キリエは結局何も言わなかった。アユタはきっと話してはくれないだろうと思った。

これまで訊ねる度にはぐらかされてきたのだから、今度もきっと同じだろう。


キリエの食が進まなくなったのに気付いて、アユタがひらひらと、キリエの目の前で手を振った。


「どうした? 大丈夫か?」

「え……あ、はい。大丈夫です」

「そっか。なら、良いんだけどさ。どうかしたか?」

「何でもありません」


キリエは首を横に振った。

努めて明るい口調で、話題を変える。


「物置は寒うございます。アユタ様は病み上がりですので、くれぐれもご油断なさらないで下さいね」

「分かった。せっかく起きれるようになったのに、また布団に逆戻りじゃつまらないもんな。看病されるのは楽しいけど」

「ま、またそういう事をおっしゃって……いけませんよ。お身体は大切になさって下さい」

「気を付けるよ。上着かなんか、あったら貸してくれ。無かったら布団被って行くからさ」

「探してみます」

「よろしく」


 アユタはまだ微かに湯気の立つ味噌汁の椀を傾けた。


昼が過ぎ、キリエが家事と畑の世話を終えても、アユタは部屋に戻って来なかった。

アユタは物置に入る際、適当に一段落したら出て来る、と言い残していたので、まだ目当ての物が見付からないのだろう。

出て来ない限りは食事も要らないと言っていたが、さすがに病み上がりでそれはまずい。


どうしようかと少し考えて、握り飯を作って持って行く事にした。

キリエも春先や夏場、秋口には山に入って山菜や茸を取りに行く事もあるので、握り飯くらいならお手の物だ。

自分がいつも作るものより少し大きめの塩握りを幾つか作り、皿に載せて持って行く。

家の廊下は雨風を遮る物が無かった。

故に床は幾ら掃除をしても、気付けば砂と埃で汚れてしまう。

また掃除をするか、と足の裏に目に見えない細かな砂を踏むのを感じながら冷たい風の吹き抜ける廊下を進み、物置にしている部屋まで来た。


物置の扉は閉まっていた。

開けていると風が入って冷えるのだろう。

キリエは軽く戸を叩いて声を掛けた。


「アユタ様、お加減はいかがですか」

「……」


返事が無い。

どうしようかと少し迷った。

外に置いていても良いが、すぐに砂塗(まみ)れになってしまうだろう。

キリエは戸に手を掛けた。


「入りますよ」


物置の中は暗かった。

古い埃の匂いがする。

目が慣れるまでは暫し入口に立ち尽くした。

暗がりに目が慣れて来ると、中の物の輪郭がはっきりしてくる。


アユタは部屋の中央付近に居た。

木箱を机がわりにして古い冊子を手に持ってはいたが、見ていない。

本や巻物、その他物置に納めてあった物達に、埋もれる様にして眠っている。

これでは昼を過ぎても出て来ないし、返事が無いのも頷ける。

キリエは音を立てない様に戸を閉め、足音を忍ばせてアユタの傍へ行く。

アユタは渡したどんぶくに袖を通していた。


キリエは握り飯の載った皿を置いて、そっとアユタの寝顔を窺った。

熱にうなされていた時とは違う安らかな寝顔だった。

寝ている時と笑った時は、アユタはとても幼く見える。

まるで大きな子供みたいだと思いながら、指先でアユタの頬に掛かっていた髪の毛を払ってやった。


「……素直な子供に見えるのに、あなたは何も教えて下さいませんね、アユタ様」


口から、呟きが零れた。

目を瞠る。

自分でも無意識だったその呟きを耳にして、初めて本心を自覚した。

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