開発を促進している。

 かつては軍事力の強大さが国家の偉大さの尺度だったが、今やロボットとAI技術がそれにとってかわった。

 優れたロボット技術を有する国家は、突出した防衛技術を持つことになるのだ。AI技術とロボット技術は、現代の最も有効な抑止力とされている。

 ヒト型ロボットによる国際大会バトル・ステーションは、戦争のかわりの軍事シミュレーションとも言える。

 そして我が国はヒト型ロボット技術では、世界五大国のひとつなのである。

 元々新日本機工は日本第三位の中堅ロボットメーカーだった。しかし数か月前、日本代表ロボ選抜戦で競合する二体を見事に破り、アンナは番狂わせの日本代表となっていた。

 次はアジア太平洋地域戦のはずだったが、結局日本代表のアンナと、中華連邦がほこるジェノイドの二体しかおらず、また他地域の代表ロボも少ないことから、第三回世界大会にはアジアから二体がそのまま参加することになっている。

「新型ニューロ。コンピューターは、訓練によって進歩する。君こそが実感しているね。基礎訓練は君が行った。アンナは君の弟子だ。

 ぜひもう一度、鍛えなおしてやってくれ」

 壁面のスクリーンに、大きなロボットが映し出される。菅野は説明した。

「第三回から少しルールがかわった。太平洋地区はアンナの不戦勝。アジア大会は、チャン博士のジェノイド改が、最後の仕上げに入っている。第二回の覇者だが他に候補もなく、ほぼ確実にアジア代表になるだろう」

 スクリーンには、銀色の角ばったロボットが映し出されている。ヒューマノイドとかろうじて呼べる形状であるが、むかしのロボットアニメに出てきそうだ。

「伏兵はほかにもいる。これが設計図の一部だが、アメリカはワシコングを完成させ、訓練にはいっているらしい。米州代表はほぼ決定だ」

 次に映し出されたのは、類人猿を思わせる設計図の一部だった。

「大会規定ギリギリの大きさね。それに人間と言うより、ゴリラかなにかを思わせるよ。うしろの二本の筒は、なんです」

「わからないんだ。まさか空を飛ぶわけでもないだろうし」

「それは今、調査中だ。大会初出場だけに不気味だ。なんせアメリカの軍需産業あげて、ワシコングを作り上げとるからな。だが最大のライバルは………」

 画面には、人間のシルエットしかうつっていない。いや昔のマネキンのようでもある。

「これはヨーロッパ連合が完成させた、戦闘特化ヒューマノイドだよ。

 まだ情報不足だが、間もなく正式発表があるだろう。クライネキーファー重工の傑作らしい。名前だけは判っている。カイザーと言うそうだ。

 クライネキーファー重工のウーズナム島ペーネミュンデ工場が作り上げた兵器、性能的にはアンナを上回ると噂されておるが、詳細はほとんどわからんよ」

「アンナは単なる戦闘兵器じゃないよ。自分で学習し、工夫すらできる自分の弟子です」

「だからこそ君を呼び戻したんだ。珍しいことに、あの南部博士がかなり強く主張してね」

「いま、アンナは?」

「新しい施設で点検している。菅野君に案内させよう」


 広く明るく、どこかの大病院のようだ。廊下のつきあたりのドアが両側にスライドし、小柄な真奈とやや背の高い菅野が入っていく。

 周囲を各種モニターで囲まれた円形の部屋の中央に、大きな棺桶のような物が立っている。いや墓石にも見える。その部屋だけ暗いが、円形の壁面ではランプがきら星のごくと瞬いている。

 真奈は歩み寄り、棺桶の中を見つめる。身長は二メートル近いが、まさに「人形のように」美しい顔立ちの完全ヒューマノイドが、長めのティーシャツ一枚だけを着て直立している。専用ケースにはいくつかの支持アームがあり、大きく完璧な肉体を支えている。

