バケモノ(その4)

久しぶりに入った扉の奥はまたしても部屋が変わっていた。私が初めて入った時は学校の教室、二回目の時はおじいさんの部屋、そして今日は学校の教室だった。前は私の高校だったけど今日は違う。確かに机と椅子が40個ほどキレイに並べられ前には黒板と壇上がある。が私の高校の教室じゃなかった。でもどこかで見たことがある。懐かしい気持ちになった。


「ここ....私の学校じゃない。なんで....」

 彼女は驚いた顔をして教室全体を見渡し机が本物なのか触って確認している。

「この部屋については話せることはありません。とりあえず座りましょう」

 マスターは机を並べ小さなテーブルを作り椅子を三つ並べた。


私とマスターが横に座り向かい側に彼女が座る。なんだか三者懇談をしてるみたいだった。


「さて、話して下さい」

 マスターが彼女を見据えて言う。

「貴女がなぜ自殺を考えたのかを…」


彼女は姿勢を正し私たちをしっかりと見つめ口を開いた。


―始まったのは一年前からだった。中学二年の頃、私は友達と楽しく学校生活を満喫していた。いつもと同じメンバーでちょっとやんちゃなことしたり、先生たちに怒られたりしていたけど楽しかった。皆で笑いあってた。でもある日、友達の一人が言ったの「アイツ最近ウザくない?」その一言からグループ内でイジメ、が始まった。最初は逃げたり、上から水をかけたりしてた。けど段々エスカレートしていった。私も一緒にやって笑ってたけど心は重くなっていった。そして私はついに耐えきれなくなり先生に相談した。私たちと先生は話し合って怒られた。そして友達へのイジメは無くなった。

次の日からイジメのターゲットは私に変わった。先生に言った私への怒りがあったんだろう。皆の目の色が私に向ける視線が変わっていた。そこからは友達にしていたよりも酷いモノだった。今年から三年に変わってクラス替えして離れたけれど止まりはしなかった。歯止めがきかなくなったんだと思う。放課後、休み時間、とずっとイジメられた。学校が終わると逃げるように急いで帰ろうとした。けど逃げれなかった。いつも同じメンバーで仲良くしてたから他に友達も居なく助けを求めれる人なんて居なかった。先生に言おうとしても脅され言えなかった。―


「これが私の理由よ」

 彼女の顔は話している内に段々暗くなっていき下がっていった。

「イジメ....ですか」

 マスターは何とも言えぬ顔をして黙りこんでしまった。

「抵抗、とかしなかったの?」

 私は恐る恐る聞いてみる。

「抵抗?」

 彼女がハっ?と顔で言う。

「歩道橋の時とかさっきの時みたいに大きな声で叫べば誰か近くに居た人とか助けてくれるんじゃ…」

「出せるものなら出したよ」

 彼女は服の袖をめくり腕の内側を見せてきた。そこには見るに耐えないものがあった。

「それって!?」

 私は身をのり出し彼女の腕をさわった。

「大丈夫なの?」

 私は彼女の顔を見た。

「大丈夫じゃないから自殺を考えたの」 

 彼女の目は揺れていて涙がたまっていた。

「大丈夫!もう大丈夫だから」

 私は席を立ち彼女を抱き止めた。

 

彼女の目から涙が溢れたのが分かった。私も涙が溢れてきた。彼女の話を聞き、どれだけ辛い経験をしたのかも分かった。イジメと言うモノを目の当たりにして私は涙が出た。


「離....れて!」

 彼女が私から離れた。

「同情なんていらない。私はもうアイツらの居る学校になんて行きたくないのよ」

「親御さんには言わなかったんですか?」

 マスターが顔を上にあげて彼女に質問した。

「私の親は放任主義でね。忙しいんだ。話せる暇も無いし、こんなこと言えないよ」

「でも言わなきゃ解決しないじゃない」

「言ったらもっと酷いことをされる。それが分かってるから言えないんじゃない!私にはもうアイツらがバケモノにさえ思えてくる」 

 彼女が狂ったような怒ったような顔をして言う。

「貴女に分かる。イジメられてる時にアイツらの笑った顔、声…人がバケモノに思えてくるわよ」

「それは…」

「何にも言えないじゃない....」

 彼女は死んだような顔をして椅子に座った。

「でも解決するにはやはり親か先生に言うしかないと思います」

 黙って私たちの話を聞いていたマスターが口を開いた。

「だから言えないって…」

「言ってもイジメられるならまたここに来てください。僕が匿います」

「そんなこと....出来るわけ」

「次は僕が学校に話をします、その子たちとも、だから貴女は安心して言って下さい」

 マスターは優しく彼女を見つめた。

「そんな保証、どこにもないじゃない」

「僕は嘘はつきません。それにもう見たく無いんです。イジメに苦しむ人は…」

「だって…」

 彼女はうつむき足に涙が落ちた。

「私もついてるから」

 私は後ろから優しく彼女を抱いた。


彼女の引き締まって閉じ籠っていたモノが弾けたよう涙した。私は何も言わず彼女の頭を撫でた。私よりも年下の子が辛い経験した、ここに来なければ知りもせず、気づかぬまま逝ってしまったかもしれない。私はこのバイトで色々な大事なことを学んでいってる気がする。


窓の向こうは空が真っ赤に燃えていた。薄暗い教室でマスターは優しく微笑み、彼女は無言で泣き、私は優しく抱き止める。

喫茶店の時とは違い静かだが重くなく、優しい空気に包まれていた。

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