第三話

赤い糸(その1)


朝の九時からバイトが始まる。来たらまず始めにするのは机や床を拭いたりすることだ。マスターはコーヒーを炊いているのか、ほのかに苦い匂いがする。

掃除が終わると店を開けてお客様を待つ、けれどいつまでたっても人は来ない。

私はモップを持ちながら扉の方を見るけれどお客が来る気配は無かった。


「今日も全然人が来ないですよ~」

 私は不満そうな顔をして店長の方を向く。

「来ないですね~」

 呑気にコーヒーを淹れながら言った。

「本当にこの店大丈夫ですか?潰れたりしないですよね?!」

 私は心配になり尋ねる。

「潰したりはしませんよ。」

 

ハハハ....と苦笑いをするマスター。本当に大丈夫なのか心配なる。でも私に出来ることって何かあるかな?

お客が来るようにするにはどうしたらいいだろう。チラシをたくさん配ったり、学校で宣伝してみようかな。と私は考え込んでいた。


「....ちゃん、朱音ちゃん」

「は、はい!」

 私は首を上げ辺りを見渡した。

「もうすぐお昼だから休憩しようか」

 マスターがにこやかに笑っている。


時計を見るともう一時間以上たっていた。集中すると周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。マスターが何か作ってくれたらしく私はカウンター座った。


「ずいぶん考えてましたがまた悩みですか?」

 マスターは私の目の前にサンドイッチと紅茶を置いた。

「どうすればお客が増えるか考えてたんですよ」

「嬉しいですけど経営に関しては気にしなくていいですよ。そんな考えなくても」

「だって....潰れたら嫌じゃないですか」

 私は口を尖らせカップを口に近づける。

「美味しい…アップルティですか?」

「はい。紅茶は身体に良くサンドイッチにもあいますから」

 マスターは優しい笑みで答えた。


人が来ないせいか私はついのんびりと食事をしていた。卵やサラダにチーズと色々なサンドイッチがあり、どれも美味しかった。紅茶もリンゴの味が広がり甘くけれど少し爽やかで飲みやすかった。ゆっくり食べているとふいに扉が開く音が聞こえた。

私はビックリして扉の方を見ると女性と子どもが入ってきた。


「いらっしゃいませ」

「い、いらっひゃいましぇ」

 マスターは笑顔で私はつい食べながら言ってしまった。


私はお客様を見ると女性の方は見たことがある。前に一回来てくれた人だ。確かあのおじいさんの娘さん。


「あ!お姉ちゃんご飯食べてるー!」

 女性の横に居る子どもが私の方を指差した。

「こら、海斗指差さないの」

 女性は子どもの指を隠しながら私の方を向き「すいません」と頭を下げた。

「えっと....すいません。休憩中で!人が来ないからゆっくり食べてて....」

 私はテンパりながら説明をする。

「朱音ちゃん....」

 マスターが言うと私は条件反射で「はい!」と言った。

「一旦落ち着こうね」

 マスターが優しく言うと私は「....はい」と肩をおとした。



とりあえず食器とコップを片付け、お客様をテーブルに案内した。カウンターの前の四人席に女性と子どもは座った。


「さっきは恥ずかしい所見せてしまってごめんなさい」

 私は頭を深く下げて謝った。

「いえ、そんな大丈夫です。」

 女性は手を横に振った。

「ありがとうございます」

 私はもう一度、今度は笑顔で頭を下げた。


女性はコーヒーを子どもはカルピスを頼み、私は飲み物をテーブルへ運んだ。


「久しぶりですね」

「そうですね。あの時はバタバタしていて、最近落ち着いてきて父が亡くなって空き家になった家に家族三人で引っ越してきたんです」

 女性続けて言った。

「だから、これからは子どもと一緒に来ますね」

 女性は笑顔で言った。

「いつでもお待ちしてます」

 マスターは笑顔で言った。


やった!常連さんになるかもしれない人が一人来てくれた!と私は思った。


「あ、申し遅れました。私、加藤と言います。こっちが息子の海斗です。」

 ほら、こっちおいでと海斗くんを手招きして頭を下げた。

「私は朱音です」

 私も自己紹介をした。

「僕はこの店のマスターをしています」

 マスターもカウンターから大きな声で自己紹介した。


「海斗くんは4歳ぐらいですか?」

 私は加藤さんに聞いてみた。

 加藤さんは「はい」と頷いた。

「ママ、お腹空いたぁ」

 海斗くんはカルピスのストローをくわえながら言った。

「さっきご飯食べたじゃない」

 加藤さんは困った顔で言った。

「海斗くん。何か食べたいものはありますか?」

 マスターがカウンターから大きな声で聞く。

「何でも作りますよ」

 笑顔で聞くと海斗くんは「オムライス!」と大声で返した。

「ちょっと待っててね」

 マスターは笑顔で作り始めた。

「すいません。この子ったら」

 加藤さんが頬に手を当て困った顔をする。

「よく食べる子は良いじゃないですか」

 私は笑顔で言った。

「食べ過ぎて少し心配になるんですけどね」

 加藤さんも笑顔で言った。


主婦同士の会話みたい…と思ってしまった。私まだ高校生だけど。

少しして、マスターがオムライスと一緒に子どもが遊びそうなオモチャを何個か持ってきた。


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