こんなパターンはイヤだ!日帰り異世界旅行!

石宮かがみ

第1話

「窓の外をご覧ください。ついに異世界へ参りました」

 バスガイドの陽気な声でウトウトとしていた意識が泥の底から昇ってきた。


 今日は会社の社員旅行。

 最近できたばかりの異世界日帰りパックが選ばれ、うだつの上がらない社員の私は人生初の異世界旅行の真っ最中だ。

 隣の新人君が学生の修学旅行みたいなノリで窓の外を見ている。

「あー見えてきた見えてきた。懐かしいなあ。うだつの上がらない先輩! あれですよ、異世界の町」

「うだつの上がらない先輩とかそういう言い方はともかく、新人君は異世界に来たことあるの?」

「ありますよ。修学旅行で一回来たことがあります」

「へえ、最近の若い子は違うねえ。私なんて今回の日帰り旅行のためにパスポートまで用意したよ。何しろ持ってなかったからね」

 異世界パスポートを取ったのは数日前。仕事も忙しく、ギリギリのスケジュールでこの旅行に参加できた。キャンセル料は半額なので、間に合ってよかった。

 バスの窓から覗く異世界らしい景色には、バスが登りきった丘の上に、巨大な壁が見えてきた。このマチュピチュのような山上の都市が、今回の観光地というわけだ。

 壁にある重たそうな金属の大扉おおとびらを見ながら、私は期待に胸を膨らませていた。


 都市を囲む壁の中に入ったバスは、町の外れにある空き地に停車した。土には白石でバスが停まるためのラインが引いてあり、観光地にありがちな、いかにもな駐車場である。

 バスから降りた我々はコンクリート製の待機所に集められ、説明を受ける。

「みなさまは現地ガイドが案内します。個人ガイドオプションをつけている方には個別にガイドがつきますので、別行動となります。間違えないようにしてくださいね」

 個人ガイドオプションをつけている者はさらに別の建物に移動し、ガイドを紹介される。

「わたし、ガイド。よろしくナー」

「え、君が私のガイドかい?」

 私の目の前に現れたのは、いかにもそのあたりの道端で遊んでいそうな、ガイドとは名ばかりのただの少女だった。

 案内役というより、現地住民が親切で案内してくれているような感覚だ。

「じゃー、コレニのッテ。シュッぱーツ」

 しかも移動は、異世界で想像される馬車のようなものではない。

 人力車だ。

 二輪車を彼女が引くという。

「君が引く? 子供が重労働をするのはちょっと不味いんじゃないかな」

 異世界っぽくない。これでは江戸時代か、現代の観光地京都だ。

「マー、オキャクさん、あんないオーケー。しんぱいすんナ」

 いまいち成立していない会話をしつつ、私は人力車に乗せられて町へ繰り出すのだった。



 町には住民の家とコンビニが溢れていた。

 最初こそ異世界のコンビニと聞いて興味を持ったが、実際に中を覗いてみると保存食と実用小物が並んでいるだけの店である。一体どのようなものだろうかとワクワクした期待を返して欲しい。

「ツギ、ココ。いちばダゾー」

 市場にはきっとドラゴンの肉などが売っているに違いない。

 そんな期待はすぐに打ち砕かれた。

 市場に並んでいるのは見慣れた野菜や、牛や羊の肉ばかり。都市から離れた所にある高原で飼育されている家畜らしい。

「これは私の住む世界の食べ物とまったく同じ気がするんだけど……」

「ソッチのセカイ、ヤサイ、ウマイ。みんなツクル。さいきん、ユシュツもしてル」

「イメージと違うんだよね。こう、もっとファンタジーなものは売ってないのかい?」

「ふぁたじー?」

「あー、なんていうか、ドラゴンの肉とかそういうのはないの?」

「モンスターフエーセー、ダメ、うらない」

「いやでも、やっぱりこう雰囲気ってものが欲しいじゃないかい。特産品っていうのはね、名物にもなるんだよ。商売ってそういうものじゃないかい?」

「ビョーキなる、ダメ、ダメ。ソレヨーリ、もー、オヒル」

「せめて昼食はファンタジーなものが食べたいなあ」


 昼食のためにレストランへ連れて行かれた。

 店内の作りはファンタジー風なのだが、どうも違和感がある。

 街中の風景と比べて、どうもこのレストランだけ異様に異世界ファンタジーらしい感じがするのだ。店内の床に砂が敷いてあったり、テーブルがワイルドな丸太机なのも気になる。

 店主は筋骨隆々の大男だ。鎧を着込んでいて、いかにも戦士といった風貌である。

 けれどここでも違和感。

 よく見れば、鎧はプラスチック製で、塗装により金属っぽさを出しているようだ。

 店内のファンタジー風の内装も、よく見れば模造品ばかりだと分かる。

 だいたい、コックのはずの店主が鎧を着た戦士なのがおかしい。戦わないのに鎧を着ているなんて、おかしな話だろう?

