第22話 邂逅
真銀戦による襲撃前、玲人はジョーカーと共に南班の近くに潜伏していた。
北側にシーナ、南にジョーカーを置くことで戦力バランスが取れると浩二が言ったためだ。
襲撃が起こる直前まで、南にこれといった前兆は何も起きなかった。そして、襲撃直後も。
南班に戦場はまだ訪れておらず、ただただいつも通りの日常に殲滅部隊は警戒していた。
それは近くに潜伏する2人とて例外ではなかった。
夜明けにかけて張り詰めていった緊張は時間が経つにつれ緩やかに解けていった。
それでもやはり2人の日常は戦闘の延長線上に存在していた。
談笑しながら時間を過ごす殲滅部隊隊員らと違い、ジョーカーは武器を手入れし、玲人は中性子銃、γ線陽子パルサー、ナイフでのイメージトレーニングをしていた。
そしてその時、北班から真銀戦の急襲による緊急要請が入った。
『敵は北側に集中。直ちに北側へ集合せよ』と。
それを受け、すぐさま南班は北側への移動を開始。玲人たちもそれに従い、南班と合流した。
しかし、南側を手薄にするわけにはいかず、誰かを伝達用に残すことになり、玲人が物見の役を申しでた。
ジョーカー直々の弟子なら申し分ない、とのことから南班は玲人を1人残してシーナたち北班の援護に向かった。
恐るべき脅威が迫りつつあるとはつゆとも知らずに。
―――
スラム街外郭には建造物がまばらにあり、かつそのほとんどが今にも崩れそうなため物見には向いていない。
ゆえに玲人はスラム街中核部に存在するひときわ高い家の2階に構えていた。
しかし物見といってもそのほとんどはただただ無意味に遠くを眺めるだけである。2.3分もすれば誰しも飽きがくる。
ちょうどジョーカーが消えてから10分後、遂に玲人も退屈になった。
しかし、緊急要請から40分後、それまで平和だった南側に、突如異変が起きた。
遥か彼方。スラム街外郭の更に向こう側。そこに玲人は人影を見た気がした。
距離のせいでその時は見た気がしただけだったが、それが確信になったのはそれから10分後。
外郭の建物が突然木っ端微塵に砕けたのだ。
突然の出来事に、最初玲人は目を疑った。何らかの兵器が当たったのか、それともただ崩れただけなのかと。しかし違かった。そもそも外郭部の建物に兵器を当てる意味がない。そして前兆無く崩れることも。玲人はすぐさま認識を改める。
手元の双眼鏡を覗いた。崩れた建物の近くに煙の中、黒いマントを着た男が見えた。しかし男と呼ぶには大きすぎる体格。そして所持しているものが大きめのキャリーバッグのみ。そして武器は持ってなかった。つまり、彼は素手で建物を破壊していたのだ。
『あれがバッカスか?』
そう思ってジョーカーに連絡しようとインカムを操作した時、遠くのバッカスと目があった。偶然ではない。確実にこちらを見ていた。
そして、バッカスが笑う。玩具を与えられた子供のように、無邪気に。
背筋に悪寒が走る。本能が鳴らす警鐘に従い、玲人はすぐにその場を離れた。
勘は正しかった。玲人のいた家の2階が爆発した。しかしそんなわけがない。バッカスは何も持っていなかったのだから。おおよそ考えられる可能性は1つ。奴が投げた瓦礫が当たったのだ。たったそれだけで家が崩壊する。奴がどれほどの力を内包しているかは想像に難くなかった。
すぐさま玲人はジョーカーに連絡した。
あれは1人で対処できるものじゃない。多分殲滅部隊全員でかかっても甚大な被害を出す。
『ジョーカー! 南だ! 南側に来て!』
必死で増援を玲人は頼んだ。
だが、バッカスは玲人の位置に検討をつけたのか、狙ったかのように瓦礫が飛んで来て、玲人は吹き飛ばされた。その時に、運悪くインカムが故障した。
連絡できたかどうかは分からなかった。
しかし連絡できようとも増援の到着までは結構な時間がかかるだろう。
その時に玲人に残された選択肢は2つだけだった。
逃げるか。戦うか。
深呼吸をして、ナイフを抜く。もう答えは決まっていた。
