6
ある時、雌龍は美しい女に化けた。
女の姿で村を歩いていると、数人の村の若い男が、雌龍に声を掛けてからかった。
雌龍が堪らず正体を現すと、驚いた若者達は雌龍を化け物だと罵り、叩き、殴り、斬り付けた。
傷だらけの雌龍は命からがら棲み処の沼へ逃げ帰った。
雌龍が逃げ去ってしまった後、若者達は村人を集めて言った。
沼には恐ろしい化け物が棲んでいる。
退治してしまわなければ何をされるか分からない。
若者達に唆された村人達は、雌龍を沼から引き摺り出した。
弱っていた雌龍は逃げるだけの力も無く、村人達に殺されてしまった。
自分の妻である雌龍を殺され、夫の雄龍は怒り狂った。
雷雲を呼び寄せて雷を落とし、野山を焼き、村を焼いた。
見守る雌龍の居なくなった川や沼は溢れ、雷と共に降った大雨の所為で氾濫した。
雄龍はそれだけでは飽き足らず、風を吹かせて木々を薙ぎ倒し、嵐を起こして里を散々に荒らし回った。
雄龍の怒りは長く続き、何日も何日も治まらなかった。
雄龍の怒りを恐れ、荒れた土地に頭を悩ませた村人達は話し合い、誰かを生贄に差し出して雄龍の怒りを鎮めようと考えた。
生贄として名乗り出たのは、村に住む綾女という姫だった。
他所から母と二人で移って来たこの姫は、貧しいながらも、病がちな年老いた母の面倒を見て暮らしていた。
名乗りを上げた姫を村人は、残された母をどうするのだと言って止めた。
しかし姫の決意は変わらなかった。
村人も遂に折れて、優しく孝行者の姫を生贄にする事に決めた。
生贄となった姫は一人、山道を登り、雄龍の棲み処を目指して出発した。
村人達は山の入口で、嵐の中、山に消える姫の後ろ姿を見送った。
姫が山に登った翌日、嵐は嘘の様にぴたりと止んだ。
雨で泥濘んだ道が固まった頃、村人達は山を登り雄龍の棲み処へ行った。
すると山の上に、生贄になって死んだとばかり思っていた姫が生きたまま座っているではないか。
姫の手には青銅でできた諸刃の剣があった。まるで生きている様に脈を打つ剣だった。
姫は村人達に告げた。
龍の事を、自分達が仕出かした事を、決して忘れるな、と。
その事があって以降、野山はこれまで通りに豊かになり、獣が棲み果実が実った。
川は氾濫する事無く穏やかに流れ、人々に恵みをもたらす様になったと言う事だ。
アユタの語る物語が終わり、キリエは半ば放心していた。
初めて聞く、剣と、それを取り巻く龍と少女の話。
考えてもみなかったものだ。
アユタの声が途切れても、キリエの意識は物語の遥か昔に残ったままだった。
知らなかった事を一気に流し込まれて頭がぼうっとする。
キリエの隣ではアユタが難しい顔をしていた。
冊子を逆に捲っていき、もう一度頭から目を通し始める。
「どう、なさいました?」
訊ねるキリエに、紙を捲る手を止めずアユタは言う。
目は冊子に落としたままだ。
「アヤメはこの後どうなったんだろうなあ」
「後、ですか?」
「うん。家が此処にあるくらいだし、此処で暮らしたのかなと思って。キリエの婆様の先祖かもな、もしかしたら」
「婆様の……そう、ですね」
「まあ、昔話なんて分からない事の方が多いのかもしんないけどさ。どうしてアヤメは怒れる神の元に召されても生きていたかも、剣の出処も、アヤメが村に戻らなかった理由も分からない。剣の縁起は一応分かったけど……気になるなあ。痒い所に手が届かないみたいだ」
はあ、とアユタは溜息を吐いた。
冊子を閉じて、横で見ていたキリエを横目で見る。
「もしキリエがアヤメの立場だったら、何を思う?」
「私ですか?」
「ああ。書かれてないんなら、想像するより他は無いしな」
「私は……」
龍神の剣 アオギリ @aogiri_dhigaya
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