 出てくる料理は異世界っぽい見た目をしているが、中身は普通の料理だった。味付けが濃く、大雑把な感じがするだけだ。

「こ、これが異世界料理、かな?」

 困惑しながらガイドに質問すると、ガイドはにこやかに答えてくれる。

「ソーだゾ! ドーダウまイカ!」

 確かに美味しい。けれど、こう、異世界っぽい要素は特にないのではないだろうか。

 胸の奥がモヤモヤしたまま食べ終え、午後の観光へと話は進む。

「午後はどこへ行くんだい」

「カジノダゾー。スロット、ポーカー、ブラックジャーク、いっぱい、ある、ある」

 異世界らしさはどこにあるんだー!

 頭を抱えたくなってきた。

 違うのだ。違うのだ。私はこんな異世界旅行をしたいわけではないのだ。

「カジノはちょっと……。こう、探検とか、冒険とか、あるじゃあないですか。ほら、異世界なんだし。モンスターと戦ったりとかないですかね」

「ダメ、キマッテル。カベぇのソト、ゴブリン、いる。でるのキケン、ダメぜったい。ドーシてモなーラ、ゲキジョー、ある。ゴブリン、タイジ、ある」

「へえ、それはいいね。でも、あれ? ……ゲキジョー……劇場?」



「これじゃないんだよなあ」

 劇場の席に座りながら、私は戸惑っていた。

 襤褸ぼろまといゴブリンにふんした男が、勇者役の男に襲いかかる。もちろん舞台なので、襲いかかるような動きだけである。

 ミュージカル形式なので勇者やゴブリンが手を繋いでダンスしたりもする。

 表現としてはきっと素晴らしいのだが、如何せん、求めているものと違いすぎる。

「違う、違うよ。私は実物が見たいんだ。劇を見るだけなら異世界に来る必要は無いだろう?」

「モンクおーいゾー。ホンモノみる、ハクブツカーン、イク?」

「この際、本物ならなんでもいい! 連れて行ってくれ!」

「ハイハーイ、ハイワーイッカイ!」

 博物館への移動はすぐだった。利便性が高いのはいいことだ。

 博物館内は順路に沿って展示品を見て行く、ごくごく普通の博物館だ。

 展示品は様々で、ゴブリンの実際に使っている武器なども展示されている。

 ……しかし。

「ゴブリンはいないの?」

「ムリ。ゴブリン、タオース、トラエール、クロいケムリなる、キエル、キエル」

 倒したり捉えたりすると黒い煙になって消えるらしい。なんでそういうところだけファンタジーなのだ。

「それじゃあ、やっぱり壁の外で本物を見るしかないのでは?」

「だーかーらー、ソレきんし、ダメ、ダメ」

「なら……次は……」

「モーじかんだゾ」

「へ?」

「バス、ジカン。もーカエル」

 ガイドの少女はすでに私が逃げないように手を引いて歩き始めている。日帰り旅行の時間切れはあっけない。


 バスの手前まで連れてこられたかと思うと、ガイドの少女が手を出してくる。

 なんのことか分からずに戸惑っていると、バスガイドさんが教えてくれる。

「ガイドには追加でチップを払うのが異世界の礼儀なんです」

「チップ! チップハズム! レイギ!」

 少女にチップを渡しながら、夕暮れの空を見上げた。空は異世界でもやはり空だった。

 これから帰りのバスに乗って現世界へと帰るのだ。

 日帰り旅行なのだから、当然のことだ。

 しかし、しかし。

 ああ、叫び出しそうになる気持ちを堪えながらバスへ乗り込む。

 何が日帰り異世界旅行だ!

 私はこんな観光名所みたいな異世界が見たかったわけじゃないぞぉぉぉおおおー!



     完

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