迷子のマイゴ(その5)

私とマスターは自動ドアを通るとすぐに食器売り場を目指した。

マスターは買い物カゴを取りカートに乗せて歩いていく。


「どこらへんにありますかね」

 休日のせいかいつもより人が多い気がする。

「確か向こうの方だった気がします」

 マスターはカートを押し進んでいく。

 

ここのショッピングモールはそれなりに大きく三階まである。基本的には服屋と食べ物屋が多い。他にもスポーツ用品店や映画、ゲームセンターなどたくさんの店が開いている。

現在私たちは一階の一角。広い面積を持つディスカウントストアの入り口周辺を歩いていた。

マスターが言うにはストアの端っこに食器などが置いてるらしい。

私たちはたくさんの人混みの中を掻き分け端を目指した。

休日でセールをしているのかたくさんの主婦が買い物カゴを二つ持って、その中にはたくさんの商品が入っていた。

買いだめしてるのかな?と思いながら私は周りを眺めていた。


「朱音ちゃん! よそ見してたらはぐれちゃうよ!」

 マスターは片手でカートを押しもう片方の手で私の腕を掴み自分の近くに引き寄せた。

 引き寄せられた私はバランスを崩しかけ、体勢を立て直す為にカートの取っ手部分を掴んだ。

「はぐれちゃダメだよ?」

 マスターの顔が近くて驚いて手を離す。

「き、気をつけます」

 私はマスターの近くを歩いた。


五分くらい歩いただろうか。食べ物や飲み物ばかりだった場所からだんだん生活用品などが置かれている場所を私たちは歩いていた。

ここらへんに来ると最初の頃と比べて客の数は格段に減っていた。

食品売り場は人が混雑していたが生活用品売り場にはあまり人が居ない。狭い空間からやっと広い空間にたどり着き私は胸を撫で下ろした。


「朱音ちゃんは人混みが苦手そうだね」

 マスターが少し笑いながら聞いてくる。

「そうですね。少し気持ち悪くなります」

 私はとても嫌な顔をして答えた。

「僕も苦手でね…」

 マスターは前を向きなおし続ける。

「人が多いとつい顔とか見てしまうんですよ」

「たくさんの顔があるから気持ち悪いってことですか?」

 私はたくさんの顔が並んでいるのを想像した。確かに顔だけ見てたら気持ち悪くなるかもしれない。

「まぁそれもありますが…」

 マスターは右に曲がり立ち止まった。

「ありました。ありました」

 マスターは棚に並んでいる食器を見つめている。

「たくさん買うんですか?」

 私は色々な食器を見つめマスターに聞く。

「そうですね~。そこまでたくさん買うつもりはありません。三、四個ほどです」

 マスターはどれにしようか食器を手に取り見定めている。


棚には色々な種類のグラスや皿が並んでいる。

細長い形状のグラスもあれば飲み口が広いグラスなどがある。マグカップもシンプルな物から絵や柄が入った物まである。


「皿....は。あ、後ろの棚か」

 皿もそれなりに多かった。

 皿を見ていると横皿の表面に可愛い草たちが描かれている物を見つけた。

「可愛い…」

 今度来るときに買おうと決めた。

「朱音ちゃんは何か良い物ありましたか?」

 自分の買う物を決めたマスターがこちらに近づいてくる。

「この皿とか可愛くないですか?」

 私は皿を持ち表面をマスターに向ける。

「あぁ、確かに」

 マスターも同意した。

「でしょ!」

 私は皿を戻そうと手を下げた時、カートのカゴの中がチラリと見えた。 

 マスターは三、四個とさっき言っていたはず、だがカゴの中にはその倍の量が入っていて綺麗に並べられカゴの中に収まっている。

「マスター…三、四個って言ってませんでしたっけ」

 私は呆れ顔でマスターを見る。

 え?とした顔でマスターは自分のカゴを覗いた。

「えーと、ついたくさん買ってしまうよね」

 マスターは弁解しようと理由を並べていく。

 なんだろう。別にダメとかそういう風に言ったつもりは無いのだけれどと私は何も言わずさマスターの言い訳を聞いた。

 結局、マスターはたくさん買うのを止め食器を元の位置に戻している。

「あ、朱音ちゃんのその皿もカゴに入れておいてね」

 マスターは戻しながら言う。

「え?! いや別に大丈夫ですよ!」

 私は驚いたがすぐに手を横に振り応答した。

「いいからいいから」

 マスターは戻し終わりこちらに近づいてくる。

「朱音ちゃん専用に、ね」

 マスターはにこりと笑いさっき見せた皿を取りカゴに入れた。

「ありがとう、ございます」

 本当なら遠慮するべきなのだろうが体が動かずマスターの行動を見ていることしかできなかった。

「僕がしたいからするんだよ。遠慮なんかいらないよ」

 マスターは私の頭をポンっと触り「行こっか」とカートを押してレジに向かった。

 私は後ろからマスターの後をゆっくりと追いかけた。




「お! 懐かしいな。青年じゃないか」

 2階の通路の取っ手に身を屈め下を向いている。

「あんな可愛い彼女を作るなんて、進歩したものだ」

 女は静かに見つめていた。

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