迷子のマイゴ(その7)


迷子の女の子の腕に引っ張られ私は歩いていた。女の子は強く腕を引っ張るので私は少し前屈みになりながら早く足を運ぶ。

歩いていて何となく違和感があった。何かは分からない。女の子と一緒にいる自分に違和感を覚えたのか、端から見たら姉妹に見えるから? そう考えながら一瞬、私は女の子を見て前を向いた。

違和感の正体は私じゃ無かった。いや、特におかしいことじゃ無いと思う。けれど私にとってはなぜか違和感だった。


すれ違う人々と目が合わない。

普通は歩いていて、目の前の人と目があったとは思わない。けれど目に写り、顔を一瞬でも見てしまう。だから自分たちも知らない間にどこかの誰かと目が合ってるはずだ。けれど今すれ違う人々の顔が見れない。私が前屈みになってて少し下から目線になるからかもしれないが相手の顔がよく見えない。

これが違和感の正体だった。


「ねぇ、どこらへんでママとはぐれたの?」

 私は何も言わず腕を引っ張り歩く女の子に尋ねる。

「ママじゃないの」

 女の子は顔も見ずに冷たく言う。

「え? でもさっきママとはぐれたって言わなかった?」

「迷子とは言ったけどママとは言ってないよ」

「え? じゃあパパと来たの?」

「違う」

 女の子の腕を引っ張る強さが強くなると同時に走り出した。私も引っ張られ一緒に走る。

「え?! ちょっと、待って!!」


▼▼▼


「おや、あの子はさっき青年といた子じゃないか」

 ベンチにもたれかかって座っていた女性が走っていく女の子を見つけた。

「あんな体勢で何で走っているんだ?」

 女性は後をつけよう立ち上がり、走った。

「それもでなんて」


▲▲▲


「待ってって! どこまで行くの?!」

 私は強く女の子の腕を引っ張りひき止めた。

 女の子は足を止め顔を下げる。

「ねぇ、誰と来て、どこで迷子になったの?」

 私は腰を低くしゃがんで女の子の顔を見る。

 そこで私は目を見開いた。私が思った違和感の正体は歩く人々じゃなかった。どこからか分からない。思い出せもしない。だって私はずっと腕を引っ張られ手を握ってたのに・・・

「あなたは....だれ....」

 私の目の前にいる女の子は、書店の道沿いに座ってた女の子と顔が違う。今目の前にいる子が誰か分からず私は声が震える。

「私はワタシだよ。誰でもない。ただの迷子だよ」

 フフフ、と笑いながら女の子は私の顔を見る。

 私は怖くなってとっさに立ち上がり後ろに一歩下がる。

「お姉ちゃんもマイゴなんでしょ」

 女の子が私を見上げて笑う。

「何を言って・・・」

「だって、今自分が何をしたいのか分からない。何でここにいるんだろう。何で私には何も無いんだろうって悩んでる」

「何の話?」

「お姉ちゃんの心の中の話だよ。あの時もそう・・・」

 女の子が一歩、一歩と近づきながら続ける。

「あのおじいさんが相談に来たときも話を聞くだけで何も出来ずに終わった。彩と彼氏の時もマスターを疑い、自分は蚊帳の外だったもんね。自殺した子も口喧嘩して負けて結局マスターが思いとどまらせた。パン屋のお父さんの件は彩さんが頑張ってた。そしてマスターに褒められた彩さんが嫌だったんでしょう? 自分は今まで何一つ頑張ってない。ただマスターの横に居てただけ」

 女の子の顔からだんだんと笑みが消え失せていく。

「今の、何も無い自分が無力な自分が嫌になってるんでしょう」

 私の前で立ち止まり私の顔を、いや全てを見透かしたかのように凝視する。

「ち、違う。私はそんなこと思ってない!」

 私は後ろにゆっくり下がりながら反論する。

「認めなよ。本当は・・・」

「違う! 違う! そんなことあるわけない!!」

 私は目をつぶり耳を塞ぐ。女の子の声が届かないように....


「はいはい。何してるの」

 誰かが私の肩を叩いた。目を開け後ろを振り向くと背の高い綺麗な女の人がたっていた。

 耳に当てていた手をゆっくり下ろしながら尋ねる。

「貴女は、誰?」

「私か? 私の名前は東郷だ。」

「とう、ごうさん」

 私は目をパチパチさせながら意識をはっきりさせていく。気づけば目の前の女の子は消えていた。二人しか居なかった空間がいつのまにか辺りは人でいっぱいで道行く人たちの靴の音や店の音楽が鳴っていてさっきまで静かだったのが嘘のようだ。

「まぁ、あっちに座りなよ」

 東郷さんは私の背中を押してベンチに座らした。私は押されながらゆっくり歩きベンチに座った。

「ちょっと待ってて、飲み物を買ってくる」

 東郷さんは走って自販機に向かった。


まだ頭がボヤけている。さっきまでのは何だったのか。あの女の子は幽霊だったのか。どこまでが本当なのか。それとも全て私の夢だった?

