番外編

いつかの私へ

ふと空を見上げるとからっぽな気持ちになる。夢なんて無い私には将来のビジョンなんて見えない。未来の私は今、何をしているのかな。学校で友達とそういう話をしてみると周りは何かしらと考えていて、劣等感を覚える。

恋愛話をしても恋を知らない私は友達の感情が分からないから愛想笑いをするか真剣に聞くかしかない。

私のこの人生は楽しいのだろうか....


「マスターは昔、夢とかあったんですか?」

 私とマスターしか居ない喫茶店に声が響いた。

「唐突にどうしたんですか?」

 マスターは少し笑いながら聞き返す。 

「私の周りは将来のこととか考えていてスゴいな~と思ってて、でも私には何も無いからマスターの話を参考にしてみようかと」

「あぁ、なるほど」 

 マスターは納得したような顔をして続けて言う。

「僕も将来の夢はありませんでしたよ。ただ何となく高校に行って、大学も適当に決めて行きましたから」

「何で喫茶店を開こうとしたんですか?」

「一人の女性に出会ったんです。僕のことを分かってくれる人に。その人に頼まれたから、ですかね」

 マスターは儚い顔をして言った。

「その人は今はどこに?」

 マスターは首を横に振った。

「さぁ、分からないです」

 私は何か言おうとしたけれどこれ以上聞いちゃダメだと思い踏みとどまった。

「マスターは楽しいですか?」

 マスターは二つ返事で笑った。


マスターにも夢は無く、ただ何となく大学に行って今ここに居ることが楽しいと答えた。私も大学に行ったら何か見つかるのかな。未来の私は今の私を後悔しないだろうか。

私は窓から見える空を静かに眺めた。


「日記でも書いてみますか」

「え?」

 私はマスターの方へ向く

「毎日の出来事とその時思ったことを未来の自分に書くんです」

 マスターは優しい声で続けて言う。

「大人になってそれを見たとき自分の人生が分かりますよ」

「未来の私へ、ですか」

「そうです。日記なら僕の貸すのでどうですか?」

「そんな書ける出来事なんて....」

「あるじゃないですか。たくさんの人と出会って何か変わったんじゃないんですか?」

 マスターは笑顔で日記帳とペンを取りに行った。


確かにここで出会った人たちに私は何かしらの影響を受けたけれど日記なんて書いたところでいつ読むかも分からないのに。

だけどマスターが言うなら書いてみようと思った。

マスターが新しい日記帳とペンを貸してくれて私は書き始めた。

今までの出来事と未来の私へのメッセージを


ここでバイトするようになって色々な人に出会った。皆たくさんの悩みや不安を抱えていて大人になっても変わらないのだと知った。でも皆その不安と向き合って、誰かに話して最後には笑顔になっていって良いなぁって思う。

未来の自分へは思ってたより書くことがあった。

私の人生は楽しいのか。何の職業に就いてるのか。結婚してるのか。今の私は未来が怖い。とたくさんのことを書いた。

私はいつまで喫茶店でバイトをするのだろうか。未来のマスターは元気なのかと書いてみたりした。


思ってたことを全部書くと少しスッキリした気持ちになった。


「朱音ちゃんもまだまだ子どもですね」

 マスターは書き終わった私を見て言った。

「そうですね。私から見れば周りは大人だらけです」

 私はぐったりと椅子に座り天井を見ながら言う。

「マスターとあまり歳も変わらないのにマスターがスゴく大人に見えます。友達とも差を感じて自分が子どもに見えます」

 マスターは驚いた顔をして私を見ている。

「朱音ちゃんは自分を低く見すぎですよ。僕から見たら十分スゴいですよ。自分と向き合う人は」

「そんな向き合ってませんよ。ただ怖いだけですよ。先が見えないことが」

「怖いなら僕が一緒に歩きますよ」

 私はえ?とマスターの方を見ると笑顔で私を見ている。

「僕が朱音ちゃんの背中を押して上げます。一緒に歩けば怖くないですよね?」

 マスターは優しい顔で言った。 

 私はおもわずクスッと笑ってしまった。

 マスターも少し照れたように笑った。


私とマスターしか居ない喫茶店に二人の笑い声が響き渡った。

いつかの私へ、私はまだ少し怖いけれどマスターが居る未来なら大丈夫な気がします。

この日記を読むのはいつかは分からないけれど今、このときは私の人生はとても楽しいです。

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