第24話 再戦
パルテノンに吹く寒風が玲人を目覚めさせた。
目覚めてすぐに、玲人は想定を上回るバッカスの力を思い出し、恐れた。そして自分の無力さを嘆いた。強くなった気でいた。だけどその幻想はあっさりと叩き割られた。
見せられた現実。見ていた希望。それが恐怖となって今もなお玲人の心にとぐろを巻いていた。
辺りを見渡す。風景からして中央街外郭部にいるらしい。
気を失った後、プラセバによってここまで連れられたのだろうか。
痛みを感じないことに気がついた玲人は自身の脇腹を見た。
少し青黒いが、傷痕は跡形もなく治っていた。
まるで何事もなかったかのように。
それがなぜだか胸を締め付けた。
その感情に浸る間もなく、突然響く轟音。
近くで誰かが戦っていた。
しかし近くの敵、と言えどそれは一人しかいない。
バッカスと戦ってるの?そんなの無理だ……
殺されかけた恐怖が湧き出て、自然と足が後ろに動く。
コツン。足に何かに当たった。
おおよそここらに転がっているのは瓦礫かなにかだろう。しかし無意識のうちにそれを踏みたくなくて足元を見る。瓦礫ではなく、それはインカムだった。
玲人のインカムはすでに壊れていたから、これが誰のかはわからなかった。
耳に装着する。繋がる人は浩二とシーナそして自分。ジョーカーのだった。
無性に誰かと話したくて、毒を吐きだしたくて、浩二とつないだ。
『叔父さん? 僕は多分もうダメだよ。バッカスは強すぎる……』
心に詰まっていた思いがよわよわしい声となって口から出てくる。
しかし、浩二の声もまた泣いているのか、おかしな抑揚で聞き取りづらかった。
『お前が逃げたいなら私はお前を尊重する。強制はしない。だけど、これだけは言える。玲人、お前はここまでよく来た。つらい鍛錬もよく耐えた。それはひとえに親の仇があったからだろう?つまり、お前は後悔しない道を選んで来たんだ。そして、私も出来る限り協力して来た。だからこそ、お前は後悔しない道を選んでくれ』
叔父として、いや父に代わって浩二はそう語りかけた。
強制でもなく激励でもなく尊重。
心の中にあった何かが溶けてゆくのを感じた。
『叔父さん……』
ほおを涙が伝った。
今は声しか聞こえない。
だからこそ細かな感情は伝えきれない。
『死ぬんじゃないぞ……』
膨大な量の感情を含んだその一言を最後に通信が切れた。
建物が崩壊する音。何かが爆発する音。あたりには戦闘の音しかしない。
誰かがバッカスと戦っているのだ。
1人で対峙した時のあの恐怖を考えると、戦っている誰かの恐怖を少しでも和らげてあげたいと玲人は思った。
そしてナイフと銃を持つ。
『叔父さん。僕は行くよ』
誰もいないその場で、玲人はポツリとつぶやく。
そして涙をぬぐって駆け出した。
―――
施錠へと付いた時、一瞬で目に入ったのはジョーカーとバッカスの戦闘だった。
戦っている誰かがジョーカーであるということは予想していた。だからこそ決着がついていないことに玲人は驚愕した。
力量差は一言で言えば、互角であった。
ジョーカーの蹴りが入ったと思えばひるまずカウンターを入れるバッカス。
だがそれを軽々と避けるジョーカー。単調な攻撃なゆえに避けやすい。経験の差が広いのだ。
だが、ジョーカーは決定打に欠けていた。
放った攻撃がどれもバッカスには通用しないのだ。
どんなに攻撃を避けられようとそれはごく技かな確率の積み重ねに過ぎない。絶対に当たらないという保証はない。反対に、攻撃が通用しない、ということはその攻撃では絶対に倒せないことに他ならない。
このまま戦闘が長引けばいつかジョーカーは死ぬ。
『ジョーカー!』
玲人は叫んだ。
だが、ジョーカーは答えない。余裕がないのだ。
一度当たれば確実な死。玲人の二の舞になるのを知っていたから。