「アンナ、おきなよ」

 ぞんざいな物言いに反応して、人造まつげが動いた。大きな目を見開くとブラウンの機械瞳孔が大きくなる。バラ色の形のいい唇が動く。

「……しばらくだね。あんたの鍛えなおしだって」

 真奈は少し、目頭が熱くなっていた。

「事情は理解している。

 データ簒奪は、内部に手引きした者がいなければ成立しない」

「そいつは物騒だね。ところであんたの産みの親は、あいかわらずかい」

「多少は大人らしく、いや人間らしくなったさ。まああいかわらずだがね」

 そう言った菅野は、少し咳払いする。

「君にも紹介するが、新人がいてね。その、開発主任たる南部のサポートとして、会長からの推薦で先月はいった」

「サポート? あの南部博士にかい。他人には一切心を開かないのに」

「赤穂って技師だ。赤穂浪子。まだ若いが優秀だ。国家認定資格も持っている。

 多少難物だがね。それがなにか南部につきっきりで、しかもなぜか南部も頭が上がらない」

「何者なんです?」

「会長の推薦と言うだけで、よく判らない」

「そう。まあ自分だってわけの判らない山女だし、適当にやりますよ」

 とは言いつつ、真奈は少し不安だった。


 広い本社工場敷地の北端、海を見渡せる高台に建つ幹部宿舎の一室。海の見える広いリビングは、片側の壁一面が本棚になっている。みすぼらしい口ひげをたらした痩せた男は、少し申し訳なさそうな顔で茶をすすっている。

 頭は雀の巣で、顎には無精ひげ。これで白衣を着ていなければ、ルンペンと間違われても仕方ない。

 しかし元の顔立ちは悪くない。最近は風呂にも入りだしている。

「そいつはがさつで小さな、山人の娘だ。爺さんは最後のマタギとか。この時代にだ。なんでも山の姫神を祭る家柄とも言っていたな。

 でもわたしのアンナはその、懐いている。わたしもその……感謝もしている」

 南部みなべ孝四郎は、海を眺めている細身の女性を恐れるかのごとくである。白衣を着たモデル体型の女性がふりむいた。二十歳を少しすぎたぐらいか。

 少し日本人ばなれした浅黒い顔の中で切れ長の目が光る。精悍な美女だった。

「先生がわざわざ呼び戻すほどなんだから、よほど優秀なのね」

「……まあ、そうかな。わたしの造った女神に対する態度はなってないが、その……野生的な戦闘力はたいしたものだ。

 アンナの初期訓練を会社がまかせた。アンナを鍛えてくれた。

 だから再教育はあいつしかできない。アンナは人間と同じで学習によって進歩する。途中で教師をかえて別のことを教えようとすると、混乱した……」

 赤穂浪子は、美しいが冷たそうな顔に不敵な笑みを浮かべる。

「ともかくその人のおかげで国内選手権を勝ち抜いたのだから、今度もきっと」


 薄暗い森の中を、ティーシャツにパンツ姿の長身の美女が、走っている。

 その前を、迷彩服を着た小柄な真奈が走っている。走るたびに胸が揺れ、多少肩がこる。

「よし、少し休もう。小休止!」

「胸郭内温度二度上昇。冷却の必要はない」

「自分がもたないよ。

 あいかわらずだね。新しい冷却装置が順調みたいでよかった」

 真奈は倒木に腰を下ろした。アンナはたったままである。真奈は水筒の水をのんで、甘すぎるフルーツバーをかじった。

 こまめに休み、水分をとるのが基本である。

「自分も久々に訓練で走ったよ。

 山歩きとは違った爽快感があるね。空気がまずいけど」

「わたしの戦闘記憶の半分に障害が出ている。類推回復のためのさらなる戦術シミュレーションが必要だ。

 赤穂技師はプログラムを増やすことで対応できると言っている。

 南部博士は模擬戦闘用セントリー・ロボットのデータで、補完する計画だ」

「南部の大先生、まだ挨拶してなかった。気にする人じゃないだろうけど。

 なんか弟子みたいなのが来たって? アコウギシってのかい?」

「赤穂浪子主任技師補佐。昨年、工科福岡大学を飛び級で卒業し、一級工学技師の国家試験を三位で通った。身長百六十五センチ」

「若くしてエラい先生かい。なんかエリートってやだな。どんな感じだい」

「標準的人間だ。感情抑制に幾分失敗しているが基本的な欲望は標準より低い」

「よくわかんないけど、厄介な相手みたいね」

「この場合の『厄介』とは、いかなる意味か」

「まあ……大変ってことだよ。どんな顔だい」

「わたしに容貌が似ている」

「貴様に? 貴様はあの狂気の天才先生が理想とする、現代の女神なんだろう?

