番外編
あのときの僕は
大学を出てすぐに喫茶店を開いた。中心部は人が多くて僕にはまだ無理だったから小さな町の隅っこに喫茶店を開いた。
あの時、君が言った通り赤が目立つ色にした。名前は僕の覚悟をあらわす為にこの名前にした。
喫茶店を作るまでの過程は本当に大変で君にはこの苦労が分からないだろうね。近くで見ていたら「うわっ、大変だねぇ~」とか笑って言ってくるんだろうな。僕はそう想像するだけで少し腹も立つがなぜだかやる気が出るんだ。頑張ろうって思い僕はこの喫茶店を建てた。
ビラも作って近くに貼ったりしたけどやっぱり人はあまり来なくて、無駄な時間を過ごしている気分にもなった。やっぱり「あなたの心を軽くします」って書いたのがダメだったのかな。
そんな時、一人の女の子に出会った。店の前でドアをガチャガチャしてて僕は最初少し怖かったんだよね。でも勇気を持ってドアを開けて彼女を見るとその目は悲しい目をしていた。僕は精一杯の優しい笑顔で彼女を招き入れた。
彼女の心は不安、というか悩みを抱えていた。僕は君との約束を果たすために彼女の話を聞いた。あの部屋は君の言う通り話しやすいらしい。
彼女の悩みを聞くと次の日からバイトしたいと言い出してきたんだ。あの時はビックリしたな。彼女が真剣にお願いするから僕は了承した。
彼女と仕事するようになって色々なお客に出会い、悩みを聞き彼女は成長したと思う。元々少し大人びていて人の話を真剣に聞く子で、でもその分内心では色々考えちゃう子だ。
君とは正反対なのになぜか彼女といると大学で君と居た気分になるんだ。
彼女が毎日成長していく姿、些細なことで笑ったり、少しのことで悲しんだり、驚いたり、色々な表情をする顔を見ていて僕はつい笑顔になってしまう。
最近、彼女は将来について悩んでいるらしい。僕がこの時は将来なんて真っ暗だったのに彼女は真剣に考え、悩み、不安を感じていた。
あぁ、まだ彼女も子どもなんだと思った。弱く小さく、見えない先が怖い。彼女の背中を押したい、彼女が大人になる瞬間を見たいと思った。
成長しているのは彼女だけじゃなく、僕も彼女と一緒に成長してるらしい。僕はそんな自分に笑ってしまう。
「こんなものですかね」
僕は椅子に座りながら後ろに伸びをした。
机には日記帳とペンが置いてある。朱音ちゃんが来るまでに書いていたのだ。
「日記を書くなんて何年ぶりですかね。朱音ちゃんに提案してたら僕も書きたくなってしまった」
僕は少し笑みを浮かべる。
窓から見える空を眺めて思う。いつか君にもこの日記を読んで欲しいと....
「おっと、もうすぐ朱音ちゃんが来てしまう」
僕は急いで服を着替えて下に降りた。
「おはようございます!」
ドアの開く音と同時に朱音の大きな声が店内に響く。
「はい。おはようございます」
僕は笑顔で返した。
あのときの僕は君が居なくなった悲しさを紛らわしたくて、君がいつかの約束を果たしてくれると信じて始めたけど、今はそんな気持ちは薄れて、ただ彼女と居る一日が愛しく感じる。
あのときの僕よりは今の僕の方が君も好きだと言ってくれるような気がするから....
今日も一日が始まる。
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