不確かな未来(その5)


ブランコは二つしかなく私と春樹くんが乗っているので必然的に後から来た二人は乗る場所が無い。舞彩さんは私の近くに寄ってブランコの柱を背にしてもたれている。マスターは春樹くんの後ろに行って背中を押して遊んでいる。二人の姿は親子のようで春樹くんの顔も会った時より断然明るく笑っている。


「舞彩さんも乗ります?」

 ブランコを止めて舞彩さんに尋ねる。

「高校生にもなって乗るのはちょっと....ね」

 舞彩さんは肩をすくめた。

「あの二人はずいぶん楽しそうですけどね」

「あれはもう端から見たら親子でしょ」

「若いパパっていいですよね」

「いや、マスターはホントに若すぎるよ。彼氏に欲しいぐらい優しいし」

「舞彩さんにも彼氏さんがいるじゃないですか」

「でもここにいないんだもん」

「呼べば来るんじゃないですか?」

「むりむり。アイツが来るわけないわよ」

 舞彩さんは手を思いきり横に振って否定した。彼氏さんはめんどくさがりなのかな?

「最近は会いに行ってるんですか?」

「それが聞いてくれる!」

 舞彩さんは食いつくようにマシンガントーク、もとい恋愛トークを始めた。

 私たちがそんな話をしている横でマスターたちも何かを話していた。


▼▼▼


「スピードはこのくらいでも大丈夫ですか?」

 マスターは春樹くんの背中を押しながら力加減を聞いた。

「うん!大丈夫。まだまだいけるよ!」

 春樹くんも押されたあと自分で更にスピードを上げようとしている。

「よーし。じゃあ更に上げるぞー!」

 マスターは春樹くんの背中を持ち前に進んで手の届く範囲まで春樹くんを高く上げた。

「ヤッホー!!」

 春樹くんは楽しそうな声をあげ喜んでいる。


何回かそんなことを繰り返しているとさすがに酔ってきたのか「止めて」と途中で言われてマスターはゆっくりとブランコを止めた。

春樹くんはブランコから降りて近くのベンチに座った。マスターも横に座って春樹くんの背中を優しく撫でる。


「大丈夫ですか?」

「うん、平気」

「さすがにスピードを出しすぎましたね」

「でも楽しかった!」

 満面の笑みで春樹くんは言う。

「なら良かった」

 マスターも嬉しくて笑い返す。


私と舞彩さんはそんな二人を気にせず話を続けていた。正確には舞彩さん一人が喋り私が相づちをうって聞いていた。恋を語る舞彩さんの話に私は興味深々だった。


「ところで質問なんですが春樹くん」

「なに?」

 春樹くんは首を傾げて尋ねる。

「家で何か嫌なことがあったんですか?」

 春樹くんは目を見開き驚いた顔をする。

 舞彩さんが言うには家では元気がないらしい。けれど今日会って遊んだ感じでは元気に笑って明るい顔をしている。元気が無いのは家に居るときだけということは家に問題があるのではと考えた。

「じゃあ、学校で何かあったんですか?」

 春樹くんは沈黙を貫いた。何かを思い出したのか悩んだ顔をしている。

「悩むことは悪いことじゃありません。分からないなら周りに聞いてもいいんですよ」

 マスターは優しく独り言のように呟く。

 春樹くんはマスターの顔を見て口を小さく開き始めた。

「前の時なんだけど、授業中に夢を発表することがあったんだ」

 春樹くんはゆっくりと話始めマスターは静かに聞いた。

「僕の夢は宇宙飛行士になりたいって発表したら周りの友達たちに笑われたんだ。なれるわけないだろ、春樹の頭じゃ無理だって笑うんだ」

「そのことが原因で家でも元気がないと?」

 春樹くんは首を横に振った。

「笑われたことも恥ずかしかったけど確かに僕はテストの点数は高くないし頭がそんなに良くないって分かってるんだ。だから納得しちゃったんだ。でもその日のテレビで努力すればなれないモノなんて無いって言ってて....だから僕は次の日に友達にその言葉を言おうとしたら言えなくて、またバカにされるって想像すると言えなくて、そんな自分が嫌になったんだ」

 春樹くんの目が潤んで光っている。

「バカにされて恥ずかしくて言い返そうとしたけど言えなかった自分が嫌いになったと?」

 コクりと春樹くんは頷く。

「僕には勇気も無いんだと思うと惨めに感じて、だから家族にも言えなくて....」

 フッとマスターは笑って春樹くんの頭を撫でた。

「ならでかくなればいいんですよ」

 春樹くんはマスターの言ってる意味が分かっていない様子だ。

「自分を小さくて弱くみるならこれから先、言いたいことが言えるくらい大きな子になればいい。春樹くんはまだ小学生だ。そんな所で立ち止まってたら可能性が消えていってしまう。一人で悩んでいるくらいならお姉ちゃんに相談すればいい」

「でもお姉ちゃん気が強いし、笑われそう」

「笑ったりなんてしませんよ。弟の夢をバカにされたことを笑うお姉ちゃんじゃありませんよ舞彩さんは。何も言わないから心配するんですよ」

「ホントに?」

「えぇ僕が保証します。それと春樹くん....」

「ん?」 

「別に人に笑われたっていいんです。笑われた過去を笑えるように生きればいい。なりたいものになって笑った人たちを笑い返す勢いで頑張ればきっと夢は叶いますよ」

 マスターはニッコリ笑った。

 春樹くんは言っている意味が半分しか分かっていない様子だった。

「さ、そろそろ帰りましょう。日も沈んできましたし」

 マスターは立ち上がり私たちを呼び戻しに来た。

 春樹くんはマスターの背中を眺め何かを思っていた。


▲▲▲


「あれ?マスターいつのまにブランコから離れてたんですか?」

「そんなことより日も沈んできましたし帰りましょう」 

「そうですね」

 私もブランコから降りて立ち上がる。

 舞彩さんも公園の出口に向かって歩き出す。

「春樹ー。帰るよー!」

 舞彩さんが大きな声で呼び春樹くんが走ってきて舞彩さんに突撃した。

「なによ。急に、どうしたの」

 突撃した春樹くんを抱き締め舞彩さんはビックリした声をあげる。

 すぐに離れて春樹くんは舞彩さんの手を握った。

「さて、帰りましょう」

 カバンを背負ってマスターは皆に言う。

「結局、持ってきた道具使いませんでしたね」

「ホントですよ。せっかく持ってきたのに残念です」

 マスターは本当にかなしい顔をしている。

 遊びたかったんだろうなぁ。私は心の中でクスリ笑った。 

「まぁ、今度来たときは遊びましょう」

 とりあえずフォローをする。

「そうですね。次回があると信じましょう」

 

私たちはゆっくりと公園を出て来た帰り道を歩いていた。来たときは三人だったけど帰る時は四人で並んで帰っていた。


―後日。舞彩さんは店に来て春樹くんの愚痴をもらした。

「聞いてよ!マスター」

 舞彩さんはカウンターに座って話す。

「何かあったんですか?」

 マスターはコーヒーを置いて話を聞いた。


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