現状に頭がついていけず私は顔を下げる。

ただ、怖かったことだけは覚えている。幽霊やお化けを見た怖さじゃない。自分の知らない奥底を当てられたような、見透かされたような気がして怖かった。

「あの子はなんだったんだろう」

「頭でも痛くなった?」

 東郷さんが顔を覗きこんできた。

「あ、いやそういう訳じゃ....」

「はいこれ。何が好きか分からなかったから水にしちゃったけど」

「ありがとうございます」

 天然水のペットボトルを渡され私は一口飲んだ。口と喉が冷たく潤され頭まで冷えてくる。

 おかけでボーっとしていた体や頭が元に戻っていく。

「それより、何であそこで一人立っていたんだい?」

 東郷さんが横に座り尋ねてきた。

「一人、ですか? 女の子は?」

「女の子? いや私が見たときは一人だったけど?」

「そう、ですか」

 私は驚きまた顔を下げる。

「何か悩みでもあるのかな?」

 東郷さんは優しく語りかけてきた。まるでマスターみたいだと一瞬錯覚した。

「どうして、そう思うんですか?」

「そんな顔してる」

 東郷さんは笑ってそう言った。

「悩み、なんですかね。自分がよく分からなくなってきて」

 東郷さんは何も言わず黙っている。私は続けて話をする。

「最初はマスターみたいに誰かの力になりたくてバイトを始めたんです。でも私は何一つ力になれなくて、そんな時、ある人がマスターみたいに誰かの力になってあげてて、羨ましくなったんです。いや、マスターに褒められたことが羨ましかったんだと思います。私もほめられたいって思うようになって、でも何をすればいいのか分からなくなって・・・」

 なぜか考えるより先に言葉が出てきた。自分でも何を話しているのか分からない内容だけれど東郷さんは黙って聞いていてくれた。

「無理に何かをなそうとしなくていいと、私は思うんだよ」

 東郷さんは立ち上がり私を見ながら続ける。

「誰かの役にたちたいと君は考えるけど、もしかしたらもう君の知らない所で君は人の役にたっていると思うんだ。

「私の知らない所で、ですか?」

「うん。だから無理に考える必要は無いと私は思うよ」

「じゃあ、どうすれば優しくなれますか!? どうすればマスターみたいに優しくなれるんですか....」

 私は自分でも分からないことを口走った。ただの八つ当たりみたいに答えが無い問題を東郷さんに聞いた。

 東郷さんは少し考えて口を開いた。

「優しさってのは自分が知らない時、勝手に相手に与えてるものだと思うんだ。」

「また知らない時ですか....」

「君は息をする時、自分で考えて息を吸うか?」

「いえ....」

「優しさも一緒だよ。考えずにしたことが相手にとって優しく感じる時もある。まぁ、逆もしかりなんだが」

 東郷さんは私の後ろの取っ手にもたれかけ続けて言う。

「まぁ、君が悩んでいた理由はマスターが解決してくれるさ。こっちに向かってきてるよ」

「え・・・」

 私は後ろを振り返り、人混みの奥を見る。

 遠くの方でマスターが走ってこっちに向かってきている。

「じゃあ、私は帰るよ」

「あ、待ってください! お礼を!」

「そんなものいらないよ」

 東郷さんは手を横に振って拒否した。

「あ、でも一つ質問」

「なんですか?」

「君は少し不思議な力を信じるか?」

 私の頭の中で一瞬、喫茶店の奥の扉が浮かんだ。

「はい!」

 私は元気に返事した。

「そうか!」

 東郷さんは笑ってどこかに歩いて行ってしまった。

「朱音ちゃん! やっと見つけたよ」

 同時にマスターが走ってこちらに来た。

「心配したよ。本当に」

 マスターの額は少し汗をかいていた。きっと走り回って探してくれたのだろう。

「すいません。ご迷惑をかけて」

「いや、無事に見つかって良かったよ。さ、帰ろうか」

 マスターはいつもの笑顔でそう言った。

「はい」

 私も笑顔で返事した。

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