バッカスとの戦力差がどんなにあろうと結果は不確かだ。
そこに驕りと油断があればなおさら勝てる確率は上がる。
憎しみを忘れて、殺意を鎮める。今必要なのは考える力だけだ。
目を開き、敵との距離を探る。
建物のせいで直視はできないが、崩壊した建物があげる白煙からしてバッカスとの距離は
約3キロ。その距離を瓦礫が飛んで来たことを想像するとゾッとした。
恐怖に震える息を整えて、走り出す。
敵を視認できない限り、玲人にはなすすべがない。
だからまずは敵を目視で確認しなければならなかった。
ただ、バッカスは最初に建物を破壊した以降、何ら動きを見せていない。同じ平地上にいる以上、目印は最初に上がった白煙しかなかった。
『慎重に行かないと…』
そう心に念じながら歩き始める。
白煙はただの目印でありそこにバッカスがいるわけではない。どこかへ移動しているはずだ。だからこそ偶然出会うことだけは避けたかった。
研ぎ澄まされた耳が生物の出す音を拾うことは無かった。ただたまに吹く風の音を拾うだけでそれ以外には自身の足音しか聞こえない。
静寂。だけどすぐそこにバッカスがいると思うと緊張した。
緊迫した空気が心を縛る。
うるさく鳴り出す鼓動を強引に押さえ込んだ。
『どこだ! どこにいる?』
疑いだしたらきりがない。
視界の隅で流れ行く景色すら敵だと感じ始めた。
初めての死との隣接。
そして戦闘。模擬ではない。負ければ確実な死。
模擬戦を幾度もした玲人にとって、戦場の空気は計り知れない重さを持っていた。
研ぎ澄まされた集中力が返って思考を散漫にさせる。
緊張のあまり筋肉が硬くなってくる。
鼓動が早くなる。
落ち着けなくなる。
体が動かなくなる。
冷や汗が湧き出て来た。
もう冷静ではなくなっていた。
それに玲人は気がつけなかった。
立て直すべきだった。
けれどしなかった。
それがいけなかった。
白煙へ向かって走っている途中、通り過ぎた路地裏に人影を見た。
右側。すぐそこにいた。辛うじて反応できかどうかの視界の隅に。
こっちを見ていた。
バッカスは玲人を、息を殺して待ち伏せしていた。
玩具がかけてくるその瞬間を待ち望んで。
すぐに心を引き締める。しかし頭は働かない。重なった偶然を処理しきれない。
体で思い出す防御姿勢。
だけど間に合わない。
間に合っても食らったら死ぬ。
死ぬ。死ぬ。死ぬ……死ぬ!
握られた拳が顔に迫った。
けれど何も考えられない。
何もできない……。
ぼんやりとした死の概念が頭を覆う。
そこに響く無機質な声。
《本体への危険接近を感知。撤退、回避行動に移ります》
プラセバの起動。瞬時に体が奪われ、水の中に浮くような感覚。
足が地面を蹴り、すぐさま横に10メートル飛ぶ。けれど、バッカスはその速度を上回った。顔に放たれたはずの拳が空を切る。しかし第2撃、流れるように繰り出されたバッカスの回し蹴りは確かに玲人の横腹に食い込んだ。
『もっと、慎重に行くべきだった……』
そう思いながら玲人の体は吹き飛んだ。
人ではありえない距離を飛んで壁に当たる。衝撃はプラセバによって緩和されたのかあまりない。
けれど。
玲人は絶望した。
どんな衝撃?どんな速さ?
その全てが想像以上。敵を侮っていた。どれほど力をつけようと、経験を積めど、圧倒的力量差の前には意味がない。まるで蟻が人を殺すのが無理なのと同じように。
『おいおい、脆すぎるだろ。たかだか蹴りだぜ。何でもう瀕死なんだよ』
バッカスが笑いながら近づいてくる。その姿は悪魔のようだった。
もはや戦う気など起きなかった。玲人は戦意を喪失した。
死にたくない、その感情だけが心にあふれていた。
《本体への危険接近を感知。撤退、回避行動に移ります》
プラセバはまだ無事な足で逃走を開始した。
追撃はなかった。
それはバッカスにとって玲人など脅威にならないという事実を無残にも告げていた。
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