第23話 敗走
玲人からの通信を聞いたジョーカーは大急ぎで南側に向かっていた。
切羽詰まった声から嫌なな予感しかしなかったからだ。
加えて、それ以来一度も玲人に繋がらないことが胸の中に湧き出る不安を大きくさせる。
ジョーカーは南側の状況を知るために浩二に繋いだ。
『おいコウジ! 南側はどうなってる?』
『まずいな。玲人と連絡がつかない。多分北側は陽動だ。同じかそれ以上の戦力が南側にいる。それを玲人が1人で食い止めてるってところだろう』
どうやら浩二も南側の異変には気づいているようで、その声には少なからずの焦りが滲んでいた。
『人数はどれくらいだ?』
『目視できる範囲には誰もいない。だが、建造物が一瞬で壊れているところを見るとおそらくバッカスの襲撃だろう。爆発物の類を使わずあれほどの破壊を行えるのは奴しかいない』
『……すぐに行く』
通信を切り、ジョーカーは無言で南側に向けて走った。
彼の脳裏をボロボロになったシーナの姿がよぎる。
その光景に自然と玲人を重ね合わせていた。
『死ぬなよ、レイジ』
浮かんでくる最悪の未来を振り払い、ジョーカーは全速力で街中を駆け抜けていった。
―――
玲人は中央街とスラム街の境目に倒れていた。
戦いの後はうかがえないものの、またシーナの無残な姿が脳裏をよぎった。
『レイジ!』
思わず叫ぶ。
返事はなかった。
すぐに駆け寄る。
頭を上に向け、意識があるかどうかを確認した。
脈はあるものの目は死んだかのように開かない。
意識を戻すために肩を揺さぶる。すると玲人は口から血を吐いた。
そこ以外の出血はないものの、どこかに傷がないか探すために服をめくる。
そしてジョーカーは絶句した。玲人の脇腹が青黒く変色していたからだ。
『多分胸骨と内臓にダメージがあるな』
推測の範囲で浩二にそう伝えた。
『救護班は近くにいないのか?』
心配するような声が聞こえる。
あんなにまで心配した死という結果がすぐそこに迫っているのだ。
それが普通の反応だった。
『ダメだ、全員北側に集まってる。負傷者が多すぎて手が回ってない。こうなるんだったら誰か医者を連れてくるべきだったぜ』
ジョーカーが後悔のあまり唇を噛んだ。
『くそ、俺もここに残るべきだった。』
いくら後悔しても遅かった。それはわかっていた。
けれどもたりない。いくら後悔すれどたりなかった。
インカムの向こう側で浩二が深呼吸をする。
泣きそうな気持ちを抑えているのか聞こえてくる息が震えていた。
『許せねえな』
ジョーカーはさらに唇を噛んだ。
後悔が怒りへと変わって行く。
その時、玲人から声がした。
『レイジ? 無事か?』
肩を揺する。しかし応答はない。ならさっきの声とは……
プラセバであった。
《本体への危険接近を感知。意識混濁、血圧低下を確認
《緊急脱出プログラム》一時停止。周辺状況をインストールします》
無機質な声が響く。
《現状理解。本体の回復に努めます。回復法をインストール。《回復プログラム》構築、完了、起動します》
プラセバの輝きが増して行く。ジョーカーは淡々と行われて行く未知の光景を呆然と見ることしかできなかった。
『おいおい、コウジ。レイジのプラセバは《緊急脱出プログラム》だけじゃなかったのか?見た感じだと《回復プログラム》が起動してるぞ』
向こう側の声が驚いたようにいった。
『《回復プログラム》だって? そんなプログラムがあるなんて聞いてない……いや、正一の遺産か……。ジョーカー、時期に玲人の傷は治るだろう。それまで玲人の安全を確保しといてくれ』
『わかった』
そう言った時だった。すぐ近く、500メートルも離れていない付近の建物が粉砕した。
もちろん兵器が起動した前兆などなかった。突然に。脈絡なく建物が崩れたのだ。
それが表すのは即ちバッカスの接近。
『これはちと危険だな』
ジョーカーは苦笑いを顔に浮かべた。白虎とは比べ物にならないほどバッカスは強いだろう。玲人が敵わなかった相手だ。
バッカスに対し恐怖を感じる裏で、気分が高揚して行く。
玲人を抱えて逃げなくてはならない。しかし……
考えた末、ジョーカーは玲人を隅に横たわらせる。
『待ってろレイジ。すぐに片付く』
そう言ってジョーカーはインカムを外して玲人の近くに置いた。
玲人が目覚めた時すぐに浩二に連絡させるためだ。
そしてジョーカーは粉砕した建物のある場所へと走っていった。
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