対してバッカスは余裕な顔をしていた。
ジョーカーの攻撃など痛くもかゆくもないといわんばかりに攻撃を続ける。
戦闘中でさえ目は恍惚にゆがんでいる。もはや狂人だった。その目が玲人を捕らえた。
『よお、さっきの坊やじゃねえか。死んじまったかと思ったぜ。今度は何しに来たんだよ』
優しく、けれどその裏に恐ろしいほどの無邪気さがあった。
『殺すためだよ』
その返答に、バッカスが盛大に笑った。
出来た隙にジョーカーがバッカスの腕にナイフを突き立てる。
だが、バッカスは意に介さず腕を振り、ジョーカーを退けた。
『痛くねえって』
刺さったナイフを抜き、バッカスはジョーカーに投げつけた。
銃弾のごとく投げられたナイフは空気を切り裂く。ついでジョーカーの太ももにナイフが深々と刺さった。
『ぐっ!』
一瞬、ジョーカーの動きが止まった。
その隙を突いてバッカスが間を詰めた。
『じゃあな』
バッカスの蹴りがジョーカーに当たった。
隙を突かれたジョーカーは勢いよく玲人のいる方向へと吹き飛んだ。
瞬時に防御姿勢をとったものも、玲人と違い直撃。ダメージは計り知れなかった。
ジョーカーは崩れた壁に背をもたせたまま動く気配を見せなかった。
『死んじまったの?』
瓦礫を持ち、投擲体勢にはいるバッカス。
バッカスの追撃を今受ければジョーカーとて無事ではすまないだろう。
『やめろぉ!』
玲人は叫びながら中性子銃を構えてバッカスへと撃った。
『あぶねえ』
余裕でバッカスはそれを避けた。しかし、もっていた瓦礫が地面に落ちて粉々に割れる。
何にも当たらなかった中性子は壁に被弾し、それを消し去った。。
玲人の叫びを聞いて、ジョーカーがよろめきながら立ち上がった。
服は所々が破れ、傷が体中にできている。見るからに戦えそうではなかった。
『死にに来たのかレイジ』
ジョーカーが冗談交じりに笑う。
しかし玲人はそれを否定した。
『今度は2人でかかってきな、俺は余裕だからな』
笑うバッカス。
もはやだれ一人逃がそうとは思っていないのだろう。
立ち上がったジョーカーが玲人に近づき、耳元で囁く。
『逃げるぞ、あれは誰でも敵わない。今戦うのは得策じゃない』
初めて弱気になったジョーカーを見た気がした。
いや、弱気と言うよりかは最善手を打ったつもりなのだろう。確かにここでバッカスと戦うのは得策ではない。けれど……それは逃げる理由にはならない。
だからこう言った。
『大丈夫だよ。倒せる。もうその方法はわかった』
ジョーカーが驚いた顔になる。
そして疑り深い表情になって、最後には諦めたように笑った。
『なら、任せる。俺は疲れた』
もう限界だったのだろう。玲人の勝利を信じたかのようにそういうとジョーカーは腰を下ろした。
命をまかせられたことに気がついた玲人は覚悟を決め、バッカスを睨む。
1人でバッカスに再び挑む。が、先ほどまでの恐怖は感じない。
二度の深呼吸。その間も待ってくれるのは油断をしているからだろう。
ならばそこに付け込ませてもらう。
『行くよ』
『いいぜ』
余裕の口調。
それが合図だった。
玲人が勢いよくバッカスに突進する。
なぎ払うような右の大振りを玲人はしゃがんでかわす。
バッカスの第2撃目、左脚蹴り。
それはギリギリ反応できる速さ。思い出した記憶。伴って死の感情が湧き出る。
それに反応して無機質な声が響いた。
《本体への危険接近を感知……》
体の自由が効かなくなる前に腰の電気ショックパックのスイッチを押す。
電気ショックが行われ、電気が体を走り抜けた。
《テッタ…イ…カイヒ………》
無機質な声が止まる。プラセバが停止した。
22秒間。それが玲人に許された自由な時間だった。
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