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アユタは何も、自分に関する事や旅の目的など、肝要な部分は何時まで経ってもキリエに話してくれない。
自分はそれに対し、知らぬ間に、ひとかたならぬ不満を抱いていたのかもしれない。
どんなに寄り添う様な距離で共に生活していても、それが明かされない事は、密かにキリエを不満にさせていたのだ。
それに気付いてキリエは反射的に身を引いた。キリエの指から離れた髪の毛が、ぱさり、と軽い音を立てて頬に落ちる。
その感触でアユタは目を覚ましたらしかった。
一度眉を寄せて、薄目を開く。
キリエが目の前に居ると分かると、目を擦りながら緩慢な動作で身体を起こした。
いかにも眠たそうな眼差しキリエを見る目は焦点合っていないが、アユタはキリエに柔らかく笑った。
「……キリエ、どうした?」
アユタに呼ばれて、どきり、と胸が高鳴った。
最前まで感じていたアユタへの不信感を糾弾された様な気がした。
そんな訳は無いと自分に言い聞かせながら、キリエは脇に置いた皿を指す。
「ご迷惑かもしれませんが……お昼代わりに、持ってきました」
「……んー」
アユタは覚め切っていない目をキリエの指し示した皿に向けた。
上に乗っているのが握り飯だときちんと分かったかどうかは怪しいが、手を伸ばして、食べ始める。
初めはゆっくりと、次第に頭もはっきりしてきたのか食べる速度を上げ、最終的には両手に握り飯を持って両方から食べ始めた。
キリエは始めの内こそ罪悪感からじっと食べるアユタを見ていたが、しかしその気持ちもアユタも見ている内に収まってきた。
別に心配する事は無い。
自分の気持ちをアユタに知られている訳が無い。
そもそも自分だってつい今まで知らなかったのだから……。
アユタは余程腹が空いていたと見え、口の端に米粒を付けてもまるで無頓着だ。
本当に大きな子供みたいだ、と思ってキリエはそれを取ってやる。
勿体無いので食べる。
自分も小さい頃はよく婆に同じ事をされた。
そんなキリエを見てアユタは面白そうに笑った。
「キリエは無防備だよな」
「無防備?」
「警戒心が無い」
「どう言った意味でしょうか」
警戒心くらいはある。
アユタの言う言葉の意味が分からず、キリエは首を傾げた。
アユタは少し迷ってから、肩を竦める。
「俺の住んでた郷だと、そうやって手ずから取ってやるのは親子とか、恋人とか夫婦とか、よっぽど親しい間柄って相場が決まってるんだ。キリエは俺の妻か、恋人かな?」
「……っ!」
普通は、こんな事はしないのだ。
アユタの言う事を理解すると、急に自分のした事が恥ずかしくなった。
キリエは顔を一気に赤らめて、顔を下に向ける。
家族でもないアユタに馴れ馴れしく失礼な事をしてしまった。
都会の文化も知らない奴だと表明してしまった。
そう言う思いが頭の中をぐるぐると回って、顔が上げられない。
「……お茶を、淹れてきます!」
到頭居た堪れなくなって、逃げる様にその場を立ち去った。
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