第七話
不確かな未来(その1)
長い連休が終わった次の週の土曜日。
今日は加藤さん親子も来ていなく。他の客など当たり前に居ない。マスターと店員さんの二人しかいない静かな喫茶店の昼下がり。
私は前にマスターと出掛けた日の話をマスターにする。あの日、迷子になった理由、あの子どものこと、そして助けてくれた女の人の話を順を追って説明していた。
「怖い話ですね。夏にはまだちょっと早いですよ」
マスターはコーヒーの豆を挽きながら私の話にコメントをする。
「でもあの子は何だったんでしょう。あの時は怖くて何も考えれませんでしたから」
「まぁ、朱音ちゃんが無事に帰って来てくれて僕は嬉しいですよ。その助けてくれた女性の方にも会ってお礼をしたかったです」
「あ、でもマスターのことを知ってる人みたいですよ」
「僕のことを知ってる人ですか?」
マスターは頭の中で自分を知る人物を思い出す。知ってる人なんて一人か二人ぐらいしか思い付かない。
「確か名前は東郷って言ってました!」
「東郷!!?」
マスターは驚いた顔をして大きな声を出す。
「あの人が助けてくれたんですか?!」
体を前のめりに傾けて聞いてくる。
「は、はい。そうですけど」
私は一歩後ろに後ずさる。
マスターが変だ。
「はぁ~」
気の抜けた声でマスターはその場にしゃがみこむ。
「えっと、知り合いですか?」
近づいてマスターを覗いてみる。
「えぇ、前に話したことがあったでしょう。大学の先輩の話」
「はい。確か同じサークルの先輩の話ですよね?」
私はその時の話を思い出しながら当たっているか一応確認する。
「そうです。その先輩が…」
「まさか東郷さんだったんですか!」
私は椅子に正座してマスターを覗く。地面にしゃがみこんで頭を下げている小さなマスターがそこには居た。
「まさかあのショッピングモールに居るとは…あの人何か変なこと言って無かったですか?」
マスターはゆっくりと立ち上がった。
私は東郷さんとの会話を思い出す。
「いえ、特に変なことは言ってませんでしたよ」
「あぁ、なら良かった」
マスターは胸を撫で下ろし鷹のような顔をする。
「あ、でも最後に変な質問をされましたよ」
「変な質問?」
「はい」
あの時の東郷さんの言葉を思い出す。
“君は少し不思議な力を信じるかい?”
帰り際に質問された内容を思い浮かべる。
「あの人は…また変なことしようとしてるんじゃ無いだろうな」
マスターは顔を抑えため息混じりに呟く。
「何であんな質問したんですかね?」
「あの人の感性は変わってるからまた変なことでも考えてるんだろなぁ」
遠い目をしてマスターは悲しい声音を吐く。
「どんな人だったんですか?東郷さんって」
私はマスターの口ぶりを聞いてると東郷さんに興味が湧いた。
「どんな人…」
マスターは言葉に悩んでいるようだ。
う~んと首を動かして考えている。
「いや、そんな難しく考えないでください。大学の時のマスターと東郷さんの話を聞きたいだけですから」
私は手を横に振ってマスターに言う。
「あ、でも話したく無いなら別大丈夫ですから」
「いえ話せないわけでは無いんです。ただ何から話せばいいのか分からなくて…」
「思い出がたくさんあって良いじゃないですか」
私は悩んでいるマスターが珍しくて笑みを溢した。
「思い出…まぁ、そうですね。たくさんありますよ。嫌な思い出がたくさんね」
マスターの声のトーンが一段と低くなって目を背けている。
あ、嫌なこと思い出させちゃったかな?
「えっと…」
何て言えばいいのか分からず言葉が詰まる。自分のせいで嫌な記憶思い出させちゃったのに申し訳ない。
そんな変な空気を破るように扉の開く音が鳴り響く。
扉を開けて入ってきた客は舞彩さんだった。いや、その後ろに誰か....いる?
「マスター!ちょっと助けてよ!」
舞彩さんの声が店内に響きさっきまでの変な空気もどこかへ行ってしまった。
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