赤い糸(その4)


「この話は内緒にって言われてしまったんですがね」

 マスターは後ろで腕を組み背筋を伸ばして私たちを真っ直ぐ見つめながら静かに話始めた。私の気のせいだろうか見た目も顔もいつものマスターなのに雰囲気がいつもと違う気がした。



―ついこの間の出来事です。私はもうすぐ閉店する時間だから外に出て看板を中に入れようとした時、店の目の前で泣きながら座り込んでいる女の子を見つけました。僕は驚いて、とりあえず事情を聞こうとしたら余計に泣き出してしまい、とりあえず店の中に招きました。落ち着いてもらう為にジャスミンティーを作り机に起きました。それから数十分たって落ち着いてきたのか涙は止まっていましたが目が腫れ、疲れた顔をしていて、僕は何があったのか尋ねました。彼女はまた悲しい顔をしてゆっくり話始めました。

話を聞くと彼氏が遠くに行ってしまうらしく、それが嫌で泣いていたらしい。目の前から居なくなる恐怖と次の日から隣に居ないという不安が毎日襲ってくるそうだ。彼氏はもう行くと決めて揺るがないらしく、説得しても無駄らしい。一日が過ぎるたび彼が居なくなる日が近づくことになり、余計心が重くなると....話してくれた。

僕から言えることは少なかった。彼女の不安と恐怖をなくすには彼の進路選択を説得しなければならない。彼の進路を変えさせると言うことは人生の分岐点、あるいは夢を潰すようなモノだ。僕は彼の人生を潰したくないし責任もとれない。だから、言えることは少ない。

不安をなくすことは出来ないけど心に余裕を希望を持たせることは出来るかもしれない。だから僕は彼女に言った。


「貴女も彼の後を追えばいいのです」

 彼女は意味が分からないのか首を傾げている。

「来年、貴女も彼と同じ大学を受験するんです。そしたらまた向こうで会えます」

 彼女の目に光が宿るのを見逃さなかった。

「会えなくなるわけじゃありません。長期休みに会いに行ったり、今ならテレビ電話だってあります。

だから、不安は消せなくても大丈夫だと信じて下さい」

 彼女は泣きそうだった顔から笑顔に変わり元気が出たのか立ち上がった。

「ありがとうございます。私頑張る」

 そう言った彼女の目には闘志のような宿っていた。


僕は彼女が元気になり、嬉しく思った。


「このことは誰にも言わないで下さいね。こんな理由で泣いていたのが恥ずかしいから!」 

 彼女は頭を下げて出ていくとき笑顔でそう言って帰っていった。―


「そんな話、私初めて聞きましたよ!」

 私は最後まで聞いてマスターに尋ねた。

「だから、内緒にと言われましたから言わなかったんです」

 マスターが困ったように謝ってきて私は何も言えなかった。


私の知らない所でそんなことがあったなんて、なぜか心が重くなり、怒りが芽生えた。でもマスターは悪く無いから怒れなく私は口を尖らせそっぽを向くことしか出来なかった。

マスターは頬をかきながら困った顔でこちらを見ている。何で私は嫌な気持ちになっているんだろう?


「これで誤解は解けましたね?」

 マスターは男に向かって言った。

 男は涙を流しマスターに頭を下げている。

「すいませんでした!俺が悪かったです」

 男は頭を下げたまま続けて言う。

「あいつのこと、全然分かってなくて、慰めても仕方の無いことだって、決めたことだからって分からせようとしただけであいつの心の心配をしてなかった。」

 男を顔を上げマスターを見る。

「あいつを笑顔に戻してくれてありがとうございます」

 マスターは「いいえ」優しい顔で微笑んだ。さっきまで感じていた雰囲気が無くなったような気がする。


一段落したその時、扉が開く音が店内に響いた。


「智史!」

 女の子が走ってきたのか肩で息しながら入ってきた。

「舞彩!何でここに!?」

 男は驚いた顔で女の子を見ている。

「マスターから連絡貰って迎えに来たのよ。もう何してるのよ」

 

二人は話合っている。私は訳が分からずマスターの方を見るとマスターの手には携帯があった。後ろで手を組んでいたのはメールしてたのか。


「本当にごめんなさい」

 舞彩さんが頭を下げて謝る。その横で男も一緒に下げている。

 二人は謝ると帰っていった。二人で手を繋ぎながらゆっくりと歩く後ろ姿を見送った。



「大変でしたね」

 私はマスターの方を見て言った。

「本当ですよ。舞彩さんが来てくれて良かったです。」

 マスターは苦笑いをして言った。

「ふーん」 

 私は横目でマスター見る。

「な、何ですか」

「連絡先なんて交換したんですね」

「あれは舞彩さんが帰るときに紙に書いて渡してきたから仕方なく....」

「....ふーん」

「もしかして怒ってますか?」

 マスターは恐る恐る聞いてくる。

「別に怒ってませんよ~だ」

 

さっきの感覚がまた戻ってきた。私は何に対して怒ってる?いや嫌ってるのかな?この感情がよく分からなくなっていった。


あの人たちは自分達を運命の人だと話していた。好きな人も居ない私にもいつかは出来るのかなと考える。


「私の運命の人はどこにいるんですかね」

 私は小指を見ながらポツリと呟いた。

「さぁ、今は遠くに居たり、もしかしたらすぐそばに居るのかもしれませんね」

 マスターは優しく笑って言った。


すぐそばってことはもう出会っているのだろうか。それともこれから出会うのか私にはまだまだ先のことだと思う。

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