 よっぽど美人なのかい」

「わたしに人間の美醜は見分けられない」

「そう、そりゃけっこうだね。あの南部大先生閣下の理想とする美女か」

 と真奈は立ち上がった。

 工学・理学博士南部孝四郎は、狂気の天才とも呼ばれている。人気美人占い師の母に溺愛され育てられ、十七歳で一般大学に入学、飛び級で三年にして大学院に進んだ。大学も院も、学費免除特待生だった。

 有史以来の未曾有の被害を出した東海・東南海連続地震後の大不況時期、都内の小さな愛玩用半ロボット会社に就職した。ロボットダッチワイフ「ロボ・ダッチ」の開発と顔の造形などに携わって、「腕」を上げたのである。

 景気が回復しだし、我が国など先進各国でロボット産業が盛んになると、合併で大きくなった新日本機工に引き抜かれたのである。

 そして採算も社の方針を無視し、自分の情熱と煩悩の凡てをぶつけて、慎重百九十センチ強の「機械の女神」を作り上げていた。


 この日の基礎訓練を終えた「二人」は、ティルトローター機の後継機で、借りている統合自衛部隊ジャスト演習地から新日本機工本社工場へと戻った。

 アンナはさっそく創作者南部によるいつもの点検である。それは一種の儀式ですらあった。真奈はシャワーをあびて一息つくと、黒いシャツ姿でアンナの研究施設へとおりた。

 広く薄暗い中で南部孝四郎は一人、アンナの胸郭をひらいた。補助ブレインは頭にあるが、最新の人工神経電子脳は胸のシェルター内にある。

 アンナの「魂」は特殊防護ケースで厳重に防護されている。南部はペン状の器具で、胸のなかを丁寧にチェックしていた。

 真奈は背後からゆっくりと近づいた。足音がしない。

「南部大先生」

 と言われて驚いた南部は、ふりむいた。青白い顔が少しほころぶ。

「……ああ、もどったか。やることは判ってるな」

「ああ。もうはじまってる。なんか、お弟子さんができたとか」

「……浪子のことはいい。それよりもこのアンナだ。

 結局、恐れたとおり忌々しい見世物の代表になってしまった。

 わたしの創りあげたこの新しい時代の女神を、またも格闘大会に。野蛮なくだらない見世物にな」

「その為に会社は大金を出したんだから。おかげで部隊飛び出した自分も、仕事がもらえた。先生も知ってるだろう。バトル・ステーションの仕組みをよ」

 バトル・ステーションは世界的な賭け事、博打である。大金が動く。

 また参加会社ないし国家はかなりの参加料を支払う。かわりに優勝者には莫大な賞金がはいる。

 それだけではない。優勝ロボを生みだした企業の株価はあがり、その国の先端危機は世界で尊ばれる。少子高齢化の現在、医療や介護、国防や宇宙開発まで含めて、ロボット産業は総合止揚先端技術とされている。ゆえに先進各国は躍起になっている。ロボット開発力を制するものが、世界を制すると言えた。

「今回から少し方式がかわった。太平洋、アジアに加えて米州予選もなくなった。結局四つ巴のバトルロイヤルになりそうだ」

「アンナの一番の敵は誰? やっぱりジェノイドかい」

「カイザー、ワシコング、ジェノイド。アンナに手をかけようとする機械の化物は全部敵だ!

