バケモノ(その5)
喫茶店に戻ってきた私たちは片付けを始めた。泣いたせいで目が真っ赤になった彼女は泣いたのが恥ずかしかったのか少し頬が赤い。
「あの...えっと聞いてくれてありがとう」
「いえいえ、そんな話してくれてありがとう」
マスターは優しく微笑んだ。
「私、頑張るよ」
彼女の真っ青だった顔は活気に溢れ、笑顔になっていた。
「何かあったらすぐ来てね」
私はグッと手を握り彼女を見る。
「うん!」
彼女は笑顔で答え帰っていった。
私はてっきり「分かってるよ!」「大丈夫だよ!」って怒ったように言ってくると思い目をパチクリとした。普通に笑えば可愛い子なのに....と思ってしまった。
「心配、ですね」
マスターは彼女が出ていったドアを見つめ言った。
「イジメってそんなに簡単に起きちゃうんですね」
「人は人を蔑む時、虐める時、嘲笑う時、人の中の醜いモノが出てくるんだと思います。ちょっとのことで外れて出てくるそれらは人をバケモノに変えるんでしょうね。彼女が言ったみたいに」
「バケモノ....ですか。私やマスターにも居るんですか?」
私はマスター見つめ質問した。
「居るでしょうね。居ない人間なんて居ないと思います」
「ちょっと、怖いですね」
私は自分も彼女達みたいになるかもしれないと考えると自分が怖くなる。
「でも、人によって簡単に外れる人も居れば中々外れない人も居ると思います」
マスターは私を見て言う。
「朱音ちゃんは大丈夫ですよ。僕が保証します」
マスターは優しく微笑んだ。
「そうだったら嬉しいです」
私も微笑んだ。
―数日後―
あれから彼女は来ない。ちゃんと先生に言えたのかな?大丈夫だったのかな?と心配する気持ちがどんどん大きくなっていった。
「そういえばマスター、ニュース見ましたか?」
加藤さんがマスターに聞く。
「何のですか?」
「つい最近、ニュースになった。いじめの件です。かわいそうですよね....」
「その話はダメです!」
マスターが慌てて加藤さんに言う。
「何がダメなんですか?」
私は疑問に思いマスターに聞いてみる。
「朱音ちゃんは聞いちゃダメなことです」
マスターは悲しい顔を言った。
「加藤さん、何のことですか?」
私は気になり聞いてみた。
「マスターさんが言ってるのは多分、事故のことじゃないかしら」
「事故?ですか?」
「はぁ....朱音ちゃん」
マスターが重くため息をついて私に言う。
「覚悟してください」
「なにをですか?」
「受け止める覚悟です」
私はマスターが言ってる意味が分からず首を傾げた。
「これを見てください」
マスターがカウンターに新聞を広げた。
私はわけも分からずカウンターに近づきマスターが指差した新聞の記事を読んだ。
【女子中学生が事故死】と書いてある。内容にを見ると女子中学生はイジメられていたらしく今回イジメの途中で誤って3階から転落死したと書いてある。
「マスター、これって....」
私は衝撃のあまり声がちゃんと出せなかった。そんなわけ無いと違う人だと信じたかった。けれどマスターは無言で首を縦に振った。
「調べてみたら間違いありませんでした」
「そんなことってありますか....だって、この間...」
私は力が無くなってその場にしゃがみこんだ。私の目からは涙が溢れでた。
「朱音ちゃん!」
マスターが私の側に駆けつけてくれる。加藤さんも心配して近づいてくる。
「そんなことって....」
「朱音ちゃん、あくまで偶然事故にあったんです。僕たちも覚悟してたはずです。言えばイジメられると、ただ僕たちの所へ来る前に....」
「そんな偶然がありますか?偶然出会い、偶然助けて、偶然事故死なんて、こんなの!」
「だから言ったじゃないですか。偶然と言う悲劇が一番の悲劇だと…」
マスターは叫ぶ私を抱き止め耳元で言う。
「そんな…」
私はマスターの胸で泣いた。泣きじゃくった。怒りも悲しみもすべて涙に変えて流した。
加藤さんは何がなんだか分からないという顔をしていた。
バイトに行く途中で偶然彼女と出会い。偶然にも彼女を助けた。そして偶然は彼女を…
これがもし、事故死ではなく偶然ではなく彼女たちが故意でしたことなら私はバケモノに変わったのだろう。けれど偶然というモノには私たちは手を出せない。
マスターは偶然が悲劇だと、私は偶然、人ではどうにもならない現象が一番のバケモノに思えて仕方がなかった。
私はこの日、初めて心に深い傷をおった。
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