 美しいアンナを見世物にしようとするヤツも、秘密を盗もうとする奴もな。おまえさんは例のがさつな方法で、なんとかアンナを生き残らせてくれればいい」

 悲しげにまた作業に戻る。真奈ため息をついて微笑み、研究施設から出て行った。大先生はぶつぶつと「女神」に語りかけながら、作業を続けている。

 世界に冠たる完全ヒューマノイドを作り上げた、世界的変人天才は、真奈のことを一応認めていた。


 アメリカ、テキサス州南部のエドワーズ高原の一角にある広大な工場群は、米最大のロボット会社ユニバーサル・オートマトンのものである。

 周辺の関連工場も含めると、敷地面積は淡路島ほどになる。UA社はまた世界有数の軍需産業の一つで、米政府との結び付きも強い。

 工場敷地は広大だが警戒は厳重で、関係者以外は近づけない。主工場にむかうには、監視された一本の舗装道路しかない。周囲は砂漠に近く、各種自動警備機械が常時巡回している。

 許可されてその道を疾走する白く豪華な半ロボットリムジン。運転席には一応小柄で浅黒い運転手が、それらしい格好と帽子で乗っている。

 ハンドルはにぎっているが、車は勝手に会社を目指している。彼は言わば飾りであり、緊急事態対応係だった。名はオッキーソルと言う。国籍は不明だった。

 暢気そうで華奢な男は、楽しそうに鼻歌を歌っている。どこかサーカスの道化を思わせる三十ほどの人物で、この楽で見入りのいい仕事を心底楽しんでいるようだ。

 豪華な後部座席に座る女性は、三十代はじめ。美人とは言いがたいが魅力的で、往年の肉体派ハリウッド女優を彷彿とさせる。

 顔立ちは知的で、どこか肉食獣を思わせた。

「まさかあなたがカイザーの設計主任とはね。元指導教官として誇らしいけど、手加減はしないわよ。わたしはワシコングに総てをかけている」

 不敵に微笑むステファニーの前、空中に四角い画面が浮かび上がっている。 

 ヴァーチャル・スクリーンに映る女性は二十代半ば、そばかすがめだちやや肥えてはいるが、美人に属する。

 エーファ・フランケンシュタインは、短い赤毛をかきあげつつ言った。

「お世話になった先輩がワシコングにかかわってるときいて、誇りに思います」

「かかわってるって言っても、戦闘プログラムぐらいだけどね。

 ともかくお互い、全力を尽くしましょうよ」

「ぜひ、第三回バトル・ステーションでお会いしましょう」

「どっちが勝っても、勝ったほうがおごることにしましょう」

「それはいいけど、ジェノイドもアンナも強敵ですよ」

「絶対負けないわ」

 とステファニー・アンダーソン工学博士は笑った。


 その早暁、与那国島沖の統合自衛部隊海上機動要塞全体が、揺れだした。当直だった下士官は、通信装置にとびついた。けっこう大きな揺れである。

 津波も観測され出した。通信装置が静かに伝えた。自動観測装置の声だった。

「台湾海峡で大規模な地震発生。震源の深さは三キロ、マグニチュード七と推定される」

 海上機動要塞に第二種警戒警報が発令され、要塞内の将兵は本戦準備態勢に入った。与那国島も多少揺れたが、人的物的被害はほとんどなかった。


 しかしその振動は、耐震基準の甘い大陸沿岸部にはかなりの被害をもたらした。今世紀になってひろがった摩天楼は堅牢だが、ガラス窓はくだけて落ちる。

 東洋的な旧市街を見下ろす白亜の巨大ビルも揺れるが、倒壊はしない。しかしその地下にある特殊研究室はかなりの振動につつまれていた。

 折り悪く、格闘型アンドロイド「ジェノイド三型」は点検のために半ば分解中で、支持アームをはずし耐ショックハンガーもとりはずしてあった。あわてて実験棟に入ろうとするチャン・レンチェン博士を弟子が止めたのである。

「博士、危険です。可燃性ガスが漏れてます!」

「ジェ、ジェノイドが……。このままでは!」

 「ジェノイド三型改」は機能を停止したまま立っていた。しかし急に拡張した地下研究室を支える柱の一つが折れ、銀色の格闘アンドロイドにむかって倒れて来たのである。


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